60歳以降の雇用・年金制度改正を踏まえて取り組むべき課題~企業・個人のそれぞれの視点から
本格的な長寿社会の到来に向け、2020 年の通常国会では、雇用や年金に関わる制度改正を盛り込んだ法律案が相次いで可決、成立しました。今回は 60 歳以降の就労や年金に焦点を当て、企業と個人(主に会社員)のそれぞれの視点から、制度改正の内容やその影響についてみていくことにします。
企業の視点から~問われる70歳就業時代の人材マネジメント
まず雇用に関しては、高年齢者雇用安定法の改正により、2021 年 4 月以降、70 歳までの就業を確保するための措置が企業の努力義務として定められました。すでに 65 歳までは段階的に希望者全員の雇用の継続が義務付けられていますが、さらに 5 年間の措置が求められることとなります。
現行の 65 歳までの規定とは異なり「努力」義務であり、また必ずしも希望者全員ではなく対象を限定することも可能となっています。しかし 65 歳までの規定がそうであったように、将来的には段階的に義務化が進んでいくことも考えられます。
また、今回新たに定められた「就業確保措置」には、65 歳までと同様の雇用確保措置(定年の廃止や引上げ、または継続雇用制度の導入)に加え、あらかじめ契約を締結した他企業での継続雇用制度や、創業支援等措置(本人と業務委託契約を締結する制度や、社会貢献事業に有償で従事できる制度)が盛り込まれています。しかし、例えば希望する社員に対して雇用契約を業務委託契約に切り替える対応は、何も 65 歳以降に限定する必要はないでしょう。
企業としては、70 歳就業時代に向けて何ができるのか、より若い年代から対応を考えておく必要があります。社員が社内外で活躍し続けられるようにするための人事管理やキャリア開発支援のあり方が問われるようになるでしょう。
また 60 歳代前半に関しても、雇用保険法の改正により 2025 年度以降、高年齢雇用継続給付が縮小されることとなりました。将来的には廃止の可能性も十分にあります。60 歳定年後に再雇用制度を実施している企業では、高年齢雇用継続給付金の算定条件を踏まえて60歳以降の賃金を決定している例も多く見られますが、本来あるべき賃金の水準や算定方法について改めて検討が必要となります。
次に、企業年金に関しては、確定拠出年金法の改正により、2022 年 5 月以降、企業型確定拠出年金の加入資格要件から年齢が撤廃されることとなりました(現行は加入できるのは原則 60 歳未満)。これにより、確定給付企業年金と同様に、厚生年金の被保険者であれば最長 70 歳未満まで加入させることができるようになります。
現行でも規約に定めることで最長 65 歳未満までの加入が可能となっていますが、60 歳以降引き続き同一事業所に勤務することが要件とされているため、グループ会社への転籍等がある企業にとってはこの点がネックとなっていました。企業型確定拠出年金は、本人の選択により掛金の一部を前払い(給与や賞与への上乗せ)とするような設計も可能であり、60 歳以降の社員に対して処遇の改善を図りつつ多様なライフプランに対応するための施策としても活用できるでしょう。
個人の視点から~いかに長く活躍し続けられるか
上記のとおり、70 歳までの就業確保が企業の努力義務となったことから、個人(会社員)にとっては 65 歳以降も働ける機会が増えることが期待されます。しかしその一方で、企業は年功的な賃金制度を維持することが一段と難しくなり、実績や実力に見合った処遇がより徹底されるようになるでしょう。好業績下でも将来を見据え、中高年の早期退職を募集する企業も増えています。
これからは、たとえ出世コースから外れたり役職から下りたとしても、あるいは社外に転進したとしても、長く必要とされ活躍し続けられることが重視されるようになるでしょう。公的年金制度についてもそのような働き方を後押しするような改正が行われることとなりました。具体的には、国民年金法と厚生年金保険法の改正により、2022 年 4 月以降、繰下げ受給の上限年齢の引上げ、65 歳以上の老齢厚生年金の在職定時改定、及び 65 歳未満の在職老齢年金の支給停止基準額の引上げが実施されます。
まず、繰下げ受給に関しては、現行は最大 70 歳までの 5 年間となっており、70 歳受給開始時の増額率(65 歳受給開始の場合の年金額との比較)は +42% となっています。これが 75 歳まで拡大され、75 歳受給開始時の増額率は +84% となります。長く働き、年金の受給開始を遅らせることで、生涯にわたって増額された年金を受け取ることができるようになります。
2 点目の 65 歳以降の在職定時改定は、65 歳以降年金を受け取りつつ厚生年金に加入して働き続けた場合に、1 年ごとに 65 歳以降の加入期間を反映して年金額を改定(増額)する仕組みのことです。現行は、退職、または 70 歳に到達するまで年金額には反映されませんが、改正後は 1 年ごとに年金が増えていくことになります。
3 点目の 65 歳未満の在職老齢年金については、現行は、基本月額(加給年金を除く特別支給の老齢厚生年金の月額)と総報酬月額相当額(その月の標準報酬月額と、その月以前 1 年間の標準賞与額の合計÷12の合計額)が 28 万円を超えると、老齢厚生年金の支給が一部または全部停止される仕組みになっています。この支給停止の基準額である 28 万円が、65 歳以上の在職老齢年金と同じ 47 万円まで引き上げられることになりました。簡単に言うと、厚生年金と賃金の合計が 1 月当たり 47 万円までなら全額受け取れるようになるということです。
※ただし、厚生年金の支給開始年齢の段階的引上げが完了する 2025 年度以降(女性は 2030 年度以降)は、65 歳未満の在職老齢年金は対象者がそもそもいなくなります。
私的年金に関しても、確定拠出年金法の改正により、2022 年 5 月以降、個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入資格要件から年齢が撤廃され、国民年金の被保険者であれば加入できるようになりました。これにより、60 歳以降も厚生年金に加入していれば(国民年金の第 2 号被保険者として)最大 65 歳になるまでiDeCoに掛金を積み立てることができるようになります。
また、企業型、個人型とも2022 年 4 月以降、老齢給付金の受給開始年齢の上限が 75 歳まで引き上げられます。掛金の積立が終わっても、75 歳になるまでは資産を取り崩さずに非課税で運用を継続することができるようになります(現行は 70 歳が上限)。
引退後に備え、現役時代のなるべく早い段階から資金の積み立てや投資に取り組むことはもちろん大切です。しかし仮にそれが不十分であったとしても、働いて稼げる期間を延ばし、引退の時期を遅らせられるよう自分自身を磨いていれば、リカバリーできるチャンスは十分に広がってきています。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。