賃金センサスから読み解くシニア社員の賃金動向

賃金センサスは厚生労働省が毎年6月に実施している賃金の統計調査であり、正式には「賃金構造基本統計調査」といいます。国内の給与の実態について、年齢別や産業別など様々な区分で集計されており、給与水準を検討するための参考資料として幅広く利用されています。
本コラムでは、令和2(2020)年から令和6(2024)年までの調査結果から、主にシニア社員の賃金水準に焦点を当て、高齢者雇用と処遇の動向について読み解いていきます。なお、賃金構造基本統計調査の詳細については厚生労働省のサイトを参照ください。
若手並みの上昇率となっているシニアの賃金
以下のグラフは2024年の調査結果から企業規模別に年齢階級ごとの平均賃金を示したものです。なお、賃金センサスにおける「賃金」とは6月の所定内給与のことを指します。
【備考】企業規模の区分
小企業:常用労働者数10~99人
中企業:常用労働者数100~999人
大企業:常用労働者数1000人~
新卒採用にあたる20代前半までは企業規模による賃金格差はそこまで大きくありませんが、年齢が上がるにつれてその差は広がり、50代でピークとなります。この傾向は平成時代から変わっていません。そして60代になると企業規模による格差は縮小し、大企業では相対的に60歳前後での賃金水準の低下が大きいことが分かります。
高齢者雇用に関しては、企業規模が小さいほど定年を65歳以上としているなど積極的に取り組んでいる企業の割合が高いですが、その背景には人手不足であることに加え、現役(60歳未満)世代との賃金水準の差が比較的小さいこともあるものと考えられます。
そして、2020年の調査結果と比較した年代別の平均賃金の上昇率は以下のとおりとなっています。
少子化による新卒採用の競争激化を背景に、企業規模にかかわらず初任給を含めた若年層の賃金水準が大きく伸びていることがわかりますが、60代前半の賃金もそれに匹敵する上昇率となっています。依然として大企業を中心に60歳前後での賃金の低下幅は大きいですが、高齢者雇用に対するスタンスが雇用確保から戦力化へシフトしていることを反映しています。
業種によって大きく異なる60歳での賃金落差
シニア社員の賃金水準は業種によっても大きく異なります。2024年調査における産業別の60歳前後の平均賃金は以下のとおりとなっています。
「電気・ガス・熱供給・水道業」や「情報通信業」は50代後半の賃金水準が非常に高い一方で60代前半の賃金水準は低く、その落差が大きくなっています。これに対して「教育、学習支援業」は60歳前後での差がほとんどなく、60代前半の賃金水準は産業別で最も高くなっています。
シニア社員の賃金水準は、業種ごとの事業の性質やそれを反映した雇用慣行によって形成されており、「雇用確保から戦力化へのシフト」の進み具合にも差がみられます。しかしながら、60歳での落差が最も大きい「電気・ガス・熱供給・水道業」でも、2020年調査と比較した60代前半の平均賃金は+15.6%(275.8千円→318.9千円)と大きく伸びており、処遇の改善が進んでいます。
定年延長企業以外でも進むシニアの処遇改善
高年齢者雇用安定法に定められた65歳までの雇用確保措置により、企業では定年延長または継続雇用(再雇用)の対応が必要となっています。前者の場合は65歳まで引き続き正社員(正職員)としての雇用、後者の場合は60歳以降正社員以外での雇用に切り替わりますが、雇用形態別に見た平均賃金はどうなっているでしょうか。
上記は、2024年調査での雇用形態別に見た年齢階級ごとの平均賃金です。50代までは正社員と正社員以外の格差が拡大していきますが、60代ではその差が縮小していることが分かります。この傾向は他の調査年でも同様です。
正社員の賃金が60歳前後で大きく低下している理由は、次の2点が考えられます。
①比較的賃金水準の低い企業において定年延長が進んでいる(比較的賃金水準の高い企業の正社員が60歳以降正社員でなくなることにより、結果として平均賃金が下がっている)
②個々の企業において、定年延長後も60歳前後で処遇体系を分けている
②に関しては、近年定年延長を実施している企業でよく見られます。定年年齢は60歳から65歳まで引き上げるものの、60歳以降は「シニア正社員」などの区分を設け、処遇体系を別にするパターンです。
一方、正社員以外の賃金が60歳前後で増えているのは、60歳以降には「元正社員」が多く含まれているためと推測されます。60歳定年後は賃金が低下するものの、もともと非正規雇用である社員よりは高い水準となっているため、平均賃金が60歳以前より高くなっていることが考えられます。
そして、2020年調査結果と比べた年代別の平均賃金の上昇率は以下のとおりとなっています。
雇用形態にかかわらず60代前半の上昇率は他の年代に比べて高くなっており、特に正社員以外の上昇率は12%を超え、非常に高くなっています。定年延長を行っていない企業においても、継続雇用制度の見直し等により高齢社員の処遇改善が進んでいることがうかがわれます。
* * *
今回は、賃金センサス(賃金構造基本統計調査)をもとに、シニア社員の賃金動向について解説しました。高齢者雇用に対するスタンスが雇用確保から戦力化へとシフトしているのにあわせて、シニア社員の処遇も改善傾向にありますが、その進み具合や進め方は一律ではなく、業種や個々の企業における実態に応じて多様なものとなっています。
クミタテルでは、現状分析や制度設計、人件費のシミュレーションなど高齢者雇用の見直しに関する支援を行っています。シニア社員の戦力化や処遇にお悩みの企業様はぜひ一度ご相談ください。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)

クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。