Will-Can-Offerで考えるミドル・シニアの活躍推進

高年齢者雇用安定法に定められた雇用確保措置が2025年4月から完全施行となり、企業には希望者全員の65歳までの雇用の継続が義務付けられました。すでにほぼ全ての企業において定年延長や継続雇用(再雇用)制度等による法対応は実施済みですが、さらに、人口減少やそれに伴う人材獲得競争の激化によって高齢者雇用は雇用確保から戦力化へと舵が切られつつあります。
そこでよく議論になるのが「シニア社員に何の仕事をやってもらえばいいのか?」「シニア社員本人が主体性をもって自分の役割や進路を考えてほしい(しかし実際にはなかなかできない)」という問題です。目標設定やキャリアプランの課題に対してはWill-Can-Mustというフレームワークがよく知られていますが、ミドル・シニアの活躍推進にもこのフレームワークは有効なのでしょうか。
Will-Can-Mustとは?
Will-Can-Mustは、その名のとおりWill:やりたいこと、Can:できること、Must:やるべきことを整理し、それらを重ね合わせることで、キャリアの見直しやパフォーマンスの向上を図るための手法の1つです。
WillとCanは自分が主体であるのに対して、Mustは組織あるいは社会から求められていることであり、これらが重なり合うところをどう見出していくか、あるいは作り出していくかが重要なポイントとなります。
Mustがないシニアの雇用確保~「福祉的雇用」
どんな仕事も本来Mustがなければ成立しません。というか、Mustが仕事そのものです。しかし、60歳定年退職を前提に構築され運用されてきた従来の人事システムの中では、シニア社員に渡すべきMustは想定されていません。そのため、法律で義務付けられた雇用確保を満たすこと自体を目的とする「福祉的雇用」による対応が広まることとなりました。
そのような状況でWill-Can-Must のフレームワークを使おうとしても、そもそもMustがない状態では重ね合わせようがありません。いくら研修などの施策を講じたとしても、福祉的雇用でシニア社員のモチベーションや活躍機会を生み出すのは無理があります。
最近では、定年延長や継続雇用制度の改善を行う企業も増えてきており、福祉的雇用から戦力化への転換が進みつつありますが、こうした取り組みが先行してきたのは、やはり人手不足が深刻な業種や企業です。現役社員だけでMustに対応しきれなくなれば、シニア社員にも同様のMustを渡していかなければなりません。
MustからOfferへの転換
では、ミドル・シニアの活躍推進にはとにかくMustを用意して渡していけばいいのでしょうか。シニア社員にはこれまで培ってきた経験やスキルがあり、それぞれに得意分野があるはずです。ライフプランや働き方についても、個人ごとに考え方の違いが大きくなるでしょう。したがって、会社から一方的にMustを渡すのは、ミドル・シニアにはそぐわない面があります。
そこで求められるのが、Mustに代えてOfferをミドル・シニアに対して提示するという考え方です。人材の絶対量が不足していく中で事業を継続・成長させていくために、ミドル・シニアに担ってもらいたい役割や職務を整理し、それに見合った労働条件とセットで提示するのです。
Offerの内容はあくまで経営や事業計画の視点から設定しますので、いきなり提示されても本人のWill,Canとは距離があるかもしれません。ですから、あらかじめどんなOfferがあるのかを社員に知ってもらい、キャリアの終盤に向けた準備をしてもらうことが大切です。もし社内には自分に合うOfferがないと分かれば、社外にも目を向けてもらう必要があるでしょう。
すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、これはジョブ型雇用に沿った考え方であり、ミドル・シニアに限らず適用することができます。しかし、若手・中堅を含めたすべての社員に対してこの考え方を適用するのは、これまでとの違いが大きすぎて現実的ではないケースも多いでしょう。まずはシニア社員の福祉的雇用を戦力化へと転換させる方策として、ミドル・シニアを対象にWill-Can-Offerへの転換を進めてみてはいかがでしょうか。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)

クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。