企業年金・iDeCoはこう変わる~企業年金・個人年金部会で示された改正案
2019 年 12 月 25 日に厚生労働省の社会保障審議会 企業年金・個人年金部会 (第10回) が開催され、これまでの議論を取りまとめた「議論の整理」が公表されました。
<社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理>
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08681.html
本資料、及びこれまで議論された内容をもとに、今後予定される企業年金・iDeCoの改正内容について解説します。
確定拠出年金に関する改正事項
(1) 選択制 DC 導入時の説明内容確認の徹底
給与 (または賞与) の一部を従業員の選択により企業型確定拠出年金 (以下「企業型 DC」) の事業主掛金に充てる仕組み (いわゆる選択制 DC) については、事業主が社会保険料負担の削減を意図し、従業員に対して標準報酬 (賃金) の減少による厚生年金や社会保険等への影響を十分説明することなく実施されていることが問題視されています。
このため、選択制 DC の導入にあたっては、事業主は正確な説明を行うべきであることを明記するとともに、規約承認審査において労使協議の内容確認を徹底することとしています。
(2) 「同一労働同一賃金」を踏まえた加入者範囲の設定
企業型 DC の加入者範囲の設定については、従来より「特定の者について不当に差別的なものでないこと」と規定されていますが、同一労働同一賃金ガイドラインが策定されたことに伴い、ガイドラインで示された「基本的な考え方」を踏まえた取扱いとすべきであることを明記するとしています。
契約社員等を加入者に含めない場合は、ガイドラインに照らして合理的な説明ができるように代替措置を含めた検討が必要となります。
(3) iDeCo+ 及び簡易型 DC の対象範囲拡大
iDeCo に加入する従業員に対して事業主が掛金を上乗せする中小事業主掛金納付制度 (以下「iDeCo+」)、及び制度設計や事務手続きを簡素化した企業型 DC (以下「簡易型 DC」) については、企業年金を実施していない従業員数 (厚生年金被保険者数) 100 名以下の企業において実施可能となっていますが、この人数要件を「300 名以下」に拡大するとしています。
iDeCo+ については 2019 年 11 月現在 1,049 事業主で実施されており、2018 年 5 月の制度導入以降順調に数を伸ばしていますが、より規模の大きな企業への普及には、現在紙ベースで行われている諸手続きのオンライン化等の効率化が必要と考えられます。また簡易型 DC については総合型 DC などと比較してメリットを見出しにくいことから実施の実績がなく、対象範囲の拡大に実効性はないと思われます。
(4) 企業型 DC 加入者の iDeCo 加入要件緩和
企業型 DC の加入者は、規約において iDeCo への同時加入が認められていない限り iDeCo に加入することはできません。また、マッチング拠出を導入している規約においては iDeCo への同時加入は認められません。実際には、事業主掛金の上限引き下げやマッチング拠出の廃止が必要になることなどから、iDeCo への同時加入を認める規約は少数にとどまっています。
このため、規約の内容にかかわらず企業型 DC の加入者も DC 全体の拠出限度額の範囲内で iDeCo に加入 (掛金を拠出) できるようにするとともに、マッチング拠出を導入している場合はマッチング拠出か iDeCo 加入かを加入者ごとに選べるようにするとしています。
見直しにあたっては企業型 DC 加入者が iDeCo の拠出可能額を把握できるよう、レコードキーパーの加入者用 Web サイトに金額を表示する方向で調整中とあります。
なお、運営管理機関による企業型 DC 導入の提案の中には、従業員の iDeCo 加入にかかる事務手続きが発生しなくなることをメリットの 1 つにあげているものも見られますが、こうした提案は意味を失うことになります。
(5) 事業主による iDeCo 加入資格確認手続きの簡素化
会社員・公務員の iDeCo 加入にあたっては、加入資格や拠出限度額の確認のため、事業主による証明書の添付が必要とされています。また、加入後も年 1 回、事業主は従業員の企業年金の加入状況を確認し、国民年金基金連合会へ届け出る必要があります。
しかし上記 (4) の見直しに伴う情報連携によって企業年金の加入状況が把握できるようになることから、年 1 回の届出を不要とするとしています。
(6) 国民年金基金連合会における iDeCo の加入手続きや手数料の見直し
国民年金基金連合会における iDeCo の加入や各種変更に係る手続きの改善 (オンライン化等) をできる限り速やかに進めること、また、国民年金基金連合会の手数料について、各種制度改正へのシステム対応や事務手続きの効率化、加入者数の見通しに基づいて定期的に見直していくこととしています。
加入手続きで郵送でのやり取りが不要になると、書類の不備による手続きの遅れも大きく改善されることが期待されます。
(7) 加入可能年齢の延長
企業型 DC については規約の定めにより最大 65 歳まで加入することが可能となっていますが、60 歳以降は 60 歳前と同一の事業所に継続勤務していることが条件となっており、継続雇用により関連会社に転籍する場合などは企業型 DC への加入を継続することができません。このため、同一事業所要件を撤廃するとともに、確定給付企業年金同様に最大 70 歳まで加入できるようにするとしています。
また、iDeCo については 60 歳までしか加入できませんが、国民年金被保険者であることを要件として最大 65 歳まで加入できるようにするとしています (会社員は第 2 号被保険者となり、65 歳まで加入できることとなる)。
ただし老齢給付金の受給開始可能年齢は従来通り 60 歳までの通算加入者等期間により決定されるため、60 歳以降に全く新規に企業型 DC または iDeCo に加入することはできない見込みです。
(8) 受給開始可能期間の延長
企業型 DC 及び iDeCo の老齢給付金については、遅くとも 70 歳までに受給を開始する必要があります。
今般、公的年金の受給の繰下げを「70 歳まで」から「75 歳まで」に拡大する方向が示されており、これに合わせて企業型 DC 及び iDeCo についても受給開始可能期間を 75 歳まで延長するとしています。
(9) 外国人に対する中途引き出しの緩和
企業型 DC 及び iDeCo の中途引き出し (脱退一時金の支給) は、国民年金の保険料免除者であることなど厳しい制約がかかっており、外国籍の従業員が帰国するときには引き出すことも資産を積み増すこともできない状況となっています。
このため、掛金拠出期間が短い等の要件を満たす場合には帰国時に脱退一時金の支給を認めるとしています。
なお、脱退一時金の支給は加入期間 3 年未満であることが要件の 1 つとなっていますが、公的年金において短期滞在の外国人に対する脱退一時金の支給上限年数を 3 年から 5 年に引き上げる方向性が示されており、これが実現した場合には確定拠出年金の脱退一時金の加入期間要件についても同様に見直される方向です。
(10) ポータビリティの拡充
確定給付企業年金を制度終了したときに分配される残余財産について、企業型 DC だけでなく iDeCo にも移換できるようにするとしています。これにより、企業型 DC の受け皿が用意されていない場合でも本人の選択により分配金を非課税で iDeCo に移すことが可能となります。
また、企業型 DC の加入者が退職したときに、資産を企業年金連合会の通算企業年金へ移換できるようにするとしています (60 歳前の退職を想定しているものと思われる)。通算企業年金には新たに掛金を積み増していくことはできませんが、移換した資産に対しては一定の利率が保証されており、65 歳以降に終身年金で受け取れるメリットがあります。
(11) 業務報告書の手続き簡素化
企業型 DC を実施する事業主は、毎年業務報告書を作成し、地方厚生局に提出することとされていますが、これまでの制度改正により記載事項が大幅に増えており、その大半はレコードキーパーに確認が必要な項目となっています。
このため、事業主の負担軽減の観点から、業務報告書の記載事項を簡素化するとともに、事業主はレコードキーパーを通じて業務報告書を提出することができるようにする、とあります。
なお、投資教育や運用商品のモニタリング、運営管理機関の評価等については、業務報告書でその有無のみを確認するのではなく、その内容を地方厚生局がヒアリング等で把握して指導にあたることが示唆されています (確定給付企業年金に対する監査と同様の対応が想定される)。
これらの改正項目のうち、
(1) 選択制 DC 導入時の説明内容確認の徹底
(2)「同一労働同一賃金」を踏まえた加入者範囲の設定
(11) 業務報告書の手続き簡素化
の各項目については政省令や通知の改正で実現可能なことから、比較的早期に施行される可能性があります。
これに対して、
(3) iDeCo + 及び簡易型 DC の対象範囲拡大
(4) 企業型 DC 加入者の iDeCo 加入要件緩和
(5) 事業主による iDeCo 加入資格確認手続きの簡素化
(7) 加入可能年齢の延長
(8) 受給開始可能期間の延長
(9) 外国人に対する中途引き出しの緩和
(10) ポータビリティの拡充
の各項目については法改正が必要 (あるいは法改正を前提とした見直し) であることから、2020 年に法案が提出され成立したとしても、施行は 2021 年あるいはそれ以降になるものと考えられます。
また、
(6) 国民年金基金連合会における iDeCo の加入手続きや手数料の見直し
についてもシステム対応などである程度の期間が必要になると考えられます。
確定給付企業年金に関する改正事項
(1) 年金支給開始年齢の設定可能範囲の拡大
確定給付企業年金 (以下「DB」) の老齢給付金 (年金) については支給開始年齢を 60 ~ 65 歳の範囲で定めることとされていますが (注)、この範囲を 60 ~ 70 歳に拡大することとしています。
注:50 歳以上 60 歳未満で退職したときに退職した時点から年金の支給を開始することも可。また、本人の選択による支給の繰下げ可能期間を別途定めることも可。
ただ定年年齢を 65 歳超としている企業は稀であり、現時点では支給開始年齢を 65 歳超とするニーズはほとんどないものと考えられます。
(2) 財政悪化リスク相当額の計算方法に係る手続きの簡素化
リスク分担型でない DB における特別算定方法による財政悪化リスク相当額の計算方法のうち、定型化した以下の方法については個別承認を不要とするとしています。
- ● 価格変動リスクについて、現有資産の資産構成割合ではなく政策的資産構成割合に基づき算定する方法、及び、権利義務承継、確定拠出年金への移換、事業所追加等を理由に積立金の額が増減する場合にそれを織り込み算定する方法
- ● 負債変動リスクについて、予定利率が 1 %低下した場合の債務の増加リスクを見込む方法
これにより、上記方法を前提とした財政悪化リスク相当額の計算及びそれに基づくリスク対応掛金の設定に関しては、承認までの手続きにかかる期間の短縮化が見込まれます。
(3) 死亡率に応じた終身年金の年金額改定
終身年金を実施している DB では平均余命の伸びにより債務が増加し、事業主の負担が重くなっているため、あらかじめ規約に定めておくことで死亡率の更新時に年金額を改定できるようにするとしています。具体的には、保証期間を経過した後の年金額について、死亡率更新前後で終身年金現価が変わらないように自動的に調整することが想定されます。
この対応により事業主にとってはこれまでよりも終身年金を維持しやすくなりますが、終身年金を実施している DB はすでに少数となっており、今後増加に転じることは考えにくい状況です。
これらの改正項目のうち、(2) についてはすでに告示の改正により 2019 年 12 月 27 日の申請から適用されており、(3) についても省令の改正で実現可能であることから比較的早期に施行される可能性があります。一方「(1) 年金支給開始年齢の設定可能範囲の拡大」については法改正が必要であり、施行は早くても 2021 年以降になると考えられます。
改めて議論するとされた事項
これまでの企業年金・個人年金部会で取り上げられたテーマうち、以下の項目については改めて議論するとされたことから、見直しの是非や具体的な内容について結論を得るのは少し先になりそうです。
(1) 拠出限度額の設定方法のあり方 (確定拠出年金のほか、DB 等も含めて包括的に検討)
(2) 企業型 DC のガバナンス (継続投資教育、運営管理機関の評価、運用商品のモニタリング、商品除外手続き等について)
(3) リスク分担型企業年金の合併時・分割時等の給付減額の取扱い
(4) 定年延長に伴う DB の年金支給開始時期の見直しによる給付減額の取扱い
(5) DB の中途引き出しのあり方
(6) DC 及び DB 年金給付の支給期間 (保証期間) の上限の取扱い
(7) DB の支払保証制度
(8) DB の年金バイアウト
ただ、上記のうち、(3) (4) についてはこれまでの議論である程度論点が絞られていることから、比較的早い段階で議論が再開されるかもしれません。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
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