シニア社員を活性化させる意識転換――義務雇用から積極雇用へ
2006 年に施行された高年齢者雇用安定法の改正により、企業は定年廃止、65 歳までの定年延長、または 65 歳までの継続雇用を選択することとなり、企業はシニア社員 (60 歳から 65 歳) の継続雇用が義務化されました。生産年齢人口の減少と従業員の高齢化という社会背景もあり、シニア社員の活用することは、日本の社会、会社にとって重要かつ喫緊の課題です。
しかし、多くの企業では、「雇用しなければいけない」という義務的かつ短期的なの課題意識が強く、社会背景や今後の人口動態を考慮した、積極的かつ長期的な課題意識に切り替えられていません。
義務雇用から積極雇用に意識を切り替え、シニア社員を活性化させていくために、企業としてどのような取り組みが必要となるでしょうか。
団塊ジュニア世代が一斉にシニア社員に
2035 年、世界の人口は現在の 77 億人から 8 8億人に増加するのに対し、日本の人口は 1.27 億人から 1.09 億人まで減少すると見込まれています。この頃、団塊ジュニア世代は一斉に 60 歳を迎え、シニア社員が社内では多数派となる企業も珍しくなくなります。
社員の多数派にならないまでも、シニア社員が企業の中で占める割合は大きくなるのは必然と考え、従来とは対応を大きく変える準備をする必要があります。
まず、変えるべきは企業側の意識です。具体的には「法律で決まっているから雇用しなければならない」という義務雇用の意識から、「深刻な人員不足の社会を見据え、経験や知識があるシニア社員を活用して競争力を高める」という積極雇用の意識に変化する必要があります。
この意識の転換ができれば、企業の行動も変化します。最初の変化は担当者の業務範囲です。義務雇用の意識の時は、法的条件をクリアするための就業規則の修正、雇用条件の検討、雇用契約の締結などが主な業務であり、業務範囲は労務管理がメインでした。しかし、シニア社員が社員のマジョリティとなると、会社全体へのインパクトも大きくなります。そのため、業務範囲は労務管理の視点に加え、経営全体の視点へと広がっていきます。目に見える課題を解決していく問題解決型の業務の進め方では足りず、自社の現状を正確に分析し、経営陣や関連部門との連携を深め、自ら課題を創り設定する課題創出型の業務の進め方が求められます。
シニア社員の積極雇用に向けた具体的なステップ
シニア社員を積極雇用するには、具体的に何をすべきかをステップ毎にまとめます。
1. 人員構成と人件費の将来シミュレーション及び現状分析を行う
まずは、自社の将来像をイメージすることが大切です。具体的には採用計画、昇給率、退職率などをもとに、10 年後の人員構成や人件費をシミュレーションしてみましょう。今後、採用難易度が上がっていくことを考慮して、採用計画についてはポジティブプランとネガティブプランの両方を検討することが望ましいです。また、定量的な分析に加え、現在のシニア社員へのヒアリングなど、定性的な現状分析も効果的です。
2. 将来シミュレーションと中期経営戦略を比較し、課題を洗い出す
人員構成と人件費の将来シミュレーション及び現状分析をすると、中期経営戦略を実現するための課題が明らかになってきます。「コストが増加するから問題だ」と単純に捉えず、経営方針や戦略と乖離がないかを様々な視点からチェックし、課題を洗い出すことがポイントです。
(課題例)
- ・経営戦略を実現するために、シニア社員がどうような役割を担うかが見えにくい
- ・シニア社員予備軍のミドル層 (40 〜 50 代) も思ったより多く、さらに長期的な経営戦略への営業を検討する必要がある。
- ・そもそもシミュレーションの計画や数値の見込みが甘い可能性がある
3. 具体的なシニア活用の戦略を「経営戦略」として検討する
課題は企業によって多種多様ですが、対策は労務管理の範囲にとどまらず、経営戦略として本腰を入れる必要があるケースがほとんどです。
(シニア活用の戦略例)
〇退職金・年金の制度を見直す
シニア社員の増加に伴い、将来の人員構成が変わってくれば、それに合わせて退職金や年金の制度を変更していくのは当然、選択肢の一つとなります。コストをかけている退職金・年金の制度だからこそ、費用対効果にこだわる必要があります。
〇シニア社員の役割変化と会社への貢献内容を明確にする
技術面の指導、後輩社員の育成、人的ネットワークの引継ぎ、現管理職への助言など、シニア社員が会社に貢献できることはたくさんあります。まずはシニア社員の経験や知識を棚卸し、どのような貢献ができるかを洗い出しましょう。そして、その経験や知識がどのように会社の成長に貢献できるかをシニア社員一人一人と話し合いましょう。非常に時間がかかりますが、役割の変化と会社への貢献が明確になることで、シニア社員のモチベーションだけでなく、周りの若手社員との関係性も良好になることが期待できます。
〇ミドル層のキャリア教育を見直す
シニア社員を活用していくために、ミドル層へのキャリア教育は有効です。会社として「シニアを積極雇用していくこと」を示し、役割の変化、必要となるスキル、自社の制度の理解を促すことで、心の準備と必要なスキルの準備ができるようになります。
おわりに
冒頭で 2035 年に団塊ジュニア世代が一斉にシニア社員になると述べましたが、その 5 年後の 2040 年に団塊ジュニア世代は、65 歳で一斉に引退します。いわゆる社会保障 2040 年問題です。そう考えると、現在検討されている70 歳までの雇用継続義務は自然な流れで、70 歳までの雇用継続義務となればシニア社員の比率はさらに大きくなります。
未来を予測することは難しいですが、ある程度予測ができる高齢化・人口減少の波を、現実のものと捉え、どのような手を打つか。世界の誰も経験したことがない大波であるからこそ、企業が真正面から本気で取り組むことが求められます。
著者 : 小永井心 (こながい しん)
株式会社IICパートナーズ 執行役員
中小企業診断士、健康経営エキスパートアドバイザー。1998年慶應義塾大学総合政策学部卒。大学卒業後は、住宅メーカーでの営業、社会人向けクリエイター養成スクールでの広報や新規事業推進、IT系企業での人事を経験。企業経営を網羅的かつ体系的に把握したいという思いから、2011年に中小企業診断士を取得。社内では管理部門を取りまとめつつ、社外では中小企業向けの経営コンサルティングから大企業向けのセミナーまで幅広く行っている。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。
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