ゼロから始める、外資系企業の退職金プラン - 日本法人立ち上げ時の検討事項を徹底解説

日本市場への進出を果たし、これから事業を本格展開する外資系企業の経営者や人事責任者にとって、人事制度の構築は成功を左右する重要なタスクです。中でも、日本特有の雇用慣行である「退職金制度」は、多くの担当者が頭を悩ませるポイントではないでしょうか。
「グローバル本社の方針とどう整合性を取るべきか?」「そもそも、どんな制度があるのか分からない」。そんな疑問や不安を抱えている方も少なくないはずです。
本記事では、日本法人を立ち上げる外資系企業が退職金制度を導入する際に直面する課題と、その解決策を、具体的な検討ステップに沿って徹底的に解説します。
そもそも日本の「退職金」とは?- 基本的な種類と特徴
退職金制度は法律で義務付けられているわけではありませんが、日本の多くの企業が導入しており、従業員にとっては「賃金の後払い」や「功労報償」としての期待感も根強くあります。
まずは、代表的な制度の種類を理解することから始めましょう。
制度の種類 | 特徴 |
退職一時金制度 |
退職時に、一括で退職金を支払うシンプルな制度で、比較的自由な設計が可能。 |
確定給付企業年金 (DB) |
将来の給付額をあらかじめ約束し、その内容に基づき外部に積立をする制度(企業年金)。 |
確定拠出年金 (DC) |
会社が掛金を拠出し、従業員が資産運用を行う制度。 |
中小企業退職金共済 (中退共) |
国がサポートする中小企業向けの外部積立制度。 |
制度導入の検討ステップ - 失敗しないための3つのフェーズ
場当たり的に制度を導入すると、将来的な財務リスクや従業員の不満につながりかねません。また、制度によっては導入後の変更が難しいものありますので、以下の3つのフェーズに沿って、体系的に検討を進めましょう。
フェーズ1:目的の明確化 - 「何のために」導入するのか?
まずは、退職金制度を導入する目的をはっきりさせます。目的によって、最適な制度の選択や設計は大きく変わります。
人材の獲得・定着: 競合他社はどんな制度を導入しているか?
従業員のエンゲージメント向上: 長期的な貢献に報いる仕組みを作りたいか?
福利厚生の充実: 従業員が安心して働ける環境を提供したいか?
フェーズ2:制度の選定 - 「どの制度が」自社に最適か?
目的が明確になったら、自社の状況に合った制度を選びます。近年、外資系企業やスタートアップでは、運用リスクを企業が負わず、グローバルな人事制度とも親和性の高い企業型DCを選択するケースが増加しています。
親会社の方針: グローバルでDCが主流か?
従業員構成: 平均年齢、想定勤続年数は?
財務状況: どの程度のコストを許容できるか?
フェーズ3:制度設計の詳細 - 「いくら」払うのか?
導入する制度を決めたら、最も重要な「給付(拠出)額」の設計に移ります。
一時金やDBの場合は、基本給や役職、勤続年数などを基に算定式を決定します。
企業型DCの場合は、基本給や役職や等級に応じて、企業が毎月拠出する掛金額を決定します。
金額や支給要件が大方決まった段階で、従業員データをもとにコストシミュレーションを行い、将来にわたって企業が負担するコスト総額を試算し、導入の是非を決定します。
なお、DBやDCにおいては、委託するためのコストも必要になるため、これらも合わせてコストシミュレーションを行います。
外資系企業が特に注意すべき3つのポイント
グローバルな視点を持つ外資系企業だからこそ、留意すべき特有のポイントがあります。
一つ目のポイントは、グローバル本社との連携です。
日本法人の制度を設計する上で、グローバル本社の人事ポリシーとの整合性は不可欠です。なぜ日本の従業員に退職金が必要なのか、その文化的な背景や人材市場での競争力を、データを基に本社へ説明し、理解と承認を得るプロセスが重要になります。
二つ目のポイントは従業員の多様性への配慮です。
日本で採用したローカル社員と、本国からの駐在員(Expat)とでは、報酬や福利厚生に対する考え方が異なります。また、近年は日本でも転職が一般化しています。特定の従業員だけが有利/不利にならないよう、短期勤続者にも一定の配慮がある設計(例:DCの導入)などが求められます。
三つ目のポイントは法改正や税制の動向です。
日本の退職金に関する法令や税制は、時代に合わせて変化します。例えば、iDeCo+(イデコプラス)の導入など、新しい選択肢も増えています。常に最新の情報をキャッチアップし、必要に応じて制度を見直す柔軟な姿勢が大切です。
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日本法人を立ち上げる際の退職金制度の導入は、単なるコストや管理業務の追加ではありません。それは、「日本市場で長期的に成長していく」という企業の意思表明であり、従業員への重要なメッセージです。
企業の理念や成長戦略、そして従業員への想いを反映させた最適な退職金制度を設計・導入することは、日本における事業の成功を支える強固な礎となるでしょう。
まずは、自社が「何のために退職金を導入したいのか」を考えるところから、始めてみてはいかがでしょうか。
著者 : 八丁宏志 (はっちょうこうじ)

クミタテル株式会社 取締役
1979年生まれ。専門学校卒業後、システム開発会社を経てIICパートナーズ入社。社内インフラの整備・運用からソフトウェアの開発・保守を手掛け、退職金・企業年金のコンサルティングにも従事。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに取締役に就任。人数規模、業種業態を問わず退職金制度を中心としたコンサルティングサービスを提供。