ああ、もったいない!ざんねんな退職金制度
私はこれまで、コンサルタントとして数多くの退職金制度を見てきました。数えていないので正確なところはわかりませんが、おそらく1,000くらいの退職金規程や年金規約を見てきたと思います。そうした中で「ざんねんな退職金制度」に出会ってしまうことがあります。せっかく従業員のために退職金制度を用意しているのに、これではもったいないなぁと思ってしまう制度のことです。今回は、そんな残念な制度について紹介していきます。
1. 複雑怪奇な退職金制度
残念な制度の1つ目は、複雑怪奇な退職金制度です。規程を一読しただけでは、退職金の計算方法や金額水準を把握できないような、複雑な制度が時々あります。例えば、退職金を計算するための要素が多くて複雑に絡み合っている制度や、経過措置により複数の仕組みが並行している制度などです。
なぜこうした複雑な制度が生まれるかというと、1つは退職金に様々な要素を盛り込みすぎたせいです。「役職や等級、人事考課も退職金に反映させたい。でも勤続年数も考慮したい。」こんなふうに制度設計を行ってしまうと、結局どうやって退職金が決まるのかが分かりにくくなります。
もう1つは退職金制度の見直しの際に、従前の制度を大きく引きずってしまっているケースです。退職金規程や年金規約は、将来退職したときに支給する金額についての社員との約束ですから、これを変更する際には慎重な対応が必要です。ただ、そのための経過措置が複雑になりすぎたり、長期間にわたったりすると、何の計算をしているのか分からなくなってしまうことがあります。
いくら退職金が充実していたとしても、また、精緻に設計されていたとしても、複雑で分かりにくい制度はその良さを消してしまいます。それは社員に伝わらないからです。
2. 昭和の雰囲気が漂う退職金制度
残念な制度の2つ目は、昭和の時代が色濃く残る退職金制度です。例えば、55歳定年の時代に設計した制度が、ほとんどそのままの形で残っていたり、「新卒採用-定年退職」以外のキャリアコースを想定していないことが明らかな制度があります。中には女性社員の結婚・出産に伴う退職を会社都合扱いとし(注)、寿退社を奨励するかのような仕組みが残ったままになっていることもあります。
注:退職金の計算方法を退職事由に応じて定め、自己都合退職よりも会社都合退職のほうが高くなるように設計。
もちろん退職金は会社が任意で設ける制度ですから、性別による不当な差別などがなければ、どんな設計にするかは各社の判断です。特に、社内積立の退職一時金制度であれば、企業年金の法令による制約を受けませんので、設計の自由度は高くなります。
ですので、明確な意図や目的を持って「我が社は昭和時代の制度を堅持する」ということであれば、これを一律に否定するわけではありません。しかし、実態としては時代や環境の変化に応じたメンテナンスが行われないまま、誰も手を付けずに放置されてきたというのがほとんどです。
3. 社員に知られていない退職金制度
ざんねんな退職金制度の3つ目は、社員に知られていない制度です。社員の皆さんにアンケートやインタビューを実施すると、そもそも退職金があるのかどうか知らないとか、自分がもらえるのかどうか分からない、という回答があったりします。
退職金は給与や賞与と同様に、勤務に対する報酬の一部を構成するものですが、退職するまで支給されることはないため、在職中の社員は報酬としての実感を持ちにくいです。そのうえ、会社からの説明や情報開示が貧弱だと、社員は自分の退職金について知る機会がありません。これは非常にもったいないことです。
退職金制度には、本来、社員の長期的なキャリアに対する会社としてのメッセージが込められているはずです。「将来的なお金の不安を持つことなく、安心して長く働いてほしい」「より大きな役割・責任を果たしてくれた社員に報いたい」あるいは「社員1人1人の多様なキャリアプラン・ライフプランを支えたい」といった内容です。社員が退職金について知る機会がないということは、こうしたメッセージが伝わっていないということです。
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今回紹介したざんねんな退職金制度に共通するのは、その目的がないがしろにされていることです。制度が複雑になるほど、目的はぼやけてきます。環境変化に応じたメンテナンスを怠っていると、目的の不整合がおきます。社員に退職金の存在や内容を知らせないのは、目的を放棄しているのと同じです。もし、自社の退職金制度が残念な状態になっていたとしたら、目的に立ち返って、制度内容や社員への情報開示のあり方を再検討してみましょう。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。