中小企業でも無理なく始められる退職金制度とは?
1. 中小企業に退職金制度の新規導入が多い理由
大企業に比べ、退職金制度の実施割合が低い中小企業ですが、近年、制度の新設に関する相談が増えてきています。厚生労働省による調査からも、従業員規模30~99人の企業で退職金制度の導入が多いことがうかがえます。
◼︎退職一時金制度の見直し内容(上位3項目)
◼︎退職年金制度の見直し内容(上位3項目)
出所:就労条件総合調査(2023年)。集計対象は「退職年金制度の見直しを行った・行う予定がある」と回答した従業員規模30~99人の企業。見直し内容(複数回答)のうち「その他」を除く上位3項目を掲載。
その背景には、人手不足が深刻化する中で、貴重な人材にできるだけ長く働いてほしいという会社側の思いがあります。退職金は一般に勤続年数が長くなるほど金額が増え、給与や賞与に比べて税制優遇も大きいため、長く継続して働きたい従業員にとっては欠かせない労働条件の1つです。経営が軌道に乗り、人材の安定的な確保と定着が求められる企業ほど、退職金制度を持つ意味は大きくなります。
(独)労働政策研究・研修機構の調査でも、正社員の離職率が低い企業では退職金制度の導入率が高い結果となっています。
出所:企業における退職金等の状況や財形貯蓄の活用状況に関する実態調査(企業調査)(2019年)
2. 退職金制度を始める際に注意したいポイント
その一方で、退職金制度は一度導入すると簡単にやめたり変更することはできません。社員が長年の勤務を終えて退職したときの支払いについて約束するものですから、導入して終わりではなく、長期にわたって無理なく継続可能な制度でなければなりません。具体的には次のような点に注意が必要です。
1つ目は、計画的な原資の積立です。退職金制度を新たに導入しても、しばらくは大きな支払いは発生しません。しかし、制度導入から20年、30年と時間が経過し、定年等で長年勤務した社員が多く退職を迎えるようになったところで支払いが急増します。したがって、資金繰りに悪影響を与えないように計画的に資金準備を行うことが必要になります。また支払いが発生していなくても、各従業員の退職金の積み上がりに応じて、在職中から費用や負債(退職給付引当金)を計上することが求められます。
2つ目は、適切な制度管理です。実際に退職者が出たときには退職金を規程に沿って正しく計算し、税務処理を含めた支払事務を適切に行う必要があります。また、退職金の外部積立のために企業年金を導入した場合は事業主からの直接の支払事務は発生しませんが、確定給付企業年金(DB)では年金財政を健全に保つための運用方針の策定やモニタリングが必要になりますし、企業型確定拠出年金(DC)では従業員が適切に資産を運用できるように商品評価や投資教育の継続的な実施が求められます。
3つ目は、見直しの柔軟性の確保です。退職金制度はコロコロ変えられるものではありませんが、長期にわたって制度を運営していくなかでは経営状況や社会・経済情勢も変わっていくため、必要な時には見直しができるように柔軟性を確保しておくことも重要です。例えば、「退職時の基本給×勤続年数別支給率」で退職金を算定する“伝統的”な退職金制度は年功序列の賃金や終身雇用を前提としていることが多く、今の状況とマッチしなくなってきています。しかし不利益変更やコストの問題から見直しは簡単ではなく、結局ズルズルと続いてしまっている例も散見されます。
3. 手軽に始められる中退共の問題点
上記のような観点から、中小企業では一般に中小企業退職金共済(中退共)が好まれ、広く普及しています。中退共は国が運営する退職金共済制度であり、手続きが簡便で制度管理の手間もかかりませんん。中退共に加入した企業は各従業員に係る掛金を制度の実施主体である勤労者退職金共済機構に納付し、従業員が退職したときには掛金の納付実績に応じて機構から直接退職金が支給される仕組みになっています。会社としては毎月の掛金以外に資金準備を行う必要はなく、負債(退職給付引当金)を計上する必要もありません。
一方で、中退共には「従業員は退職まで原則全員加入」「経営者は加入できない」「掛金は月額5,000円~30,000円の範囲で決める必要がある」「加入期間中の掛金引き下げにはその都度本人同意が必要」など、制度設計に一定の制約があります。また、一旦加入すると解約しない限り掛金の拠出を続ける必要があります。解約したときには積み立てた退職金相当額が「解約手当金」として従業員に直接支払われ退職金としての機能を失うとともに、従業員にとっても解約手当金は退職所得にならない(一時所得となる)ため税制上不利な扱いとなります。
加えて、中退共は中小企業を対象とした制度であるため、企業の成長や合併により中小企業でなくなると加入の継続ができず、他の制度へ移行等の対応を迫られます。当社にも、中退共の継続の是非や、他制度への移行に関する相談が毎年のように寄せられています。中退共は「計画的な原資の積立」「適切な制度管理」という観点では中小企業にとってありがたい制度ですが、「見直しの柔軟性の確保」には問題を抱えているといえます。
4. 中小企業にとっての新たな選択肢「総合型企業年金」
これに対して、一見中退共に似た仕組みながら一定の柔軟性を備えているのが「総合型」と呼ばれる確定給付企業年金(DB)です。中小企業が1社単独で実施することが難しいDBを、企業年金基金を設立することで共同で実施できるようにしたものです。基金の実施事業所となった企業は基金に対して掛金を積み立て、加入者である従業員が退職したときには基金から直接一時金または年金が支給されます。制度の運営事務は基金事務局が中心となって行いますが、重要な意思決定は事業主や加入者から選ばれた代議員で構成される「代議員会」で決定されます。
総合型DB基金の制度設計は各基金によって異なりますが、法令の範囲内で企業ごとに加入者の範囲や積立額を柔軟に設定できるようにしているケースもあります。厚生年金の対象であれば経営者であっても加入することができます。また、企業規模に制限はないため、中小企業でなくなったあとも加入を継続することができます。
総合型DB基金の多くはかつて業種や地域ごとに設立されていた厚生年金基金から移行したものですが、上記のような特徴を活かしていくつかの基金は業種や地域に関わらず企業の新規加入に積極的に取り組んでいます。退職金制度を始めたい(見直したい)中小企業にとって、こうした総合型DB基金への加入は有力な選択肢の1つとなっています。
5. 総合型企業年金のチェックポイント
但し、総合型DB基金への加入の是非や加入する基金の選択にあたっては、いくつか確認すべき点もあります。会社として準備したい・準備できる退職金の内容が、基金の制度設計で実現できるかどうかはもちろんのこと、将来を見据えて以下のような点にも注意する必要があります。
1つ目は、年金財政の健全性です。総合型DB基金は厚生労働省の認可を受けて設立・運営されていますが、財政的な後ろ盾があるわけではありません。年金資産の運用が計画どおりいかないなどして積立不足に陥ったときには、その解消のためにすべての実施事業所が分担して追加の掛金を負担する必要があります。そのため、現時点でどの程度財政的な余裕があるかに加えて、将来に向けてどのような方針・体制でリスク管理を行っているかの確認も重要となります。
2つ目は、任意の事業所脱退に対するスタンスです。今は総合型DB基金への加入がベストな選択であったとしても、10年、20年の単位で考えたときには会社の経営状況や基金の運営状況が変化し、どこかで基金の脱退を考えるべきタイミングがやってくるかもしれません。ただ任意脱退には代議員会での議決が必要であり、任意脱退に否定的なスタンスの基金に加入すると将来足かせとなってしまう可能性があるため注意が必要です。
なお、中退共を任意に解約する場合と異なり、総合型DB基金を任意脱退したときには、本人の選択により基金から支給される脱退一時金を他の制度(会社で別に企業年金を実施する場合はその制度、実施しない場合はiDeCoなど)に移行することができます。これにより、税務上の不利益を回避することができます。
これらに加えて注意しておきたい点として、給与切り出し型の選択制企業年金があります。本来、退職金や企業年金は給与や賞与とは別個に設けられるものですが、そうではなく本人の選択により既存の給与の一部を減額し、その減額分を企業年金として積み立てる制度設計が近年広まっており、一部の総合型DB基金でも取り入れられています。会社としては追加の原資を準備することなく企業年金を実施することができ、従業員にとっても給与の一部を退職金に振り替えることで税負担や社会保険料負担の面でメリットがあります。
しかし、給与が減少して社会保険料負担が減るということは、将来受け取れる厚生年金も減ってしまうことになります。企業年金の積立で将来に備えたつもりが、公的年金の目減りで相殺されてしまうことになりかねません。また、給与の減少は残業代や欠勤控除、最低賃金のチェックなどその他の様々な給与計算事務にも影響を及ぼします。人事としては、そうした事務に対応するとともに、給与の減額が及ぼす様々な影響について従業員に正確に説明することが求められます。こうした点を踏まえると、給与切り出し型の選択制を安易に採用するのは避けるべきでしょう。
退職金制度のご相談はぜひ『クミタテル』へ
今回は中小企業が無理なく始められる退職金制度として、総合型企業年金について解説しました。当社では退職金制度を導入したい・見直したい企業向けに、総合型企業年金への加入の是非や加入する基金の選択に関するアドバイス、加入に向けた制度設計等の支援を行っています。ご相談はお問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。