【月刊 人事マネジメント連載】第2回:人材の多様性を推進するために~女性・高齢者・外国人の活用 【人材枯渇リスクの乗り越え方 ~4象限で導き出す人事対策の選択肢~】
本連載の第1回では、人材枯渇リスクへの対策を「人材の確保と1人あたり生産価値の向上」「直接的アプローチと補完的アプローチ」の2軸によって4象限に整理しました。
今回は、具体的な施策の1つとして多様性の推進を取り上げます。
多様な人材の受け入れは「人材を確保するための直接的なアプローチ(第1象限)」であるとともに、多様な人材の活躍推進は「1人が生み出す価値を向上させる直接的なアプローチ(第3象限)」でもあります。また、個人との関係性の多様化(例えば副業人材の活用)は「人材を確保するための間接なアプローチ(第2象限)」1つと考えることもできますが、これについては次回以降に取り上げたいと思います。
女性や高齢者の活躍推進はブレーキを外すのが先決
日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年から減少に転じ、現在ではピーク時の85%程度となっています。しかし、意外に思われるかもしれませんが、就業者数はそれほど減少しておらず、近年はむしろ増加傾向にあります(図表)。
図表 生産年齢人口と就業者数の5年ごと推移(2025年以降は推計)
(出所)総務省、国立社会保障・人口問題研究所の調査結果をもとに筆者作成
その要因は主に女性と高齢者の就業率の高まりにあります。65歳以上の就業率も高まっており、将来的には就業者数が生産年齢人口を上回るかもしれません(その場合、生産年齢人口の再定義が必要そうですが)。
女性と高齢者の就業率はまだ向上の余地があり、実際、従業員に占める割合も増えている企業も多いことでしょう。しかしそうした人材の力を十分に引き出せているケースは多くはありません。有価証券報告書への人的資本開示項目の1つである女性管理職比率は、国内では長く1割前後に留まっています。高齢者についても、定年延長など戦力化の動きは徐々に広がりつつあるものの、60歳定年とともに役割・処遇とも一律にダウンする再雇用制度がいまだ主流です。
女性や高齢者の力を十分に活かし切れていない大きな要因に、性別や年齢によって役割や責任範囲に一定の枠をはめてしまう制度や固定観念があります。手前味噌ではありますが、大手金融機関の一般職として社内事務に従事していた女性職員が、より広い活躍機会を求めて弊社の求人に応募し、コンサルティング業務のほか新規顧客の獲得でも成果を上げている例があります。他の人事コンサルティング会社でも同様の事例が聞かれます。これは裏を返せば、コース別の人事管理やそれに伴う業務範囲の限定により、本人が持っている本来の能力や意欲が抑えられてしまっていることを意味します。
また、厨房機器の買取・販売を手掛けるテンポスバスターズは、高齢者雇用に積極的な企業として知られていますが、特段、高齢者向けの仕事に高齢者の求人を行ってきたわけではありません。年齢に関係なく意欲と能力のある人材を採用し、働き方やポストについても年齢によらず本人の意欲や実力に基づいて決めてきた結果として、自然と多くの高齢社員が活躍する企業となったのです。他社で冷遇されている層を分け隔てなく受け入れることで、優れた人材を獲得できている面もあるでしょう。
女性や高齢者を含めた多様な人材の活躍推進のためには、こうした層を後押しする「アクセル」の施策に着目する前に、「ブレーキ」となっている仕組みや慣行、社内に染みついている意識に目を向けてみましょう。それらを取り除くだけでも効果は上がるはずです。
高度外国人材の活用には労使の相互理解が必要
国内で人材が枯渇するのなら海外に目をむけようというのは、グローバル化の時代において自然な発想です。パンデミックにより一時的に国境を超えた人の動きは停滞しましたが、外国人労働者はここ10年で3倍近くにまで増えています(厚生労働省「外国人雇用状況」)。
また先日、国立社会保障・人口問題研究所から発表された日本の最新の将来推計では、意外なことに前回5年前の推計よりも人口の減少が緩やかになっています。直近の外国人の出入国状況を反映した結果、出生数の低下を補うほどに外国人人口の増加が見込まれています。外国人が国内生産・サービス提供の一翼を担う時代が現実のものとなりつつあります。 ただこれまでのところ、外国人は主に「安い労働力」として迎え入れられています。厚生労働省の賃金構造基本統計調査を見ても、外国人労働者の賃金は全体と比べて2割ほど低くなっています。外国人が「正社員」として当たり前に在籍し、活躍している企業はまだ限られているのが実情です。
しかし今後枯渇してくのは安い労働力だけではありません。優れた人材であるほど国境を超えて活躍のチャンスが広がっていますから、国内に活躍の機会がなければ高度な人材は流出していく一方になってしまいます。
海外売上高比率がおよそ2/3に上る製造業のA社では、数年前より新卒・中途を問わずアジアを中心とした外国籍人材の採用を本格化し、グローバル人材の育成に取り組んできました。ただ彼(彼女)らに終身雇用の考えはないですから、仕事のレベルや処遇が自分の能力に見合ってないと感じれば躊躇なく転職してしまいます。
そこで、グローバル人材を対象に既存の総合職とは別の人事コースを設けることとし、弊社も支援に入って検討を進めました。もちろん外国人をだけ対象とするのではなく、国籍にかかわらず海外で活躍できる人材を確保し、育成・定着させるための制度として人材要件を定めました。昇格についても経験年数を重視するのではなく、より早い成長スピードを求める設計としました。
しかし、導入に向けた労使協議で思わぬ反対にあうことになります。一部の高度人材が「厚遇」されることで、その他多くの組合員が割を食うことを懸念したのです。会社としてはグローバル人材を最大限活用してパイを拡大することを考えていたのですが、社員側はパイの切り分けのほうに意識が行ってしまったわけです。
こうしたすれ違いがあると、せっかくいい人材を採用して人事制度を整備しても、現場での活用がうまくいかずに終わってしまいます。今回のケースでは、制度の導入前にすれ違いが分かったことで、「グローバル人材の確保と育成」という経営方針を改めて現場レベルに浸透させる必要性が認識できたとも言えます。
外国人材に限らず、「異質」な人材を受け入れ活かしていくためには、その先に実現したい姿を会社全体で共有し、相互理解を深めていくことが不可欠でしょう。
出典:月刊 人事マネジメント 2023.9 (発行)株式会社ビジネスパブリッシング www.busi-pub.com
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。