私たちの年金はどうなるのか?年金数理人が解説する公的年金の財政検証【第4回】私たちは将来に向けてどう備えていくべきか?
7月3日、厚生労働省の社会保障審議会年金部会から、公的年金の財政検証の結果が報告されました。これは法律に基づいて5年に1回行われるもので、年金財政の将来見通しを作成し、結果を公表することになっています。本連載では、財政検証の報告資料をもとに、私たちの年金が将来どうなるのか解説していきます。
最終回となる第4回では、これまでの内容を振り返りながら、私たちは将来に向けてどう備えていくべきなのか考えていきたいと思います。
なお、財政検証の資料は以下に掲載されています。詳細を確認したい際にはこちらを参照ください。
将来の公的年金の財政見通し(財政検証)│厚生労働省
2024年財政検証のまとめ
まず、第3回までの解説をもとに、2024年財政検証の3つのポイントをまとめます。
(1) 財政検証の目的
公的年金には、100年後も積立金が枯渇しないように年金額を自動的に調整する仕組み(マクロ経済スライド)備わっているが、この調整をいつまで続ける必要があるのか、それによって最終的な年金水準が低くなりすぎないかを定期的に確かめる必要がある。これが第1の目的であり、法律にも定められている。
財政検証のもう1つの重要な目的は、制度改正を仮定した「オプション試算」。これによっていくつかの制度改正案の効果や影響を確かめ、その結果をもとに次の改正に向けた法律案を作成する。
こうした作業を5年に1回行うことで、定期的に将来の財政見通しを確認し、継続的に制度の改善を図っていくことで、公的年金制度を持続可能なものとすることができる。
(2) 2024年財政検証結果の概要
一言で言えば、前回の2019年財政検証よりも財政見通しが改善する結果となった。マクロ経済スライドによる調整はより短い期間で終了し、最終的な年金水準はより高い水準に維持される見通しとなっている。その主な理由は、女性や高齢者の労働参加が進み、保険料を納める「支え手」側の人口が増えたことと、積立金の運用が好調で残高が大きく積み上がったことの2点。
また、2024年財政検証では新たに世代別の年金額分布推計が行われ、その結果が公表された。これまでの財政検証では、夫が外で働き妻を扶養する「昭和モデル」によるモデル年金額のみが示されていたため、将来実際に1人1人に支給される年金額がどうなるのかをイメージするのが難しかった。しかし今回の年金額分布推計により、特に女性については労働参加が進んだことで若い世代ほど低年金者の割合が低下し、年金水準が底上げされることが明確になった。
(3) 次期年金制度改正の見通し
2024年財政検証では大きく5つの制度改正案に対するオプション試算が行われたが、そのうち実現可能性が高く、効果や影響も大きいのが「被用者保険の更なる適用拡大」。現在、被用者保険(厚生年金)の対象範囲は「週20時間以上勤務」「月収8.8万円以上」などの条件によって定められている。この範囲を拡大し、より短時間・低収入で働いている人も厚生年金に加入することで将来厚生年金を受け取れるようになり、年金財政全体にも良い影響を及ぼすことがオプション試算によって示された。
対象範囲を広げるほど将来世代の年金水準を底上げする効果も大きくなるが、本人や雇用主には新たな保険料負担が発生することになるため、次の改正でどこまで拡大されるかが焦点となる。
以上が2024年財政検証の要点ですが、私たちはこの結果をどう受け止め、将来に向けてどのように備えていけばよいのでしょうか。
悲観論や「年収の壁」に惑わされない
まず大切なのが、国の年金制度や財政状況について正しい認識を持つことです。
年金に関しては、悪いニュースは大きく取り上げられ世間で騒がれますが、良いニュースはあまり取り上げられません。年金積立金の運用成績が良い例で、大きなマイナスが出た年度と大きなプラスが出た年度では扱いが全く異なります。2024年財政検証についても前回より見通しが改善する結果となったため、これまでの財政検証に比べて随分と扱いが小さくなった印象です。
そのため、年金に対しては昔から「今の制度は破綻している」「自分が老後を迎える頃にはもらえなくなるだろう」といったネガティブな印象が持たれがちです。しかし、これだけ少子高齢化が進み、「失われた30年」と言われるような低成長の時代が続いてきた今も、年金は滞りなく支給され、GPIFによる年金積立金の運用資産額は過去最高の245兆円超となっています(2023年度末時点)。今回の財政検証により将来の見通しも決して暗くはないことが分かりました。
ですので、「年金は当てにならない」「信用できない」といった理由で無理な投資に手を出したり、年金への加入(保険料の支払い)を逃れるような選択をしないことが重要です。
次期制度改正の見通しのところで解説したように、厚生年金への加入には収入要件が定められており、これは「年収の壁」とも呼ばれています。パートなどで働いている人が、これ以上収入を増やすと厚生年金の対象となり、保険料を引かれてかえって手取りが減ってしまうために、働く時間を調整するなどしてあえて収入を抑えるケースがあるからです。
目先の保険料負担ばかり気を取られ、時給が上がっているのに収入を増やさず、将来の年金を増やすチャンスも逃しているのはもったいないことです。制度改正により適用拡大がさらに進むと、壁の向こう側(厚生年金の対象)に入る人が増えることになります。確かに手取りが減ってしまうのは痛いかもしれません。それでも、年収の壁を気にせずに働けるようになり、将来の年金も充実するというポジティブな面に目を向けてほしいと思います。
まずは自分の年金を把握する
とはいえ、「年金制度の見通しは暗くない」「厚生年金に入れば将来の年金が充実する」と言われても、実際に自分が受け取る年金額が分からなければ効果を実感することはできないでしょう。過去には、年金の納付記録は本人がよく知っているはずだという安易な考えに基づき、国による年金記録管理が適切に行われていなかった時期があり、2007年に発覚した年金記録問題は公的年金に対する信用を一層低下させるものとなりました。
しかしこの問題を契機として新たに「ねんきん定期便」が実施され、国の方から年金加入者に対して年に1回その時点までの年金記録が郵送されるようになりました。これによって、加入者は自分の年金加入実績を定期的に確認できるとともに、加入実績に応じた年金の見込み額も把握できるようになりました。また、2011年にはねんきん定期便のインターネット版ともいえる「ねんきんネット」サービスが導入され、自分の年金記録の確認や将来の年金見込額のシミュレーションがいつでもできるようになりました。
さらに、2022年には「公的年金シミュレーター」の運用が開始され、利用登録やID・パスワードの入力といった手間を省いてスマホで手軽に年金見込額のシミュレーションが可能となっています。
まずはこうした情報やツールを活用し、自分の年金を把握することが大切です。年金は、高い収入で長く勤めるほど納める保険料が増え、その分受け取る年金額も増えますが、実際にシミュレーションすることでその効果を実感できるでしょう。
公的年金は国による強制加入の保険であることから、保険料負担が重くなりすぎない設計となっており、公的年金だけで現役並みの収入を確保できるようにはなっていません。しかしながら、ほとんどの人にとって引退後の収入の基礎となるのはやはり公的年金です。その上に会社からの退職金や企業年金、さらにはiDeCo(個人型確定拠出年金)などの個人年金を積み上げることで「自分年金」を建てることができます。安心できる自分年金を設計し、組み立てていくために、まずは自分の年金を「見える化」することから始めてみましょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。