【月刊 人事マネジメント連載】第1回:人材の枯渇はトレンドワードに共通する人事課題の本質 【人材枯渇リスクの乗り越え方 ~4象限で導き出す人事対策の選択肢~】
人的資本経営、エンゲージメント、ジョブ型、ダイバーシティ、DX、リスキリング・・・最近の人事のトレンドワードを並べると、その背景に共通して「人材の枯渇」があります。少子化、グローバル化の進展、ITの急速な発達、パンデミックなどにより、必要な時に必要な人材を確保することの難しさと重要性が、これまでになく高まっています。
なかでも人口動態のインパクトは甚大で、リクルートワークス研究所が今年3月に発表した未来予測では、2030年に341万人、2040年には1100万人の労働力が不足するとされています。本連載では「人材枯渇時代」の企業経営のありや人事の役割、とるべき対策について、具体と抽象を行き来しながら考えていきます。
今後の企業経営の根幹に関わる人材の枯渇リスク
1985年以降の有効求人倍率(図表1)を見ると2014年以降は1.0を超えて推移しており、バブル期を超える水準にまで上昇しています。2020年には新型コロナウイルスの感染拡大により急低下したものの1.0を下回ることはなく、経済活動が徐々に平常時に戻っていくにつれて有効求人倍率も再び上昇し、直近では1.3を上回る水準で推移しています。
この根本的な要因は景気変動などではなく人口動態にあります。65歳以上人口は今後も2040年代まで増加が予想されているのに対して総人口は既に減少に転じており、15~64歳の生産年齢人口の割合は今後も右肩下がりとなることが確実です。人手不足、売り手市場はは一過性のものではなく、今後さらに深刻化していきますから、「人材枯渇リスク」は今後の企業経営の根幹を揺るがしかねない課題として、長期的な目線で取り組む必要があります。
図表1:有効求人倍率(年平均)の推移
人事に求められる「鳥の目、虫の目、魚の目」
構造的かつ加速する人材枯渇リスクの課題に対して、単に採用を強化するといった目の前の施策だけでは対処できないのは明らかです。人事は広い視野と時間軸を持って、「鳥の目」で俯瞰して考えることが求められます。事業の継続と発展に不可欠な人材を再定義し、国内労働市場が縮小する中でどう人材を確保するのか、限られた人的資源を消耗させることなくいかにその価値を高め、寿命を延ばすのか、あらゆる対策を総動員させて考えなければなりません。
その一方で、効果的な対策を立案し実行するには、現場を注意深く観察する「虫の目」も必要です。人材供給の絶対量が減少し、質も変化することを前提として、各部門を巻き込みながら業務プロセスの見直しにまで踏み込んで人材の再配置や教育を行うことが求められます。
企業人事を取り巻くこうした状況を考えれば、人的資本経営やエンゲージメントとといったトレンドワードは突如湧いて出てきたものではなく、人材枯渇リスクへの処方箋として必然的に表れてきたものと言えます。日頃から人材枯渇リスクと向き合って対策を練っていれば、こうしたトレンドを後追いするのではなく、「魚の目」により時流を捉えて施策を展開することで、人事として経営に大きく貢献することができるでしょう。
人材枯渇リスクへの対策の選択肢を4象限で整理
人材枯渇リスクへの対策は2つの軸で考えることができます。1つは働く人と力の最大化です。これには「いかに多くの人材を確保するか」と「1人が生み出す価値の総量をいかに高めるか」という2つの方向性があります。もう1つはアプローチの方法です。社員の量と質を直接的に高めていくのか、あるいは別の手段で補完することで対応するのかということです。これを示したのが図表2です。
近年よく人事領域で取り上げられるテーマをこれに当てはめると、以下のように整理することができます。
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【第1象限(左上)】
女性や高齢者、外国人材、氷河期世代などの多様な人材の受け入れと活躍推進
【第2象限(右上)】
副業人材の受け入れと活用、アルムナイネットワークの構築
【第3象限(左下)】
リスキリング、エンゲージメントの向上、オンボーディング、働き方改革
【第4象限(右下)】
DXによる業務の自動化・効率化と付加価値の向上、BPO(アウトソーシング)
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図表2:人材枯渇リスク対策の選択肢(4象限)
また、人的資本経営やジョブ型制度の導入は、第1・第2象限にまたがる経営のあり方や人事施策だと言えるでしょう。
これらの対策はそれぞれ独立したものではなく、相互に関連し合うものとなります。例えば、多様な人材が活躍できるような土壌が整うことで(第1象限)、副業人材など会社と個人との関係性という意味でも多様な人材の活躍機会が広がることが期待できます(第2象限)。また、業務の自動化やアウトソーシングによって余った人材を活かすためには(第4象限)、リスキリングが必要となります(第3象限)。
人材枯渇リスクへの対策を立案するにあたっては、自社において今後どのような人材がどの程度不足することが見込まれるのかを見極め、それをカバーするための施策を各象限から効果的に組み合わせていくことが重要になります。
次回以降はこの整理に沿って、ビジネス環境や労働市場を踏まえた対策の立案や人事の役割について、具体例を交えながら考えていきたいと思います。
出典:月刊 人事マネジメント 2023.8 (発行)株式会社ビジネスパブリッシング www.busi-pub.com
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。