定年後再雇用の給与は結局何割なら問題ないのか?
定年後再雇用の賃金制度を考えるとき、同一労働同一賃金の観点から定年前の給与と比べてどれくらいの水準を確保する必要があるのかが問題になることがあります。これに関して、2023年7月に注目すべき判決が最高裁判所から出されました。今回はその判決内容も交えながら、定年前後の給与格差の問題について考えていきます。
結果ではなくプロセスに誤りがあると判断した最高裁判決
日本の多くの企業では定年を60歳とし、その後は再雇用により65歳までの雇用義務に対応しています。再雇用後は嘱託社員となり、正社員とは異なる処遇体系が適用され、給与はダウンするのが一般的です。ここで問題になるのが「同一労働同一賃金」です。雇用形態によって支払われる給与に不合理な格差を設けることは違法とされています。
名古屋自動車学校事件では、役職を退任したことを除いて業務の内容などに違いがなかったにもかかわらず、定年前後で基本給が半分以下になったことに対して従業員側が訴えを起こし、一審、二審では6割を下回る部分について違法という判断が示されました。
しかし最高裁の判決は「差し戻し」、つまり裁判のやり直しを二審の名古屋高裁に命じる結果となりました。「6割以下の減額は違法」という判断はおかしいのでやり直せ、ということです。ただ判決文を読むと、最高裁は決して6割以下の減額を認めているわけではなく、6割以下を違法とした判断のプロセスに問題がある、と指摘しています。
具体的には、基本給の性質や支給の目的を十分に踏まえていないということと、労使交渉に関する事情を適切に考慮していないという指摘です。こうした点を再度検討したうえで判断をやり直せ、という判決です。ですから、十分検討した結果、やはり6割以下は不合理で違法だという判断になる可能性も残されています。
定年後の給与の減額割合について一律の判断基準は存在しない
ただ難しいのは、基本給の性質や支給の目的をどこまで定量的に測れるのかということです。あなたが人事担当者だとして、「我が社の基本給の性質と目的は正社員についてはこうで、嘱託社員についてはこうです。だから業務内容が変わらなくても、ここまでの減額なら不合理ではありません」と明快に説明できるでしょうか。
仮に給与制度が完全なジョブ型で、雇用形態にかかわらず、職務内容のみに基づいて基本給が決まっているとしたら、定年前後で職務に変化がないのに基本給が下がるのは、割合に関わらず不合理になります。一方で、正社員は完全な年功賃金で、嘱託社員の基本給は職務評価によって決まるのであれば、同じ仕事で給与が大幅に下がることがあっても、不合理とは言い切れません。
つまり、「定年後再雇用の給与の減額が何割までOKなのかという一律の基準は存在しない」ことが、今回の判決ではっきりしたということです。
納得性のある給与の決定には「面倒な」議論が必要
実際には、正社員の基本給は様々な性質を併せ持ったものです。ジョブ型を導入している企業でも、その時々の職務内容だけでなく、毎期の評価の積み重ねや、安定性を一定程度確保する要素もあるでしょう。逆に年功要素が強い企業でも、いつまでも同期で全く差がつかないということはなく、何らかの形で評価が反映されていることでしょう。こうした個々の事情を踏まえて、それぞれの企業において妥当な水準を考えていく必要があります。
これははっきり言って面倒ですし、いくら考えたからといって1つの正解にたどり着くとは限りません。しかし、こうした議論を従業員側の意見や考えも聞きながら進めていくことで、双方が納得し、結果的にパフォーマンスも上がるような給与の決め方を定めることができるのではないでしょうか。
定年後再雇用という仕組みは、雇用を継続しつつ雇用形態を転換させることで、社員の役割や仕事内容、働き方を見直す機会を設け、それと同時に処遇の見直しも可能とするものです。ですから、再雇用後の賃金体系は正社員の賃金とは切り離した形で、役割や仕事のレベル、働き方に応じてシンプルかつ明確に定めるのが合理的と言えますし、同一労働同一賃金の問題にも対応しやすくなるでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。