第5回 キャリア開発支援のあり方 | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
雇用とキャリアの出口戦略であるイグジット・マネジメントを有効に機能させるには、人事制度や退職金制度といったハード面の整備とともに、本人や上司の意識・行動の変化を促すためのソフト面での支援が重要になります。今回はこれまでのような解説に代え、当社のパートナー会社で中高年のキャリア開発支援に強みを持つ、㈱ライフワークス 事業企画部長・野村圭司氏との対談を通じてキャリア開発支援のあり方を考えていきます。
70歳定年時代におけるキャリア開発支援のあり方
向井:
社員のキャリア開発支援を考えるとき、これまで、20代は基礎の習得、30代は専門性の確立、そして60代はライフキャリアの自己実現といったように、年代ごとのキャリアテーマを設定し、それに沿った形で年代別研修などを実施することが一般的であったと思います。70歳定年(就業確保)時代を迎え、ライフキャリアの自己実現に向けた支援や機会の提供という視点が今後ますます重要になるのは間違いないでしょうが、キャリアが多様化・長期化していくと、年代ごとにテーマを当てはめる考え方自体も見直しが必要になるのではないでしょうか。
野村:
1つの会社の中で経験を積みながら熟達し、リタイアしていくというキャリアの道筋が描けた時代には、年齢とともに期待される役割も変化していきました。そのため、キャリア開発支援についても年代別の考え方が合理的でした。しかし年代別の役割モデルが機能しなくなると、組織の中での役割ステージの変化そのものに着目していかなくてはなりません。最近では、年代別ではなく、昇進や昇格、役職から降りたときなどを節目としたキャリア開発計画を試行する動きも見られますね。
カギを握るのは上司と部下のコミュニケーション
向井:
階層別研修の1つとして新任管理職研修などを行う企業は多いと思いますが、マネジメントスキルを身につけるだけでなく、同時に自分自身のキャリアについての考えを深めていくことも重要になるということですね。
野村:
社員のキャリア自律を進めていくうえで、マネジャーの役割は部下に対する管理や指導から支援へとシフトしていきます。そのとき、マネジャー自身が自分のキャリアについての考えを持っていなければ、部下のキャリア自律支援はできないと思います。
向井:
会社としてキャリアの“正解”を示せなくなった以上、上司と部下で描くキャリアが異なることは当然に起こります。性別や国籍の枠を超えて多様な人材を活用しようとしているのであれば、なおさらです。これからはそうした違いがあることを前提として、部下のキャリア形成を踏まえて機会を提供していくことが、マネジャーとしての重要な役割の1つになりますね。
野村:
人事から寄せられる悩みの1つに、マネジャーが優秀な部下を手放さない、部下を自分の所有物であるかのように考えているというのがあります。こうした人材の囲い込みが組織の中で起こってしまうと、適切な人材配置の妨げとなるだけでなく、社内FAなどキャリア自律のための施策も機能しなくなってしまいます。そのため、単年度の業績目標達成だけにフォーカスするのではなく、中長期の成長目標を同時に設定し、その実現に向けて上司と部下のキャリア面談を取り入れる企業も出てきています。
個人視点と組織視点を重ね合わせる
向井:
個人の就業期間の長期化と反比例するように事業ライフサイクルが短くなり、多くの経営者は社員の自律的成長によって新たな価値やサービスを生み出していくことを期待しています。一方で単に「自分はこれをやりたい」という個人の視点だけでは、組織としての目標を達成することはできません。組織への貢献と個人としての成長をいかに重ね合わせていくかという点が非常に大切になると思いますが、そのためには何が必要でしょうか。
野村:
重要なのは仕事を通じた個人の成長という考え方です。仕事を「タスクをこなすこと」と捉え、そのためのトレーニングをするという考え方から、ある目的をもった仕事を任せ、それに主体的に取り組むことで成長していくという考え方にシフトしていくことが必要です。そのことがキャリア自律にもつながります。そのためにはやはり上司の関わり方が重要です。部下とのキャリア面談や仕事に対するフィードバックを通じてキャリア志向や発展段階を見極め、どのような仕事を任せるのか、どのように支援していくのかをすり合わせていくのです。しかし上司自身もこれまでそのような接し方をされてきませんでしたから、いざ「キャリア面談をやりなさい」と言われてもどう対応したらよいのか戸惑ってしまいます。そのため、キャリア開発支援は本人に対してだけでなく、上司に対する支援や教育も不可欠になります。
出口につながるキャリアの形成と支援
向井:
組織の中でのキャリアは最終的には退職という形で1つの区切りを迎えますが、その先は引退、転職、独立など様々な出口のバリエーションがあります。どこにゴールを設定するかによってキャリア形成や支援のあり方は違ってきますし、さらには入口である採用方針にも影響するため、こうした全体像をまず描くことが重要になるのではないでしょうか。
野村:
これまでは企業も個人も“就社型”の考え方で定年退職=引退というゴールしか見ていませんでしたが、その道が通じなくなってきて方向を見失っているというのが現状です。そこで,キャリア開発支援の全体像を描くことができれば、様々な道があると理解し、意識や行動の変化にもつながって いくと思います (下図)。今でもキャリア開発のための施策は色々と行われていますが、出口が明確になっていないために位置付けが中途半端になってしまっていることが多々あります。これからは出口に至る青写真を描いたうえで、他の施策や人事評価制度などと結びつけて考えていくことが求められますね。
野村 圭司 氏
(株)ライフワークス 事業企画部長 チーフコンサルタント 1994年より人材業界で企業向け採用・育成コンサルティング業務に従事。2013年に株式会社ライフワークスに入社。大手企業従業員向けキャリア自律支援実績多数。併せて、NPO社外プロジェクトにも参画し、シニアの活躍の場を広げるべく取り組んでいる。ライフワークスが掲げるミドル・シニアの新たなキャリア開発コンセプト「役割創造®」の普及や産学共同調査によるプロセスモデル研究を推進している。
株式会社ライフワークス
住所:東京都港区虎ノ門3-4-7 虎ノ門36森ビル10F
URL: http://www.lifeworks.co.jp/
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年11月号に掲載されたものです。
最新の月刊 人事マネジメントはこちらからご覧いただけます。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。