第6回 今から始めるイグジット・マネジメント | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
連載の最後となる今回は、多くの企業で課題となるシニア人材 (ここでは60歳以降を指す)の雇用・就業確保を念頭に、イグジット・マネジメントを進める具体的な手順について解説します。
3つの観点からの現状分析で課題を明確化する
イグジット・マネジメントは社員のキャリアパスや人事評価制度のあり方など人材マネジメントの広範囲にわたるものであり、長期的な視点で取り組む必要があります。そのため、次のような3つの観点から5年後、10年後を見据えた現状分析を行い、自社課題を明確化がまず求められます。
(1)人員構成・人件費の分析
人員数や人件費を年齢区分(5歳刻みなど)により集計し、今後の採用や退職見通しなどを加味して5年後、10年後の人員構成・人件費の見込みを大まかに把握します。大企業では部門や職掌で区分して集計することで、それぞれの実情がより明確になります。
これにより、今後どの層で人員の余剰・不足が生じるのか、そのギャップを埋めるためにこれからのシニア人材に対してどのような施策が考えられるのか、そのための原資はどの程度確保できるのかといった問題を定量的に把握します。
(2)人事制度とその運用状況の分析
制度の分析については、設計内容に加えてどのような運用が行われているかも重要なポイントになります。責任や役割の大きさをもとにした人事制度設計になっているにもかかわらず、実際の運用は年功的で在籍年数に応じた評価が行われているケースが散見される一方で、年功的になりがちといわれる職能資格制度であっても、シビアな評価を行うことで実力本位の運用がなされている企業もあります。また、定年後再雇用などにより60歳前後で制度体系が大きく変わる場合には、その前後で役割や処遇が実際にどう変わっているのかを整理しておきます。
こうした実態と、(1)の分析結果を照らし合わせることで、5年後、10年後に向けた人事評価制度やその運用についての課題が明確にします。
(3) シニア人材に関する実態把握
人件費などのデータを眺めているだけではシニア人材の活用や新たな機会の提供に向けたあるべき姿は見えてきません。現場の声を聴くことで初めて当事者や周囲の状況を正しく把握することができます。
今実際に働いているシニア人材は現在の働き方、役割、処遇についてどう考えているのか、上の世代の働きぶりを見ている60歳前のプレシニア人材は60歳以降のことをどう考えているのか、シニア人材を部下に持つマネジャーは十分に人材を活用できているのかといった点について、アンケートやヒアリングを通じて丁寧に聞き取っていくことが大切です。
70歳定年(就業確保)時代に向けて、まずは現状を正しく認識し、整理して、経営陣や各部門の責任者と共有することころから始めてみましょう。
人事制度・施策への落とし込む3つのステップ
現状分析で課題の明確化と共有ができたら、次の3つのステップで人事制度・施策に落とし込みます。
(1)シニア人材の期待役割
現状分析の結果を踏まえ、まずはこれからのシニア人材にどのような役割を期待するのかを検討します。人口減少社会においては、シニア人材をどれだけ活用できるかが重要なポイントとなります。人員の余剰が見込まれたり、現場でシニア人材を活用できる余地が限られている企業でも、まずは以下のような観点から人材活用の余地を探っていきましょう。
①緊急度は低いがやるべき業務既存業務を分析すると、重要ではあるものの緊急度が低いために対応が不十分な業務が出てきます。これらの業務をシニア人材に任せる、あるいは若手・中堅社員がこうした業務に当たれるようにシニア人材がサポートする体制を考えてみます。
②内製化できる外部委託業務外部に委託している業務、あるいは利用したい外部サービスでシニア人材に任せられる業務がないか検討してみましょう。社内研修の企画・講師業務を担当することで、後進育成の役割を担っているケースなどがあります。
③若手のワークライフバランス子どもが独立したシニア社員は、若手・中堅社員よりも働き方に融通が利くケースがあります。子育てや介護などで勤務地や勤務時間に制約のある社員に代わって実務を担当できるシニア人材を確保できれば、現場からも歓迎されるでしょう。
(2)シニア雇用の基本方針
(1)で検討した期待役割をもとに、シニア人材の雇用に関する基本的な方向性を定めていきます。
60歳までと変わらず生涯現役で仕事を続けてもらいたいのなら、定年を延長または廃止して年齢に関係なく同じ処遇体系を適用する方向性(一国一制度)になります。また、雇用の確保を重視しつつ役割の転換を図っていくのなら、定年を延長したうえで処遇体系は60歳前後で区分する一国二制度がマッチします。人件費の増加を押さえたい場合の現実的な選択肢にもなります。
一方で、様々な役割を検討してもなおシニア人材の余剰が見込まれる場合は、再雇用制度を維持したうえで転進支援策を充実させていく必要があるでしょう。具体的には再就職支援サービスの利用や、再雇用を選択しなかった社員への退職金加算などがあります。
そのほか、社員に多様な働き方やライフキャリアの選択肢を提供したい場合には、本人が自ら定年年齢を選択する選択定年制を取り入れることも考えられます。
(3)社員コミュニケーション
(2)の基本方針のもとで70歳までの就業確保に向けた仕組みを整備できたら、社員に対してその背景も含めて説明を行います。特に再雇用・転進支援や選択定年など現在の延長線上にない道を提示する場合には、制度内容を理解するだけでなく、本人が主体的に選択できるように研修や上司との面談の機会を設けるなど丁寧な対応が求められます。
イグジット・マネジメントは一朝一夕に確立できません。70歳定年時代に備え、企業は方針と機会を明示し、個人は自らの意思により選択するという関係を今から構築していきましょう。
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年12月号に掲載されたものです。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。