DB・DC併用企業におけるDC拠出限度額の見直しと退職金制度設計への影響
厚生労働省の社会保障審議会 企業年金・個人年金部会では、2020 年5月に確定拠出年金法の改正が成立した後も確定拠出年金(DC)の拠出限度額のあり方についての議論が継続され、2020年12月に「議論の整理」が取りまとめられました(資料はこちらに掲載)。これまで、確定給付企業年金(DB)を併用している場合には企業型DCの拠出限度額を一律半分にする扱いとなっていましたが、各DBの給付水準に応じて拠出限度額を制度ごとに定めることとしており、DB・DCを併用する企業にとっては今後の制度運営に大きく関わる見直しとなります。
現行の企業型DCの拠出限度額と見直しの概要
現在の企業型DCの拠出限度額は月額55,000円ですが、DBを併用している場合には一律半額の27,500円と定められています。DBの給付水準(掛金相当額)をDC拠出限度額全体の半分とみなす考え方であり、DC制度が創設された当初から変わっていません。
しかしDC制度創設から20年近くがたち、当時とは状況が大きく変わりました。現在実施されているDBの大半は、下記のとおり1人あたりの標準掛金額が月額27,500円を下回っています。
DB掛金が27,500円を大きく下回る(=DBの給付水準が低い)場合も、上回る(=DBの給付水準が高い)場合も、DC拠出限度額が一律同じであるのは公平性の観点で問題があることから、月額55,000円から個々のDB掛金相当額を控除した額をDC拠出限度額とする見直し案が部会で提示され、了承されました。
制度改正の施行時期は未定ですが、DB掛金相当額の算出やシステム改修のための準備期間などを考慮すると、2022年よりも後になると見込まれます。
DB掛金相当額の算出方法
DC掛金は個人ごとに設定されるものであることから、DB掛金相当額も個人別に算出したうえでDC拠出限度額を算出するのが本来あるべき姿であると考えることもできます。しかし、DBでは制度単位(制度内でグループ分けが行われている場合はグループ単位)で収支相等するように掛金(率)を設定しており、個人別に掛金を算出するのは制度上なじまない面があります。また、個人別に掛金を算出して管理するとなると実務上の負荷も大きくなると予想されることから、DB掛金相当額は制度単位(グループ単位)で算出することとされました。
例えば、A社で実施されているDBの掛金相当額が月額10,000円と計算された場合、A社のDC拠出限度額は月額45,000円となり、現在の27,500円よりも拡大します。一方、DBの給付水準が高く、掛金相当額が月額50,000円と計算された場合には、A社のDC拠出限度額は月額5,000円に縮小します。さらにDBの給付水準が高く、掛金相当額が月額55,000円以上となった場合には、DCへの拠出ができないことになります。
掛金相当額の詳細な算出方法については「日本年金数理人会と協力して取組を進める」とされていますが、基本的な考え方としては、標準掛金の算定に用いた計算前提をもとに各DBの標準的な給付額を掛金相当額に換算(1,000円単位で端数処理)することとしており、人員構成に大きな偏りがなければ実際の1人あたりの標準掛金額に近い金額になることが予想されます。
なお、制度改正の施行時に全てのDBについて掛金相当額の計算を行うことは実務上困難であることから、施行後に実施する初回の財政再計算までは実際の1人あたりの標準掛金額を掛金相当額とすることを認め、それ以降は財政再計算ごと(少なくとも5年に1回実施)に掛金相当額を算出することとしています。また、掛金設定において詳細な数理計算を省略している加入者数500人未満の簡易基準のDBでは、1人あたりの標準掛金額を掛金相当額とすることとしています。
DC拠出限度額が縮小・消滅する場合の経過措置
今回提示された見直しが実施されることにより、DBを実施している大半の企業ではDC拠出限度額が拡大することになります。その一方で、DBの給付水準が高い一部の企業ではDC拠出限度額が縮小または消滅する可能性があります。しかし、これまで認められていたDC掛金の拠出が認められなくなることは労使双方にとって不利益が生じることから、経過措置として施行日前の規約に基づいた従前の掛金拠出を認めることとしています。
ただし、経過措置の適用を受けている企業が施行日以降にDC掛金またはDB給付設計の変更を行った場合には、経過措置を終了する方向で詳細を検討することとしています。
退職金制度の設計やDBの制度運営に与える影響
DBとDCを併用している企業では、DC拠出限度額を超えないように、退職一時金や前払い退職金を組み合わせて退職金制度全体を設計しているケースがあります。こうした企業の多くでは、DC拠出限度額の拡大により退職一時金や前払いの部分をDCで吸収できる可能性があります。
一方で、DC拠出限度額の縮小・消滅により従前の掛金が拠出できなくなる場合には、超過分を退職一時金や前払いに回す等の対応が必要となります。経過措置により、掛金や給付設計の変更を行わなければ当面は従前の掛金を拠出することができますが、これが制約となって人事制度の見直し等にも影響を及ぼす可能性があります。例えば定年延長を行う場合には、退職金制度の見直しも併せて必要になることが多いからです。
DC拠出限度額が縮小する企業において、施行日前に何らかの制度変更を検討する場合には、将来見直しが必要となる可能性をあらかじめ考慮して継続可能な設計にしておくという考え方もあれば、現在の月額27,500円の拠出が認められているうちに(施行日前に)制度変更を行っておくという考え方もあるでしょう。今回は見送られた月額55,000円という大枠の見直しについて、税制との兼ね合いで今後議論がどう進むかという点も関わってきます。
また、DB掛金相当額の算出には予定利率を含めて標準掛金と同じ計算前提を用いることとされたため、予定利率の設定次第でDC拠出限度額が増減することになります。予定利率を引き下げるとDB掛金相当額は増加し、その分DC拠出限度額は縮小しますから、それによってDC掛金の見直しが必要な状況になれば、予定利率の引き下げを行いにくくなります(予定昇給率や脱退率など、そのほかの計算前提もDC拠出限度額に影響します)。DBの財政運営に係る意思決定に、DC掛金設定という本来無関係な要素が絡んでくるのは望ましいことではありません。
例えば、今回の制度改正によりDC拠出限度額が拡大し、DC掛金を上限まで引き上げた場合、その次の財政再計算において上記のような事態になる可能性があります。DBの給付水準を引き上げていないにもかかわらず、DC掛金を引き下げなければならないとなれば、経営層からも従業員からも理解を得るのは難しいでしょう。制度改正後は、DB財政再計算に伴うDC拠出限度額の変動も考慮に入れて、DC制度設計を行う必要があるかもしれません。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
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