第4回 退職金・企業年金制度を活用する | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
社員が退職後に受け取る報酬を定めた退職金・企業年金制度は、その会社のイグジット・マネジメントに対する考え方を象徴したものだといえます。退職金制度は、それを設けるかどうかも含めて各社が任意に決めることができる報酬制度であり、各社各様の制度内容や運用実態には、その設計思想が表われています。
定年退職モデルからの脱却が求められる
報酬制度を設計するとき、その水準は年収ベースで考えるのが通常です。一方で退職金に関しては「定年退職時に〇〇万円」という形で示されることが一般的でした。会社側も退職する社員側も、「新卒で入社して定年まで勤めあげたらだいたいこれくらいは支給する (もらえる) 」というイメージを共有することができました。退職金制度の設計を考えるときも最終到達点としての定年退職時の金額を設定し、そこに向けてどのように金額を積み上げていくかということが主要な論点でした。
しかし、70歳定年 (就業確保) の時代を迎えて社員のキャリアパスは多様化していきます。入社や退職の時期を一律に想定することはできず、また、仮にその時期が同じだとしても、これまでのように「標準的な昇給・昇格モデル」を設定すること自体が難しくなります。
つまり、退職金制度に関しても従来の定年退職モデルから脱却し、これからのキャリアパスにふさわしい設計思想に基づいて再構築していくことが求められます。
退職金に求められる2つの機能
そこで、70歳定年時代に必要とされる退職金の機能を改めて整理しておきます。現状、退職金にもっとも期待されているのは引退後の生活資金の確保でしょう。昨年、「老後資金2000万円」の話題が大きく取り上げられたように、退職金の有無や金額は引退後の生活設計に大きな影響を及ぼします。引退後の生活資金確保という退職金の機能は今後も欠かせません。
しかし、その意味合いはもはや「定年まで勤めあげれば年金と退職金で老後は安泰」ということではありません。必要とされているのは、キャリアが多様化する中でも引退後資金を継続して積み立てられる仕組みを用意し、それを十分に活用できるように社員とのコミュニケーションを充実させることです。キャリア形成の主体が企業から個人にシフトすることで、マネープランニングにも自ずと自律が求められます。企業の役割は社員にそのための機会を提供し、支援することにシフトしていきます。
70歳定年時代においても長期勤続を重視する企業 (職種) では、手厚い退職金や企業年金に代えて、年齢にかかわらず実力を発揮できる場とそれに見合った処遇を提供していくことが必要でしょう。限られた原資を最大限活用するためには、公的な制度も理解したうえで賃金、退職金・企業年金、公的年金のベストミックスを探り、高齢期における働き方や引退時期の多様化に対応していくことが求められます。
具体例としては、定年延長と同時に60歳以降に「第2退職金」を設け、引退後資金として積み立てておくか、在職中に給与に上乗せして受け取るかを社員が選択できる仕組みなどがあります。
これに対して、転職や自立という“出口”を想定している企業 (職種) では、キャリアパスにかかわらず引退後資金の積立てを継続できる仕組み (具体的には確定拠出年金などポータビリティが確保された制度) がふさわしいでしょう。
それに加えて、キャリアの転換期に必要となる資金を退職時に提供するのも退職金の重要な機能です。仕事を通じて社外でも通用する実力を身につけ、研修などを通じてキャリア自律を支援し、最終的に退職金という資金面での後押しがあることで“出口戦略”が完成します。35歳以降3年ごとに退職金の上乗せ支給を行うリクルートの「ニューフロンティア制度」がまさにそれです。
これら「引退後の生活資金確保」と「キャリア転換期の必要資金提供」という2つの機能を、自社のキャリアパスの考え方に沿ってどのように組み込んでいくか。退職金制度の構築と運用にあたっては、このような視点からグランドデザインを描いていくことが大切になります。
不可欠となる社員コミュニケーション
弊社は、企業の退職金制度の見直しを支援するにあたって社員への説明についてもサポートしていますが、必ずと言っていいほど聞かれるのが「そもそもほとんど社員は今の制度がどうなっているのかよく知らない」ということです。昭和の時代の終身雇用モデルが機能している間はそれでもよかったのかもしれません。しかし画一的なキャリアパスが存在しえなくなった今、継続的な社員コミュニケーションは退職金制度を機能させるために不可欠です。
いくら良い制度を作ったとしても、社員がそこに込められたメッセージや具体的な内容を理解していなければ宝の持ち腐れです。制度導入時に十分な説明を行うことはもちろん、制度導入後も定期的に個別の金額を通知したり、いつでも社員が退職金制度の内容を確認できるようにするなど、制度の透明性を確保していくことが重要です。また、そのためには社員が理解しやすいよう、できるだけシンプルな制度設計としておくことも大事な視点です。
70歳定年時代に必要なキャリア自律を進めるうえで、仕事とお金は車の両輪です。キャリア自律・キャリア形成支援の施策を実施する際には、退職金を含めたマネープランニングの支援とセットで考えておくことが必要でしょう。
「選択制」で自ら考える機会を用意する
キャリアに対する考え方の変化は、すでに退職金制度設計の現場にも表れ始めています。その1つが「選択制」です。従来は、選択制といえば、確定拠出年金と前払い退職金の選択制のことを指すのが一般的でした。確定拠出年金は退職金というよりも“老後資金積立制度”であり、退職の時期にかかわらず60歳になるまで資金を引き出せません。こうした制約を考慮し、掛金の積立てに代えて在職中の給与や賞与に上乗せして支給する選択肢を用意するのが選択制の確定拠出年金です。
しかし最近では、退職時に受取り可能な確定給付型の年金制度 (DB制度) への積立てと、前払いとの選択制を採用する事例が出てきています。DB制度では、積み立てた退職金を退職時に一括で受取ることもできますし、確定拠出年金などに資金を移し、引退後に備えて積み立てを継続する選択肢も用意されています。DB制度と前払いの選択制により、“退職金”を今受け取るのか、退職時に受け取るのか、それとも引退後に受け取るのか、多様なキャリアプランに合わせて社員自身が選択できるようになります。
こうした選択の機会を定期的に設けておくことは、社員が自ら将来のキャリアプランやライフプランを考えるきっかけにもなります。退職金や企業年金を単なる報酬の後払いと考えるのではなく、イグジット・マネジメントの観点から、社員のキャリア自律を支援するためのツールとして最大限に活用していきましょう。
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年10月号に掲載されたものです。
最新の月刊 人事マネジメントはこちらからご覧いただけます。
<「第3回 目指すキャリアパスにマッチした人事施策・人事評価制度のあり方」を読む
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。