第3回 目指すキャリアパスにマッチした人事施策・人事評価制度のあり方 | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
人事施策・人事評価制度は、経営方針や企業のありたい姿、人材の確保や育成、最適な配置や処遇の決定といった観点から設計していくのが基本です。しかし 70 歳定年 (就業確保) 時代には、雇用の出口を見据えた長期的なキャリアパスの考え方を反映させる視点が必要になっていくでしょう。
終身雇用に耐えられるようにするには
前回提示したように、安定性や継続性が求められるビジネスでは、引き続き長期雇用を重視する“リテンション型”のキャリアパスが考えられます。しかし従来のように、長期雇用重視と言いつつ 60 歳で定年退職 (引退) させるようなことはもうできません。長期雇用重視と言うなら、本人が引退すると決めるまで雇用の機会を提供する、本当の意味での終身雇用を実現する覚悟が必要でしょう。
それは決して社員を現状に安住させるということではなく、むしろ本人の貢献度をシビアに評価し、処遇に反映させていくことで初めて実現可能になります。終身雇用と年功序列を両立させることはもはや不可能です。
経験の浅い育成期においては能力と経験年数はある程度比例するので、結果的に年功的な処遇になることはあるかもしれません。しかし年功的な運用を続けていくと実力と処遇の乖離がどんどん大きくなり、しかも本人がそのギャップを正しく認識できなくなります。その結果、定年後再雇用で大幅に処遇を下げざるを得なくなり、本人のモチベーションの低下を招くといったことが起こります。
リテンション型において、本人の実力に応じた適正な評価と処遇を行うことは、人件費の膨張を防ぐということだけでなく、社員本人が長く活躍し続けられるために何が必要なのかを自覚するための第一歩となります。
ただそうすることで、一般的に働き盛りと言われる年代で給与が早々に頭打ちになってしまう層も一定程度出てくる可能性があります。家族を養うのに十分な収入を1人で稼ぐことは難しくなるかもしれません。したがって、パートナーもフルタイムで働いているという状況でもワークライフバランスを確保できるような“働き方改革”が求められます。コロナ禍での経験を踏まえて、ライフスタイルに応じたリモートワークを定着させていくのもその取り組みの 1 つとなるでしょう。
従来のような右肩上がりの給与が約束されているわけでは決してないけれども、最低限の安定した収入は確保され、ライフスタイルに応じて長く働くことができ、また活躍し続けられる機会が用意されている――そうしたメッセージが伝わるような人事評価制度の構築と運用が、リテンション型には求められるのではないでしょうか。
雇用関係にとらわれず社員の自立を目指す
一方で、新規性や企画力が問われるビジネス、個の力を伸ばすことが重視されるビジネスでは、組織の枠にとらわれずに対等な関係を築いていく“パートナー型”のキャリアパスが考えられます。働き方の多様化が進むにつれ、実力を持った個人ほど自分のキャリアを自律的に考え、社内に囲い込むことは難しくなるでしょう。むしろ雇用という関係にとらわれずに人的資源として活用できる道を用意しておいたほうが、お互いにとってプラスになります。
そうした方向性を目指す場合には、成長を加速させ、自立を促すような人事評価制度が求められます。与えられた仕事を正確にこなすことよりも、常に自分の能力を少し超えたところに目標を置いてチャレンジすることや、自ら課題を設定することに重点が置かれます。また、マネジャーは部下を成長させることが重要なミッションとなります。
将来の自立に向けた準備という観点では、生産性の要素を評価に反映させることも重要です。つまり、成果や業績の大きさだけでなく、そこにどれだけのコスト (人件費を含む) やリソースを割いたのかを考慮することで、自分が生み出した付加価値を正しく認識することができます。自ら掲げた高い目標を達成するために仕事に没頭する経験は貴重なものですが、労働時間の長さそのものは評価されるべきではありません。
また、パートナー型ではアルムナイも重要な役割を果たします。転職・独立した卒業生と現役社員、及び卒業生同士のコミュニケーションの場があることで、社員は自分が自立した姿を明確にイメージできるようになります。会社としても卒業生を人的資源として活用するチャンスが生まれます。
近年、社員の副業・兼業を推奨したり、雇用契約から業務委託契約に移行できる仕組みを導入する企業が現れ、注目を集めています。コロナ禍によるリモートワークをきっかけとして、副業人材を新たに募集する動きも出てきました。こうした施策もパートナー型のキャリアパスにマッチしたものと言えるでしょう。
フロー型キャリアパスはジョブ型雇用とセット
雇用関係からの卒業も視野に入れるパートナー型に対して、職務遂行のために必要なスキルを持った人材を、必要な期間、雇用するのが“フロー型”キャリアパスの考え方です。必然的に、職務要件を明示し、それに対して処遇と人材を紐付ける職務主義 (ジョブ型) の人事評価制度が適用されます。
例えば、コーポレート機能を担う職種などは各企業に共通の職務要件を定義しやすいため、ジョブ型雇用によるフロー型のキャリアパスを構築しやすいと言えます。実際、外資系企業のホワイトカラー職に関しては、こうした考え方が浸透しています。
長期雇用重視のリテンション型ではライフスタイルに応じて長く働ける安心感、雇用関係からの卒業を目指すパートナー型では自立に向けた成長と支援という、金銭以外の価値を個人に提供できます。
これに対して、フロー型では職務に見合った金銭報酬をその都度支払う短期決済の考え方が基本になります。したがって、報酬水準は社内の序列ではなく労働市場に合わせて決めていく必要があります。
採用については、ポストに空きが出たときに職務要件に適合した人材を募集するというのが基本スタンスとなるため、必然的に中途を中心とした通年採用となります。そして、職務要件を満たさない場合や事業再編などによりポストがなくなったときには、降格や退職があり得ることを、企業も個人も理解した上で雇用契約を結ぶことになります。
このところジョブ型への関心が高まりつつありますが、それまで対極にあった人事評価制度をいきなり全て切り替えるのは現実的でありません。キャリアパスの考え方とセットで、どの層から、どのような手順で導入していくのが適切なのか、各社ごとの工夫が求められます。
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年9月号に掲載されたものです。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。