第2回 キャリアパスの考え方を転換する | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
70歳定年(就業確保)の時代には、一企業でキャリアを全うするという考え方が成り立たなくなっていきます。コロナ禍によるリモートワークの浸透により働く場所や通勤時間の制約から解放され、副業やパラレルキャリアにも取り組みやすくなるでしょう。そうした中で、キャリアパスの考え方もまた、大きく転換してくことが求められます。
企業主体から個人主体への転換
キャリアパスとは何か。ウィキペディアでは次のように説明されています。 「企業においての社員が、ある職位に就くまでに辿ることとなる経験や順序のこと。また個人の視点からは、将来自分が目指す職業を踏まえた上でどのような形で経験を積んでいくかという順序・計画を指す。」
つまり、企業と個人それぞれの視点があるわけですが、従来は、企業人事において個人の視点に重きが置かれることはほぼなかったというのが実情でしょう。実際、企業の採用サイトに掲載されているキャリアパスは、どれも社内の序列の階段を昇っていくように描かれています。
多様な事業を展開している一部の企業では、一定の年齢に達した社員に対して社内FAなど個人の視点を反映する仕組みを取り入れているところもあります。しかしそうした企業からも、長年勤務した社員が自ら主体的にキャリアを選択することの難しさが指摘されています。企業主導によるキャリアパスの弊害とも言えるでしょう。
こうしたキャリアパスの考え方には2つの大きな問題があると考えます。1つは就業期間の長期化により、一社の中で昇り続けるキャリアはもはや存在しないということです。これまでは階段の途中までしか昇れなかった社員も含め、なんとか最後まで抱えることができたかもしれません。しかし70歳定年時代においてそれはますます困難になります。
もう1つは人材確保の観点です。時間や場所の制約から解放されたことで、実力を持った個人は組織の枠を超えて活動するようになるでしょう。社内に囲い込むという発想では逆に逃げられかねません。また、人口減少の中で必要な人的資源を確保していくには、年齢や性別、時には国籍の違いをも超えて個人の多様なキャリア観やライフスタイルを受け入れていく必要があるでしょう。組織内のキャリアパスに個人を当てはめていくのではなく、個人のキャリアとどう重ね合わせていくのかという発想が求められます。
どのキャリアステージを担うのか
では、今後“社内階段型”に代わるキャリアパスをどのように描いていけばよいのでしょうか。1社で担うには長くなりすぎた生涯キャリアを区分し、それぞれのステージに合わせて構築していくというのが1つの考え方です。
リクルートに代表されるような“人材輩出企業”では、未経験であってもエネルギーのある人材を採用し、早くから責任あるポジションに起用して成長を促しています。そして社外でも通用する実力を身に付けさせ、起業や転職を後押ししています。活発な新陳代謝により若い組織を維持することで、キャリアパスの1stステージを担っています。
その反対に年齢に関係なく、他の企業で第一線を退いたシニア層も受け入れて積極的に活用している企業もあります。早くも2005年に定年制を廃止した(ちなみにそれまでの定年年齢は99歳であった)テンポスバスターズでは、60歳以上の社員を対象に、本人の申し出により従来の半分の目標水準でも働き続けられる「パラダイス制度」を新たに設けました。年齢を重ねても一生安心して働ける場を提供することでキャリアパスの3rdステージを担っています。
外資系によく見られるように、中途採用がメインで終身雇用という概念もない企業では、これらの間に位置する2ndステージを主に担っていると言えます。仕事に人を付けるジョブ型雇用を進めれば、自ずとこの形に近づいていくでしょう。
担うステージの違いはあれど、これらに共通しているのは自分のキャリアは自分で決めるという考え方です。その上で、個人に対してどのような機会や処遇を提供するのかを明確に打ち出すことで、自社の人事戦略にマッチした人材を獲得しています。
ビジネスや職種に応じた出口のタイプ
入口と出口の時期に着目したのがステージ別のキャリアパスですが、どのような出口を目指すのかに着目して方向性を考えることもできます。これを、ビジネスと職種の特性からタイプ分けしたのが下図です。
例えば、社会のインフラを支えるような安定性や継続性が求められるビジネスにおいては、これからも社内で経験を積んだ人材を一定程度確保しておく必要があるでしょう。スキルを身に付けることでライフステージに応じて長く安定して働ける仕組みや環境を提供する“リテンション型”の考え方です。
これに対して、新規性や即応性が求められるビジネスにおいては、個の力を伸ばしていくことで、組織の枠にとらわれずに企業と対等な関係を築いていく“パートナー型”の方向性が考えられます。我々のようなコンサルタントもこのタイプに当てはまるでしょう。雇う-雇われるの関係からの卒業を目指すということです。
一方、経理や労務に携わる仕事など、ビジネスの種類にかかわらず必要とされる職種もあります。こうした職種については組織によらずある程度職務内容が共通しているため、ジョブ型雇用にフィットしやすいと言えます。したがって、労働市場の流動性が確保されているという前提で、ポストに空きがでれば補充し、ポストがなくなればリリースしていくという“フロー型”の方向性が考えられます。
今回は、70歳定年時代に対応したキャリアパスの考え方をいくつか提示しました。どのような組織にも当てはまる正解はもはや存在せず、各社が自社にふさわしい考え方を模索していくことが必要です。そのことが他社との差別化を生み出し、求める人材の確保や活躍につながっていくでしょう。
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年8月号に掲載されたものです。
最新の月刊 人事マネジメントはこちらからご覧いただけます。
「第3回 目指すキャリアパスにマッチした人事施策・人事評価制度のあり方」を読む>
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。