第1回 イグジット・マネジメントとは何か | 連載「70歳定年時代のイグジット・マネジメント~出口から逆算して考えるHRMのすすめ~」
イグジット・マネジメントすなわち“出口戦略”は様々な場面で用いられる言葉ですが、HRMの領域で直訳するなら“社員の退職管理”といったところでしょうか。従来は、人員削減を伴うリストラの場面などにおいて「いかにスムーズに社員を退職させるか」といった限定的な意味で捉えられていました。
しかし70歳定年 (就業確保) が求められる時代になり、イグジット・マネジメントの位置づけや重要性は大きく変わってきています。本連載では、これまでの発想を転換し、採用ではなく退職から逆算して考えるHRMのあり方を紹介していきます。
役割を終えたこれまでの定年制
これまでイグジット・マネジメントの意味合いが限定的だったのは、定年制という強力な手段が機能していたからです。どの社員にも等しく“60歳 (かつては55歳) 定年”というゴールが設定され、そのゴールにさえ到達できれば年金や退職金でリタイア後の生活を送ることができました。企業側も定年に到達した社員は確実に送り出すことができたため、新卒一括採用とセットでいわばトコロテン式による人事サイクルが出来上がっていました。
しかし人生100年時代と言われるように、長寿化、高齢化が進む中で状況は大きく変わってきています。企業に対する継続雇用の要請は段階的に強化され、2021年4月からは70歳までの就業確保が努力義務となりました。従来の人事サイクルにただ定年後再雇用を付け加えただけのマネジメントは限界を迎えつつあります。
また、少子化やグローバル化による人材獲得競争の激化もトコロテン式人事サイクルの維持を難しくしています。人手不足をシニア人材の活用で補ったり、横並びの新卒採用を見直して入社時から処遇に差をつけたりする企業も出てきました。新卒一括採用を入口、定年を出口とした年代別の画一的な人事管理はもはや通用しない時代になったのです。
イグジット・マネジメントの必要性
こうした中で、各企業は60歳定年に代わる新たな出口を設け、それぞれの実情に合った人事サイクルを構築していくことが求められています。イグジット・マネジメントは出口に差し掛かったシニア社員だけでなく、組織全体にかかわる問題です。
法律上の要請から定年後の継続雇用制度を設けたものの、一律に処遇を下げ、仕事に対する評価も行わないようなやり方は“福祉的雇用”と呼ばれています。これでは社員の仕事に対するモチベーションは維持できません。それでも他に選択肢を持たず (持てず) 、再雇用を選ぶ社員が増えることで、組織としての生産性は落ちていきます。
また、出口に“活躍できない社員”が滞留しているような状態では、育成期にある社員や第一線で会社を引っ張っている社員も組織内で将来のキャリアプランを描くことが難しくなります。イグジット・マネジメントは社員の定着やキャリア開発、ひいては採用にも関わる問題です。社員にどのように会社を卒業してもらいたいのか、そこを出発点として考えることで、採用から退職に至る道筋を提示することができるようになります。
個人にとってのイグジット・マネジメント
イグジット・マネジメントは組織の問題であると同時に個人の問題でもあります。「定年まで勤め上げた自分に会社は悪いようにはしない…」それが通用しないことに薄々気づいていながら具体的な行動に踏み出せていない人は多いのではないでしょうか。
企業によっては定年を前にした社員に対して今後のキャリアプランやライフプランに関する研修を実施するところもあります。受講者からは「他人任せ、会社任せではいけないことを認識させられた」「いろいろなヒントを得ることができ、ある程度今後の方向が見えてきた」といった声が聞かれ、こうした研修は一定の効果があるようです。
しかし企業ができることは本人に考える機会を提供するところまでです。自分は何をしたいのか、自分が活躍できる場所、機会はどこにあるのか、新たに身に付けるべき知識、能力は何なのか、いつ、どうのように引退を迎えたいのか、自ら考え、行動しなければなりません。
同業他社に先駆けて定年を65歳に引き上げ、さらに定年後も年齢の上限なく働き続けられる制度を導入するなど、シニア社員の活躍推進に取り組んでいるある企業では、自社の取り組みを対外的にも積極的にPRしてきた結果、高度な技術を持った中高年がキャリア採用に応募してくるようになったといいます。目の前の処遇を単純に比較するのではなく、60歳以降も見据え、今後の職業人生をトータルに考えて自分にふさわしい進路を選択する。個人にもそうした視点が広まりつつあります。
「70歳定年」のその先へ
企業に70歳までの就業確保措置を求める法改正は、人口の高齢化、長寿化が進む中で、高齢者の社会参加を促すことで社会経済の活力を維持しようとするものです。しかし、すべての企業がその要請に100%応えるのは現実的でないですし、またその必要もないと考えます。単に雇用が保証されることで、「70歳までは面倒見てくれるんでしょ」というような“ぶら下がり社員”を生んでしまうようでは生産性の低下を招き、本末転倒になってしまいます。
重要なのは、それぞれの企業が事業の特性や社員の職種に応じたイグジット・マネジメントを実践し、横並びではない多様な人事サイクルを実現することです。30代、40代で卒業していくサイクルもあれば、年齢によらず本人が決めた引退時期を出口とするサイクルもある。そのような社会が実現すれば、そもそも年齢だけを基準にして雇用の継続を要請する必要はなくなるでしょう。
個人にとってみれば、1つのキャリアの出口は次への入口と一体であり、入口が多様化すれば出口戦略も立てやすくなります。雇用以外の選択肢も持つことができれば、活躍し続けられる機会は大きく広がるでしょう。
※本連載は『月刊 人事マネジメント』2020年7月号に掲載されたものです。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。