これだけは知っておきたい4つの退職給付制度【退職一時金、DB、DC、中退共】
日本では退職金制度が広く普及しており、厚生労働省の調査によると退職金制度の実施率はおよそ8割、大企業では9割以上となっています。退職金制度を設けるかどうかは各企業の任意ですが、ないと見劣りしてしまう労働条件の1つとなっています。
ただ一口に退職金制度といってもその仕組みや支給水準は様々で、いざ制度の導入や見直しをしようとしても、具体的に何を検討すればよいのかわからないという声をよく聞きます。今回は、退職金制度の検討にあたって最低限知っておきたい4種類の制度、正確には「退職給付制度」について解説します。
1.退職一時金制度
退職金は、社員の退職時に、入社からの長期にわたる勤務期間に対して支払われる報酬であり、給与や賞与に比べて非常に高額になります。老後の生活保障の意味合いから退職後の一定期間にわたって年金として支払われることもあります。こうした退職金の性質から、企業にとってはどのように支払いに備えるかが大きな検討課題の1つとなりますが、そのための枠組みが「退職給付制度」です。
現在、最も多くの企業で採用されているのが社内準備の退職一時金です。不当な差別にあたらない限りは企業ごとに自由な設計が可能であり、社内手続きだけで実施することができます。ただし(これはあらゆる退職金制度について共通することですが)、一度制度を定めると、会社側の都合でやめたり金額を減らしたりすることは不利益変更にあたり、一方的に行うことはできません。
また、退職一時金制度では退職者が出るごとにまとまった額の退職金を支払う必要があるため、将来を見越した資金計画を自前で立てておく必要があります。また、支払いに先立って在職中から費用や負債を計上し、財務諸表に反映させる必要があります。
2.確定給付企業年金制度(DB)
2つ目は確定給付企業年金です。英語のDefined Benefitの頭文字をとって「DB」と呼ばれ、確定給付企業年金法に基づいて運営されます。DBは実質的な運営主体によって「単独・連合型」と「総合型」の2つのタイプに分けることができます。
単独・連合型は主に大企業やそのグループ企業において独自に運営される制度で、企業は社員に約束した退職金を支払うために定期的に掛金を積み立て、資産の運用を行います。社員が退職したときには事前に積み立てた年金資産から支払いを行い、本人の選択により年金形式で支払うこともあります。
DBを実施することで企業は資金負担を平準化することができ、運用収益を獲得することで自社の負担を減らすことができます。一方で運用損失等により積立不足が発生すると追加負担が必要となり、企業業績に響くこともあります。
DBのもう1つのタイプである総合型は外部の年金基金が運営主体となり、不特定多数の企業が共同で運営する制度です。単独で退職金制度を持つことが難しい中小企業が加入していることが多いです。企業にとって事務的な負担は小さいですが、共同運営のため企業ごとのカスタマイズの余地は限られ、自社の都合だけで運営方針を変えたりすることはできません。
退職金の支払いのための資金負担を平準化できる一方で、積立不足が発生すると追加負担が必要となるのは単独・連合型のDBの場合と同じです。
3.企業型確定拠出年金制度(DC)
3つ目は企業型確定拠出年金です。英語のDefined Contributionの頭文字をとって「DC」と呼ばれ、確定拠出年金法に基づいて運営されます。
退職一時金やDBは退職時に支払う金額の算定方法を先に決めて社員に約束し、企業はそのために必要な資金を準備したり積み立てを行います。これに対してDCの場合は毎月支払う掛金の額の算定方法を先に決め、その金額を社員1人1人に用意されたDCの専用口座に積み立てます。
積み立てた資産の運用については、企業側がいくつかの商品を用意し、社員はその中から自分の判断で商品を選んで運用します。そして運用の結果積み上がった資産額がそのまま退職金や年金の支払額となるため、DCには積立不足という概念が存在せず、企業側の追加負担も発生しません。一方で、社員が自分のライフプランなどに応じて適切に運用商品を選択できるよう、企業には社員への情報提供や教育が義務付けられています。
DCのもう1つの大きな特徴として、60歳前での受け取りが原則できないことがあります。これは貯蓄のための制度ではなく、老後資金のための制度であることを明確にするためです。そのため、社員が60歳前に退職したときには、転職先のDCや個人型確定拠出年金(iDeCo)に資産を移すなどして、積み立てや運用を続けることになります。
4.中小企業退職金共済制度(中退共)
4つ目は中小企業退職金共済です。略して「中退共」と呼ばれ、独立行政法人 勤労者退職金共済機構によって運営されています。文字通り中小企業を対象とした共済制度であり、中小企業に広く普及しています。
中退共では、月額5000円から3万円までの16種類の掛金が用意され、企業は各社員に対してその中から選択した掛金を積み立てていきます。勤続年数など一定のルールに基づいて社員ごとに掛金の設定を変えることも可能です。
退職金の額は掛金月額と掛金を納付した期間によって計算され、機構から直接退職した本人に支払われます。企業の追加負担は発生しないので、その意味ではDC的な制度です。一方で、積立金の運用結果によらず掛金月額と納付期間に応じた退職金が確保されるため、DBの要素も持ち合わせた制度となっています。
注意点としては、社員が退職するまで月額5,000円以上の掛金の拠出を続けなければならないこと、掛金を途中で減らすときには本人の同意を取る必要があること、規模の拡大により中小企業でなくなった場合は解約して他の制度に移行する等の対応が必要となることなどがあります。
退職金制度はコロコロ変えられるものではないので、見直しや導入を行う際には長期的な視点を持ってよく比較検討したうえで、採用する制度やその組み合わせを決めていくことが大事です。退職金制度について詳しく知りたい方は「退職金とは」のページもご覧ください。また、「セミナー」のページでは、過去に開催したセミナーの見逃し配信や資料をご覧いただけます。個別のご相談も承っていますので、お問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。