「元管理職にやってもらう仕事がない」は本当か?~管理職経験者にも活躍してもらうために~
「元管理職は現場に戻れない」は本当か?
高齢者雇用に関する相談でよく聞かれるのが、「管理職経験者にやってもらう仕事がない」という声です。定年を60歳としている会社や、定年を延長していても役職定年を60歳としている会社では、管理職を60歳までに降りてもらうことになります。しかし、65歳までは雇用を確保する必要があるため、ポストオフ後の仕事や役割をどうするかが問題になります。
これに対して、管理業務ではなく現場の実務にずっと従事してきた社員に関しては、定年後の仕事がないという声はあまり多くありません。企業側としても全体として人手が余っているわけではなく、むしろ不足傾向にあるため、引き続き実務を担ってほしいというニーズが高いです。
それであれば、管理職もポストオフ後は一社員として実務を担ってもらえばいいわけですが、長く管理職をやっていると実務から遠ざかってしまっているため、いざ現場に戻ろうとしてもついていけないという問題が発生します。かといって、いつまでも管理職のままでいると後に続く社員の活躍の機会が失われてしまい、組織の新陳代謝が進みません。
しかし、こうした状況と相反するような調査結果もあります。それは 「マネジャーの約9割がプレイングマネジャーである」ということです。リクルートワークス研究所が2019年に実施した調査では、プレイング業務をまったく行っておらず、管理監督に専念しているマネジャーは全体の12.7%に過ぎません。加重平均すると、およそ3割~4割の時間をプレイング業務に割いています。
<参考資料>
プレイングマネジャーの時代|リクルートワークス研究所
管理職がプレイング業務にどこまで時間を割くべきかという問題はありますが、働き方改革の影響などもあって、管理職もプレイヤーに加わらないと業務が回らないという実情もあるでしょう。そうすると、管理職経験者は実務から遠ざかっているので、現場に戻れないというのは、一部は真実かもしれませんが、思い込みや管理される側に立場が逆転してしまうことへの心理的な抵抗のほうが大きいのではないでしょうか。
管理職になった人は、もともと担当者として実績を残し、高い評価を得ていたケースが多いでしょうから、本来持っている能力は決して低くはないはずです。先入観や思い込みを排除して、まずはやるべき仕事、やってほしい仕事は何か考えてみることが大事です。
ピープルマネジメントの能力を磨く
管理職経験者にやってもらう仕事がない、という声の裏には、もう1つの問題が潜んでいます。それは、管理職のスキルや関心が、人や組織のマネジメントよりも業務のマネジメントに偏っているのではないか、ということです。
もし管理職がプレイング業務をほとんど行っていないとしたら、自分以外のメンバーを動かし、育て、相乗効果を上げることで、組織のパフォーマンスを最大化させていくことが仕事になります。そのためのスキルが管理職としての専門性となります。その意味では、管理職とは本来専門職の1つです。
管理職経験者の仕事がないと言いながら、現場では管理職のなり手が不足しているという矛盾するような声も多く聞かれます。管理職としての本来の専門スキルを身につけていれば、社内だけでなく社外でも人材不足の穴を埋めたり、後継の育成で役割を発揮してもらう機会はあるはずです。
それができないということは、仕事の進め方や進捗管理については長けていても、管理職としてのポータブルスキル、つまり、業務内容や環境にかかわらず個々のメンバーの成長や成功を通じて組織としての成果を上げる、ピープルマネジメントの能力が十分ではないということではないでしょうか。
新卒採用や終身雇用を前提とした同質性の高い組織では、管理職にピープルマネジメントの能力はあまり必要とされず、磨かれることもないため、ポストを失うことで「仕事がない」という状況に陥ってしまいます。企業として多様な人材を受け入れ、活躍を促すために、管理職の能力を開発していくことは、管理職自身のキャリア開発にもつながっていくでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。