【月刊 人事マネジメント連載】第5回:労働供給制約対策としてのリスキリング【人材枯渇リスクの乗り越え方 ~4象限で導き出す人事対策の選択肢~】
本連載では、人材枯渇リスクへの対策を4象限に整理したうえで、様々な施策について考えてきました(図表1)。最終回となる今回は「リスキリング」を取り上げます。
人口減少により、今後労働供給制約が強まっていくのは確実です。これを乗り越えるために、需要と供給のミスマッチを解消し、1人1人の生産性を向上させるリスキリングは必須の取組みとなります。この観点から、組織内におけるリスキリングは目的や対象に応じて3つに分けて考えることができます。
現業部門の人手不足解消のためのリスキリング
1つ目は、現業を中心とした、人手不足が深刻な部門や職種に配置転換または兼務できるようにするためのリスキリングです。4象限のうち第1象限の施策に位置付けられます。
例えば、ドライバー不足が深刻なバス会社では、これまで運転経験のなかった事務員に講習を受けてもらい、人手不足を補う取組みを行っています。また、製造業や建設業の会社からは、現場では働く人が不足しているのに対して、事務・管理部門ではシニア層を中心に人が余ってしまうという声がよく聞かれます。そこで、事務・管理部門から生産現場への配置転換を進めようという取組みが出始めています。
こうした現業へのシフトや兼務を進めるにあたっては、受け入れ側の準備が重要となります。まず、恒常的な人手不足を解消していくために、未経験者を含めた多様な人材が活躍できる職場環境を整備することを、最終的なゴールとして共有します。それに向けた第一歩の取組みが、同じ社内での職種を越えた人材の融通となります。そして、業務プロセス(範囲)や製造ラインを組み直すなどして、未経験者や働き方に制約がある場合でも早期に戦力化できるようにします。
このように、受け入れ側の理解とハード面の対応を整えたうえで、マニュアルの整備や研修プログラムなどのリスキリングの準備を行うことが重要です。事前に何の準備もないままOJTで対応しようとしても、新たな人材の確保や定着は望めません。新たな仕事に就く本人と受け入れ側双方の心理的なハードルを下げ、相互理解を深めるために、社内インターン等で現場の仕事を体験する機会を設けておくことも有効でしょう。
業務の効率化や生産性向上のためのリスキリング
2つ目は、より少ない人数や労働時間で高いパフォーマンスや価値を生み出せるようにするためのリスキリングです。4象限のうち第3象限に位置付けられ、部門や職種に関わらず幅広い人材が対象となります。現在、リスキリングといえばITやデジタル技術に関するスキルの習得を意味することが多く、業務の効率化や生産性の向上が大きな狙いの1つとなっています。
この観点でのリスキリングで目指すべきは、高度で専門的な技術・知識の習得よりも、新たなツールやサービスをいかに使いこなして生産性の向上に結び付けるかということです。
例えば代表的な生成AIであるChatGPTを使えば、処理内容を指示することでプログラミングのコードを瞬時に生成し、プログラミングの知識が十分になくてもプロトタイプを作成できます。また、文書の要約やキャッチコピーのアイデア出しなどでも威力を発揮します。一方で、質問の内容によってはもっともらしい誤った回答を返してきたり、使い方を誤れば著作権の侵害や情報漏洩の可能性もあり、特性とリスクを理解しておくことが必要です。
また、既に確立している仕事の進め方や、熟練した技術の上に成り立っている業務プロセスを他に置き換えることに対しては、誰しも抵抗を感じるものですが、こうした現状維持バイアスはリスキリングの大きな妨げとなります。身近なところから成功事例を積み重ね、成果をイメージできるようにすることで、リスキリングに取り組む機運を高めていくことが重要でしょう。
対策推進の中核を担う人材育成としてのリスキリング
3つ目は、労働供給制約対策の中核を担い、象限の区分に関わらず社内での取組みを推進する人材を育成するためのリスキリングです。こちらについては対象を絞り、先進的な技術を習得・活用して社内に展開していくことがミッションとなります。
例えば、現業部門での人材不足に対しては、自動化やAIの導入を進めることで必要な労働力そのものを削減したり、技術や体力がなくても仕事ができるようにすることが、根本的な解決策となります。また、全社的なDXによる生産性向上のためには、自社の業務の特性に合ったツールの開発やサービスの選定、及びそれらを社員が適切に活用できるようにするための啓蒙・教育が必要となります。
こうした取組みを外部と連携しながら先頭に立って行う人材を育成するには、従来の業務から離れてリスクキリング(学習)に専念できる時間を用意することが必要でしょう。今は人手が足りないからと言って通常業務にプラスする形でやろうとしても実際にはなかなか時間が取れず、取組みが進まない言い訳にもなります。労働供給制約への対応には長期的な視点が必要であり、先手を打って進めていかなくてはなりません。
以上、3つに分類したリスキリングの要点をまとめたのが図表2です。リスクキリングに関しては、「何を」「どのように」学ぶかも大事ですが、それ以前に意味づけをしっかりと行い、自ら進んで学べる環境を用意することが重要でしょう。
さて、本連載では人材枯渇リスクへの対策として多様性の推進(女性・高齢者・外国人の活用)、ELTVの最大化(早期離職の防止とキャリア自律)、機械化や顧客及び外部リソースの活用、そしてリスキリングを取り上げてきました。今すでに取り組んでいる施策も含め、こうした人事施策を4象限にマッピングしてそれぞれの位置付けを整理してみてください。そして、これらを有機的に連携させ効果を発揮していくことで、経営課題に連動した人材戦略を実現していきましょう。
出典:月刊 人事マネジメント 2023.12 (発行)株式会社ビジネスパブリッシング www.busi-pub.com
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。