【月刊 人事マネジメント連載】第4回:限りある人的資源をどう補うか?人事の役割を問い直す【人材枯渇リスクの乗り越え方 ~4象限で導き出す人事対策の選択肢~】
本連載では、人材枯渇リスクへの対策を「人的資源の量と1人が生み出す価値」「直接的アプローチと補完的アプローチ」の2軸によって4象限に整理しています。今回は「補完的アプローチ」、つまり人的資源の確保に限界があることを前提として、それをいかにして補っていくかを考えていきます。
「その場所でしかできない」をどう解消するか
連載の第1回でも紹介したリクルートワークス研究所による未来予測では、8分類の職種別に労働需給シミュレーションの結果が示されています。このうち、輸送、建設、生産や販売等の対人業務の7分類ではいずれも供給不足の拡大が見込まれている一方、「事務、技術者、専門職」の分類ではほぼ需給が均衡する結果となっています。不足する職種に共通するのが「その場所でしかできない仕事である」ということです。これを解消することが人材枯渇リスクへの対策につながります。
解消の方法は、組み合わせも含めて次の3つに分けることができます。
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①その仕事を機械化する
②その仕事を顧客(サービスの利用者)に任せる
③その仕事を遠隔でできるようにする
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①は工場など生産分野で最も進んでいる取組みですが、自動運転等により輸送など他の分野でも今後大きな進展が期待されます。②については近年飲食店での取組みが進んでいます。ファミリーレストランではタッチパネル等により注文や会計、配膳作業の一部を顧客自ら行うシステムが取り入れられています。③は、デスクワークに関してはコロナ禍によって半ば強制的にリモート化が進みましたが、今後は現場の仕事にも浸透させていくことが求められます。実際の例として、工場で行っていた業務のうちデータの入力・分析や生産計画の作成、工程の監視などを在宅勤務に置き換えることで、従業員の負担を減らしながら生産性を高める取組みを行っている食品メーカーもあります。
こうした取組みを抜本的に進めるためには世の中の技術革新が必要であり、自社で独自に取り組める範囲は限られると思われるかもしれません。しかし、実際には導入可能な技術を十分に把握していなかったり、活用するための業務プロセスの見直しや意識の転換が障壁になっているケースも多いのではないでしょうか(コロナ禍での状況を思い出してみてください)。「現場の仕事だからどうにもできない」ではなく、業務内容を分解して部分的にでも①~③の対策を取ることができないか、それによって現場で働く人の負担を減らすことができないか、可能性を探りトライできるところから始めてみましょう。
専門人材の活用にはジョブの明確化が必須
一方で、ほぼ需給の均衡が見込まれている「事務、技術者、専門職」については、頭数よりも質の問題が大きくなります。全体としては均衡しているように見えても、実際には、需要が集中する一部の専門職人材から、比較的容易に募集できる一般事務の人材まで大きな差があります。
難易度の高くない業務やノンコア業務については、これまでも様々な雇用形態(派遣を含む)やアウトソーシングを活用して労働力の確保が図られてきました。テレワークの環境整備が進んだことで、最近では在宅ワーカーへの業務委託も広がりを見せています(弊社でも導入しています)。
ただこれからは、高度なスキルを持つ人材のリソースを効果的に活用していく仕組みがより重要となります。2021年に発足したデジタル庁では、専門人材の採用に取り組んだ結果、職員のおよそ1/3が民間企業の出身者となっており、兼業やテレワークなど多様な働き方が定着しています。フルタイムでの雇用を前提としないことで、買い手と売り手の双方にとって採用(応募)のハードルが下がり、人材獲得につながった面もあるでしょう。
こうした専門人材の採用で必要となるのがジョブと人材要件の明確化です。デジタル庁の中途採用の求人ページを見ると、職種ごとに細かく募集内容が記載されています。例えばHuman Resourcesの職種では「人材開発スペシャリスト」「人事労務スペシャリスト」といったジョブごとに求人票が用意され、募集背景から具体的な業務内容、必須スキル、求める人物像、勤務体系などが提示されています。
自分の持っているスキルをどのように活かせるのか、業務を通じてどのような経験を積むことができるのか、自分の望む働き方ができるのかといった点は、専門人材にとって特に重要な判断材料となります。採用する側にとっても、本当に専門性が必要となるジョブを精査することで限られた人的資源を有効に活用することができます。
デジタル庁では兼業の場合でも職員として雇用することとなっているようですが、自社の就業規則や給与体系にそぐわない場合は業務委託での対応を考えてもよいでしょう。
人材の供給が細る中で人事部門に求められる役割は
今回取り上げた補完的アプローチに共通して必要となるのが業務プロセスや必要スキルに対する深い理解です。業務の効率化や機械化はそれぞれの業務を担当する部門の課題として捉えられ、従来人事部門は深く関わってこなかったところかもしれません。しかし深刻化する人材枯渇リスクを乗り越えるためには、労働市場やテクノロジーの進展状況を各部門と共有し、計画の立案から一緒に考えていくことが求められるでしょう。
ただ何でもかんでも機械化を進めればよいということではもちろんありません。
機械化・自動化が継続して進んでいる身近な企業として鉄道会社があります。古くは自動改札や自動券売機の導入、新交通システムでは自動運転が普及し、最近では窓口業務の遠隔対応により駅員を削減したり廃止することも増えてきました。これにより、人員の輸送という鉄道事業の目的を達成するために必要な人的資源の量は大幅に削減されました。
その一方で、えちぜん鉄道のように敢えて車両にアテンダントを配置することで、事業の継続と発展を実現させている例もあります。同じ鉄道事業でも、輸送の効率性を追求するのか地域住民へのサービスと捉えるのかによって、採るべき対策は異なります。
人材の供給が細る中で、顧客への提供価値を考えたときにどこに人的資本を投下させるべきかを考え、経営層や各部門を巻き込みながら施策に反映させていくことが、今後人事部門に求められる重要な役割となるでしょう。
出典:月刊 人事マネジメント 2023.11 (発行)株式会社ビジネスパブリッシング www.busi-pub.com
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。