第 4 回 定年延長の浸透・定着に向けたコミュニケーション | 連載「65 歳定年時代に向けた人事処遇制度・退職金制度の設計と運用」 (全 4 回)
定年延長に限らず、人事制度は仕組みを見直しただけで機能するわけではありません。会社 (人事部門) とのコミュニケーション、社員同士のコミュニケーション等を通じて社員が制度の趣旨を理解し、自分ごとととらえ、行動が変わることで初めてそのねらいが達成されることになります。今回は、定年延長の浸透・定着のために必要なコミュニケーションについて考えていきます。
定年延長の目的を社員目線で明確化する
定年を延長し、新たな人事制度を導入する際には、当然、労働組合や社員への説明が必要となります。そこでは、制度内容や処遇がどうなるのかという説明ももちろん必要ですが、なぜ定年を延長するのか、それによって社員に何を期待するのかということについても、明確なメッセージを伝えることが重要です。
何かしら制度が変わるとき、社員の主な関心はやはり自分の処遇や立場がどうなるのかという点に向きます。定年延長は基本的には処遇を改善する方向での変更になりますが、例えば次のような点については社員にとってマイナスに受け取られる可能性があります。
- ・退職金の受け取り時期が遅くなる
- ・60 歳までの給与水準が下がる (賃金カーブを見直す場合)
- ・昇進・昇格の機会が減ってしまうのではないか (若手・中堅社員にとって)
- ・年上の部下をマネジメントしていかないといけない (年下の管理職にとって)
プラス面が多かったとしても、マイナス面があると社員の目はどうしてもそちらに行きがちです。また、自分の処遇には影響がなくても、周囲との処遇に差が生じることで不満につながることもあります。そのため、そうした点については丁寧に説明を行うとともに、場合によっては制度上の手当てを行うことも必要かもしれません。例えば、「退職金の受け取り時期が遅くなる」という点に関しては、希望者に貸付を行うといった方法が考えられます。
こうしたマイナス面や不満を完全になくすことは困難ですが、それを乗り越えるためには「何のための定年延長か」「社員に何を期待するのか」を明確にした上で、それに沿った説明や対応を行っていくことが求められます。
研修と職場でのコミュニケーションの必要性
社員に定年延長の目的や制度内容を理解してもらい、自分ごとととらえ、期待する行動に結びつけてもらうためには、導入時の説明だけでなくその後も継続的なコミュニケーションが必要となります。
60 歳以上のシニア社員に任せたい仕事、期待する役割は会社によって異なるでしょうが、これまでと同じ役割を期待する場合も、これまでとは異なる役割を期待する場合も、定年延長後の制度のもとで 60 歳以降自分がどう働くのかを考えることは重要であり、そのための機会としてキャリア研修を実施する企業も多くあります。
株式会社日本能率協会マネジメントセンター ( JMAM ) が 2016 年 9 月に公表した調査報告によると、およそ半数 ( 50.5 %) の企業で 50 歳以降の社員を対象とした「60 歳以降のキャリアを考える研修」を実施しています (調査対象は従業員数 1,000 人以上の企業) 。キャリア研修は一般に 1 ~ 2 日程度のスケジュールで行われ、自分のキャリアについて考えることの重要性や、これまでの仕事や自分が大切にしていること (価値観) を振り返り、会社の制度を理解したうえで、今後のキャリアプランや行動計画を作成していくことになります。
また、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 (JEED) が 2018 年 9 月に公表した調査報告によると、50 代のキャリア研修受講者のうちおよそ 9 割が研修を肯定的に評価しています。一方で、研修後の個別の面談の機会が用意されているという回答は 3 割、上司への報告については「特に話さなかった」が半数近くを占め、「今後について話し合った」のは 25 %にとどまっています。
研修も、1 回受けただけでその効果を持続させ、その後の行動につなげることは困難です。面談や話し合いの機会をもつことで、本人は改めて自分の考えや今後のキャリアプランを意識するようになり、上司とそれを共有することで職場の中での役割もより発揮しやすくなるでしょう。キャリア研修を実施する際は、こうしたフォロープランもあわせて考えておくことが重要です。企業によっては面談のほうをメインの施策と位置づけ、その効果を高めるために事前に研修を行うケースもあります。
定年延長の効果を検証し、継続的な改善に取り組む
JEED が定年延長実施企業に対して行った調査によると、9 割以上の企業が定年を延長したことに「満足している」「やや満足している」と回答しています (「定年延長、本当のところ」参照) 。具体的な効果としては、「人材確保」「優秀な社員に働いてもらえた」「遠慮せずに戦力として働いてもらえるようになった」といった回答が多くなっています。
これまでに定年延長を行った企業の三大理由は「人手の確保」「元気に働けるから」「優秀な社員に働き続けてもらいたい」であり、上記の結果はこれに対応するものだといえるでしょう。こうした効果は、例えば 60 歳以降も勤務を継続する社員の割合の推移を見ることで定量的に把握することができます。
しかし、本連載の第 1 回で述べたように、今後は必ずしも人手不足が深刻でない企業においても、増加するシニア社員のモチベーションを維持するために定年延長を行うことが考えられます。そうした企業においては、60 歳以降も会社に残る社員の割合を高めることが目的ではなく、一人ひとりが自らのキャリアを主体的に考え、行動することが期待されます。
したがって、残存率などの単純な指標で効果を測ることはできず、本人の働きぶりや周囲の評価をより丁寧に見ていくことが必要となります。また、定年延長を実施したとときには処遇の改善により満足度が上がったとしても、その効果が一時的なもので、60 歳前後で処遇に差が残っている場合は徐々に不満が出てくる可能性もあるでしょう。定年延長後もこうした点を検証しながら必要に応じて制度設計や運用の改善を図っていくことが重要です。
また、シニア社員のモチベーションを引き出し、より大きな役割を果たしてもらうためには上司の役割も重要になります。上記の JMAM 調査によると、管理者を対象とした年上の部下のマネジメント教育を実施している企業は 30 %にとどまっていますが、全体に占めるシニア社員の割合が今後増加していくことを踏まえると、こうした教育の機会を設ける必要性は高まっていくでしょう。
いずれにしても、シニア社員に期待する役割や処遇の変化が大きければ大きいほど、そして対象となる社員が多ければ多いほど、定年延長の実施や制度の浸透には時間と手間がかかることが予想されます。5 年後、10 年後の人員構成を見据えて制度の見直しには早期に着手し、社員のボリュームゾーンがシニア層に移る前に運用の改善を図っていくことが求められます。
<「第 3 回 定年延長を行う場合の退職金・企業年金制度の設計」を読む
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
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シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。
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