第1回 高年齢者の雇用の継続をめぐる動向と企業の取り組み状況 | 連載「65 歳定年時代に向けた人事処遇制度・退職金制度の設計と運用」 (全 4 回)
こんにちは、IICパートナーズの退職金専門家 向井洋平です。
高年齢者雇用安定法の改正により希望者全員の 60 歳以降の継続雇用が義務付けられたあとも、多くの企業では定年年齢を 60 歳に据え置き、再雇用制度により対応してきました。しかし人手不足やシニア社員の増加を背景として、定年延長を実施する企業は徐々に増加しています。最近では、鉄鋼大手 4 社が足並みをそろえて 65 歳への定年延長を発表し、また三井住友銀行がメガバンクとして初めて 65 歳定年にするという報道もありました。
バブル世代や団塊ジュニア世代が 60 歳を迎えていく令和の時代には、65 歳定年が主流になっていくでしょう。本シリーズでは、65 歳定年時代に向けて人事処遇制度や退職金制度をどう設計し、運用していけばよいのかをお伝えしていきます。第 1 回は、高年齢者の雇用の継続をめぐる動向と企業の取り組み状況についてまとめていきます。
継続雇用年齢の引き上げは「60 → 65 歳」から「65 → 70 歳へ」
日本では、少子高齢化と長寿化の進展により今後人口減少とともに生産年齢人口比率 (15 歳以上 64 歳未満の人口比率) の低下が加速していく見込みであり、2015 年時点の 60.7% から 2050 年には 51.8% になると推計されています。
また、寿命の延びとともに、従来高齢者とされてきた 65 歳以上の人の「若返り」現象がみられており、2017 年 1 月、日本老年学会と日本老年医学会は 75 歳以上を高齢者の新たな定義とする提言を発表しました。
提言:高齢者の新たな定義
65 ~ 74 歳 : 准高齢者・准高齢期 (pre-old)
75 歳~ : 高齢者・高齢期 (old)
こうした状況を踏まえ、政府は成長戦略の一環として高齢者の就労を促進する方針を打ち出しており、2018 年 11 月に公表された「経済政策の方向性に関する中間整理」では、65 歳以上への継続雇用年齢の引き上げに関して、次のような方向性が示されました (太字は筆者) 。
(働く意欲ある高齢者への対応)
・人生 100 年時代を迎え、働く意欲がある高齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高齢者の活躍の場を整備することが必要である。
・高齢者の雇用・就業機会を確保していくには、希望する高齢者について 70 歳までの就業機会の確保を図りつつ、65 歳までと異なり、それぞれの高齢者の希望・特性に応じた活躍のため、とりうる選択肢を広げる必要がある。このため、多様な選択肢を許容し、選択ができるような仕組みを検討する。
(法制化の方向性)
・70 歳までの就業機会の確保を円滑に進めるには、法制度の整備についても、ステップ・バイ・ステップとし、まずは、一定のルールの下で各社の自由度がある法制を検討する。
・その上で、各社に対して、個々の従業員の特性等に応じて、多様な選択肢のいずれかを求める方向で検討する。
・その際、65 歳までの現行法制度は、混乱が生じないよう、改正を検討しないこととする。
(年金制度との関係)
・70 歳までの就業機会の確保にかかわらず、年金支給開始年齢の引上げは行うべきでない。他方、人生 100 年時代に向かう中で、年金受給開始の時期を自分で選択できる範囲は拡大を検討する。
(今後の進め方)
・来夏に決定予定の実行計画において具体的制度化の方針を決定した上で、労働政策審議会の審議を経て、早急に法律案を提出する方向で検討する。
(環境整備)
・地方自治体を中心とした就労促進の取組やシルバー人材センターの機能強化、求人先とのマッチング機能の強化、キャリア形成支援・リカレント教育の推進、高齢者の安全・健康の確保など、高齢者が活躍の場を見出せ、働きやすい環境を整備する。
「65 歳までの現行法制度については改正を検討しない」としていることから一律に定年引き上げを義務付けるような法改正は当面ないものと考えられますが、目線はすでに 65 歳以降に向けられており、60 歳を 1 つの区切りとする考え方は各種労働法制や社会保障制度から徐々に撤廃されていくことになるでしょう。
今年 1 月に召集された通常国会への法案提出は見送られたものの、国家公務員の定年についても 65 歳へ段階的に引き上げる方向性がほぼ固まっており、これが成立すると民間企業においても定年延長の流れが加速していく可能性があります。
企業の取り組み状況と定年延長に向けての課題
生産年齢人口の減少はすでに人手不足という形で多くの企業にとっての課題となっており、特に人手不足が深刻な中小企業や一部の業種では、それを補うためにシニア社員を積極的に活用する取り組みが進んでいます。以下は、定年年齢を 60 歳超としている企業の割合を示したものです。
60 歳を過ぎてもそれまでと同じような働きが期待される企業では、シニア社員の確保が人手不足の解消に直結するため、定年延長により処遇を改善して長く仕事を続けてもらうことが有効な手段となります。実際、定年延長を実施した三大理由は「人手の確保」「元気に働けるから」「優秀な社員に働き続けてもらいたい」となっています。
しかし今後に関しては、特に大企業においては「シニア社員のモチベーション向上」がより直接的な理由となっていく可能性があります。それは社員の人員構成と深く関係しています。以下は、経団連によるホワイトカラーの人員構成に関するアンケート結果です。
「ひょうたん型」と「ひし形」が大半を占めており、人員構成に偏りがあることがわかります。これは、バブル期に大量採用を行ったことにより 50 歳前後の層の割合が高くなっている一方で、バブル崩壊後の就職氷河期に採用を絞ったことで 40 歳前後の層の割合が低くなっているからです。
2025 年以降はバブル世代が次々と 60 歳を迎えていくことになるため、人員構成は 60 歳以上のシニア層の割合が大きく高まることが想定されます。現行法制度においても65歳までは企業に雇用確保措置が求められており、60 歳定年企業でも一般に定年退職者の8割程度は再雇用により勤務を継続しているのが実情です。
したがって、ボリュームゾーンとなるシニア層をいかに活用していくかが、今後の日本企業の生産性や競争力を確保していくためのカギを握っているといっても過言ではありません。そのためには、シニア層に期待される役割を明示し、その役割に見合った処遇を行うことが求められます。
一方で、定年延長の実施にあたっては課題もあります。特に大企業では「高齢社員の賃金の設定」に加えて、「退職金」「高齢社員の賃金原資の捻出」が大きな課題となっています。
大企業は中小企業に比べて 50 歳代の賃金水準が高く、その分、定年後再雇用により賃金水準を一律に大きく引き下げているケースが少なくありません。したがって、定年延長にあたってはシニア層の賃金をどの水準まで引き上げ、どのような基準で設定するのか、またそれによる人件費の増加をどのようにカバーするのかが大きな課題となります。これについては次回詳しく取り上げます。
退職金に関しても、大企業は中小企業よりも水準が高く、企業年金制度を併せて実施しているなど制度内容がより複雑になっている傾向があります。定年後再雇用による雇用確保措置が設けられたあとも、退職金に関しては 60 歳定年退職を前提とした給付設計のままとなっているケースがほとんどであり、定年延長にあたっては設計の再検討が必要となります。
退職金や企業年金の見直しは人件費に影響するのはもちろんのこと、退職給付会計や税務、企業年金に関する法令上の取り扱い、従業員のライフプランも絡んでくるため、これらを踏まえたうえで検討を進めなければなりません。これについては第 3 回で詳しく取り上げます。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
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