確定拠出年金の加入時教育と継続教育で心がけておきたいこと
こんにちは、IICパートナーズの退職金専門家 向井洋平です。
新年度が始まり、確定拠出年金を実施している企業では新入社員に対して加入時教育を行っていることと思います。また、法改正によって昨年 5 月からは継続教育が努力義務化されました。いわゆる投資教育についての考え方や内容については厚生労働省から出されている法令解釈通知にも規定されているところですが、ここでは退職金や確定拠出年金の位置づけという観点から、加入時教育や継続教育に対する考え方を提示したいと思います。
まずは自社の制度を理解してもらう
退職金や確定拠出年金などの「退職給付」は報酬の一部を構成するものであり、その内容を提示したうえで雇用契約を結ぶというのが本来の姿です。しかし、新卒採用活動においては給与に関して学生に説明したり聞かれたりすることはあっても、退職金や確定拠出年金が話題に上ることはほとんどないのが実情でしょう。これから就職しようとするときに、何十年も先に受け取ることになるであろう退職金や年金に関心が向かないのは無理もないことです。
したがって、新入社員への加入時教育としては、まず確定拠出年金を含む自社の退職金制度について理解してもらうということが必要となります。退職金制度を設ける理由として「優秀な人材の確保・定着」をあげる企業は多いですが、退職給付の内容が伝わっていなければ その効果は期待できないからです。
確定拠出年金では社員個人の口座に毎月掛金が入金されるため、他の退職給付制度と比べて報酬としての実感を持ちやすい制度だといえます。また、原則として 60 歳まで引き出せないことから、老後 (引退後) 資金の確保という位置づけが明確です。
先日現役を引退したイチロー選手が、現役時代にマリナーズと交わした契約の中で、報酬の一部について利息を付けて引退後に受け取る内容としていたことが話題になりましたが、確定拠出年金とはまさにそのような報酬です。会社として、毎月の給料とは別に引退後資金としてこれだけの掛金を積み立てている (前払いとの選択制であれば「積み立てることができる」) ということを明示しておきましょう。
確定拠出年金の仕組みの説明に関しては運営管理機関のテキストや講師派遣を利用するにしても、退職金制度全体の構成や各制度の位置づけ、目的については、会社からのメッセージが新入社員にしっかりと伝わるようにしておくことが重要です。
確定拠出年金“から”投資を学ぶという考え方
確定拠出年金への加入時に社員が行うべき手続き 1 つに「掛金の配分指定」があります。入社の翌月から毎月納付される掛金に対して、そのうちいくら (何%) をどの運用商品の購入に充てるかを選択します。企業によっては、配分指定が一定期間行われなかった場合に自動的に 100% 選択したものとみなす商品 (指定運用方法) を設定している場合もありますが、あくまで各加入者が自ら運用商品を選択するというのが確定拠出年金の原則です。
とはいえ、これまで投資について考えたこともなかった新入社員が、せいぜい 1 ~ 2 時間の研修を受けて資料を読んだだけで各商品の内容を十分に理解して商品を選べるかと言えば、それはかなり難しいと言わざるを得ません。
例えば、
- ・商品ラインナップを「基本的な商品」と「応用的な商品」に区分して提示し、「基本的な商品」についてはできるだけ数を絞り込んで選びやすいようにする。
- ・資産配分や商品選択を食事のメニューなど身近なものに例えてわかりやすく説明する。
- ・資産配分のモデルをいくつか示したうえで、そのモデルに沿った配分指定の演習を研修の中で行う。
といった工夫により、少しでも長期の積立投資にふさわしい商品が選ばれるようにしたいところですが、それでも「投資は怖い、よくわからない」といった理由から投資信託は避けられ、定期預金などの元本確保型商品に偏りがちなのが実情です。
しかし、年齢が若く (すなわち受け取りまでの期間が長い) 、一時的に元本割れとなっても損失額が限られる新入社員は、本来であれば最も運用リスクを取れる層です。引退後に初めて投資に手を出して失敗すると取り返しようがありませんが、若い頃の失敗はあとで十分に取り返すことができます。
一般に投資を行うにあたっては、商品の内容やリスクを十分に理解した上で購入するというのが基本ではありますが、実際には自分で運用してみて初めて身に付くことも多くあります。新入社員向けの加入時教育においては、確定拠出年金を「投資を実践しながら学ぶための制度」と位置づけ、そうした観点から商品を選択してもらうのも 1 つの考え方です。
加入時教育より重要な継続教育
「投資を実践しながら学ぶ」確定拠出年金では、加入時教育よりも継続教育が重要になります。実際に自分の運用結果を確認したり、加入者全体の傾向と比較したりすることで運用に対する関心が高まり、また、引退後資金の残高が積み上がっていることを実感できるでしょう。
記録関連運営管理機関 (レコードキーパー) からは、各加入者に対して年に 1 ~ 2 回、定期的に残高等の通知が書面で送られますので、それが届くタイミングで最初の継続教育を実施し、書面の読み方や運用商品を見直す場合の考え方、及び実際の見直し手順などについて説明しておくのが理想的だといえます。見直し手続きは通常、加入者 Web サイトから行いますので、各自のスマートフォンから実際にログインして操作手順を確かめてもらうのも効果的でしょう。
集合研修など対面形式で継続教育を実施することが難しい場合でも、少なくとも以下のような点についてはアナウンスしておきたいところです。
- ・○○社 (レコードキーパーの名称) から確定拠出年金についてのお知らせが届くので必ず内容を確認し、不明な点があれば問い合わせるようにすること。
- ・最新の運用状況の確認や運用商品の見直し手続きは加入者 Web サイトから行うことができるので、ログインしたことがなければ一度ログインしてみること。
- ・ログインの ID やパスワードを忘れてしまった場合には再発行の手続きをとること。
また、継続教育は確定拠出年金の運用状況の確認や見直しを行うためだけの機会ではありません。対象となる年齢層が上がってくれば、退職金の目的は「人材の確保・定着」というよりも、退職後の収入を確保しておくことによって社員が様々なライフコースを主体的に選択できるようにしておくという意味合いが強まってくるでしょう。
したがって、40 ~ 50 代以上のミドル・シニア層に対しては、確定拠出年金を含む退職金制度の全体像を改めて確認することに加えて公的年金制度等についての説明を行い、将来のライフプランを見据えて退職金・年金制度をどのように活用していくのかを考える機会を提供することも、継続教育の重要な目的の 1 つとなります。そうした観点からは、確定拠出年金を含む各退職給付制度や公的年金制度に関して、給付の受け取り方法にどのような選択肢があり、どのような考え方でそれを選べばよいのかといったことも継続教育のメニューに加えるべきでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
向井洋平 著『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』好評発売中
2019 年 7 月より、従来実質的に対応が困難であった金融機関の窓口における確定拠出年金の運用商品の提示や説明が解禁され、金融機関行職員がその場で対応することができるようになります。そのため、確定拠出年金の業務に携わる金融機関行職員は制度の仕組みを正確に理解したうえで、個人および法人のお客様が制度を有効に活用できるようにするための対応力が求められます。
基本的な知識からお客様への対応までをわかりやすく説明し、確定拠出年金の業務に携わる方々の一助となる一冊です。
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