第 2 回 定年延長を行う場合の人事制度設計 | 連載「65 歳定年時代に向けた人事処遇制度・退職金制度の設計と運用」 (全 4 回)
こんにちは、IICパートナーズの退職金専門家 向井洋平です。
高年齢者雇用安定法の改正により希望者全員の 60 歳以降の継続雇用が義務付けられたあとも、多くの企業では定年年齢を 60 歳に据え置き、再雇用制度により対応してきました。しかし人手不足やシニア社員の増加を背景として、定年延長を実施する企業は徐々に増加しています。最近では、鉄鋼大手 4 社が足並みをそろえて 65 歳への定年延長を発表し、また三井住友銀行がメガバンクとして初めて 65 歳定年にするという報道もありました。
これまで 60 歳としていた定年年齢を 65 歳に引き上げる場合、 60 歳以降の社員に対する人事制度の設計については、大きく分けて次の2つの考え方があります。
- ① 60 歳までの人事制度をそのまま 60 歳以降も適用する。
- ② 定年は 65 歳まで延長するものの、人事制度は 60 歳までと 60 歳以降で区分する。
第 2 回では、①のタイプを「統合型」、②のタイプを「分離型」と呼ぶことにして、定年延長の際にどちらのタイプを選択し、どのように制度設計を行っていくのかについて解説します。
統合型の制度設計
統合型の場合には 60 歳以降も同一の制度で運用されますので、賃金その他の処遇について 60 歳前後での格差は基本的に生じません。仕事の内容や役割の大きさについても 60 歳で一律に変わることはないため、従業員はモチベーションを保ったまま勤務を継続することができます。また、同一の基準に基づく一貫した人事管理を行うことができ、より公正な処遇を実現できます。
一方で、再雇用制度では賃金水準が引き下げられていますので、これを 60 歳前の水準にまで引き上げるとなれば当然に人件費は増大することになります。また、社員の中には 60 歳以降は自分のペースで働きたいという人や、 60 歳で退職金を受け取るつもりだったという人もいるかもしれませんが、定年延長ではそうしたニーズに対応できない可能性があります (退職金について第 3 回で詳しく解説)。
そもそも、なぜ多くの企業が 60 歳以降の雇用確保措置として再雇用制度を選択しているかといえば、賃金制度に 60 歳定年を前提とした年功的な要素が残っているからです。
このような賃金制度の下では、60 歳以降の賃金水準を引き下げないと、60 歳以上の社員が増えるにつれて人件費が過大になってしまいます。
したがって、統合型の制度がマッチするのは以下のような企業だと言えるでしょう。
- ・中高年に対して職務の要素が大きくなるように賃金制度が設計されている。
- ・降格、降給もあり得るようなメリハリのある制度の運用を行っている。
- ・年上の部下 (年下の上司) の存在が当たり前になっている。
- ・時短勤務など柔軟な働き方ができる仕組みになっていて、それが浸透している。
- ・年齢にかかわらず能力を発揮できる場がある。
社歴が浅く、社員の年齢構成も若い企業では、将来を見据えて統合型の人事制度や運用体制を整備していくことが考えられます。
また、定年延長を機に既存の人事制度の見直しを行って統合型の制度とすることも考えられますが、降格・降給となった社員のモチベーション維持など、制度の運用上の課題にも併せて取り組む必要があります。制度の見直しにより将来の総人件費にどの程度の影響が出るのか、定量的な分析も必要となるでしょう。
分離型の制度設計
分離型の制度では、60 歳以降もそれまでと同じ正社員等の地位を維持しつつ、等級や賃金制度等の体系は別に設けることとなります。これによって再雇用制度と同様に賃金水準を調整し、人件費の増大を抑えることができます。統合型に比べてマイルドな変更だと言えます。
しかし、定年が延長されても処遇がほとんど変わらなければ、60 歳以降のシニア社員のモチベーションやパフォーマンスを向上させることは期待できません。全体的な賃金水準は 60 歳前よりも低下するにしても、職務や成果に応じたメリハリをつけ、パフォーマンスの高い社員にはそれに見合った報酬を用意する必要があるでしょう。上記の図ではパフォーマンスの曲線が次第に低下していくように描かれていますが、実際には高齢になるほど個人差が大きくなっていきます。
メリハリのついた処遇を行うには、シニア社員の職務の内容や役割の大きさに応じたコースや等級を定義し、それに対する評価に基づいて賃金を決定する仕組みが必要です。分離型の制度設計では昇給という考え方はとらずに、シングルレートによる洗い替え方式が用いられるのが一般的です。
これによって、シンプルでメリハリのついた制度の運用が可能となります。
コースや等級の定義にあたっては、各部門においてシニア社員に期待される職務や役割を具体的に検討したうえで、それにマッチするように設計していく必要があります。職務や役割が 60 歳前からどう変わるのか (あるいは変わらないのか) ということを踏まえ、60 歳までの各等級からの移行をイメージしながら組み立てていくのがスムーズかもしれません。
また、基本給 (月例給与) と賞与の水準や配分については、60 歳までの水準との比較や、評価や業績に応じてどの程度メリハリをつけるか (賞与の配分が大きいほどメリハリはつけやすい) といった観点から考えていくとよいでしょう。再雇用制度の水準からどの程度引き上げるかは、将来の総人件費に与える影響も見込んだうえで決定していくことになります。
分離型の制度では基本的に 60 歳前の人事制度を大きく変える必要はありませんが、人件費の制約が強い場合には賃金カーブの調整が必要となる可能性もあります。また、役職定年を設けている場合はその年齢を見直したり、若手の昇進・昇格の機会を確保する観点から新たに役職定年を導入するケースもあります。
なお、再雇用制度においてもシニア社員のコースや等級制度を設け、これによって処遇を決定している企業もあります。こうしたケースでは、分離型での定年延長を比較的スムーズに進めることができます。言い方を変えると、定年後は嘱託等で一律の処遇を行っている企業では、まず再雇用制度において等級制度等を設け、その後に定年を引き上げるという2段階で定年延長を実施することも考えられます。
再雇用制度との並存
統合型にしろ分離型にしろ、定年延長後は 60 歳での退職はそれ以降勤務を継続しないことを意味します。再雇用制度のもとで 60 歳で一旦退職して退職金を受け取り、その後は嘱託等として働くつもりでいた社員には戸惑いが生じることも考えられます。
こうした社員に配慮して選択定年制を設け、定年延長後も再雇用制度を併存させて 60 歳定年・再雇用を選択できるようにしている企業もあります。幅広い選択肢を用意することで自律的なキャリアの選択を意識させ、最終的に 65 歳定年を選ぶ場合でも、自分が会社の中でどのような役割を担っていくのか、 65 歳以降に向けて会社で過ごす残りの期間をどう過ごしていくのかを考える機会を設けることは、有意義だといえるでしょう。
一方で、選択定年制を設けて再雇用制度を併存させる場合には、人事管理や制度の運用が複雑になります。再雇用社員については勤務形態を正社員とは変えて (例えば週 3 ~ 4 日勤務とする) 社外での他の活動と両立可能な働き方と位置づけるなど、社員にとっても違いが分かりやすい制度にしておくことが望ましいでしょう。他方で、 65 歳未満の定年年齢を選択した場合には原則としてその後の再雇用を選べないようにして、運用の煩雑さを回避しているケースもあります。
なお、選択定年制を実施している企業でも、実際には 65 歳定年を選択する社員が多くを占めています。長年 1 つの会社に勤めてきた人が主体的に自らのキャリアを選択するのは難しい面があります。多様な選択肢を用意したとしても、社員がそれを有効に活用できるようにするためには、40 ~ 50 代の頃から後半戦のキャリアについて考え、様々な機会を試せるようにしておくことも必要でしょう。
<「第1回 高年齢者の雇用の継続をめぐる動向と企業の取り組み状況」を読む
「第 3 回 定年延長を行う場合の退職金・企業年金制度の設計」を読む>
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
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