「残ってほしい人」に残ってもらうための継続雇用における職務マッチング
人口の高齢化や長寿化、及びそれらを背景とした高齢者の雇用確保のための法律改正により、定年制や高齢者雇用制度の見直しは多くの企業における課題となっています。しかし、高齢期を迎えてもできるだけ多くの社員に長く働いてほしいと考える企業は少数であり、「必要な人材には残って活躍してもらいたいが、そうでない人材を多く抱えてしまうことは避けたい」というのがほとんどの企業の本音でしょう。裏を返すと、優秀な人材ほど再就職や独立により会社を離れてしまい、活躍が期待できない人材ばかりが残ってしまうことへの懸念が強いことがうかがえます。この問題に対応するための重要なカギが職務と人材のマッチングです。
望ましい状態に近づけるためのアプローチ
まず、企業にとって望ましい状態とそうでない状態を簡単な図で整理しておきたいと思います。
企業にとってニーズの高い人材の多くが実際に継続雇用を選択し、ニーズの低い人材の多くが退職を選ぶというのが企業にとって望ましい状態であり、逆が望ましくない状態です。もし、現状が望ましくない状態である場合、これを望ましい状態に近づけていくためには次の3つのアプローチが考えられます。
① ニーズの高い人材に継続雇用を選択してもらえるようにする
② ニーズの低い人材に退職を選択してもらえるようにする
③ ニーズの低い(と思われていた)人材が活躍できるようにする
このうち、②については注意が必要です。事業主には65歳までの希望者全員の雇用確保が義務付けられていることから、定年を60歳としていてもその時点で退職(継続雇用をしないこと)を迫るような対応は問題があります。そこまでの対応ではなくても、退職を推奨するようなメッセージが前面に出てしまうとニーズの高い人材も含めて社員の反発や意欲の低下を招く可能性があります。また、日本の人口構成を考えれば新規の採用は今後さらに厳しくなっていくこと予想されますから、そうした観点からもまずは今いる人材の活用を進める①や③の取り組みが重要となります。
「残ってほしい人材」に紐づいている職務や役割
それでは企業にとってニーズの高い人材(残ってほしい人材)とはどのような人材でしょうか。人格が優れているなどその人自身に備わっている要素も関連がないわけではないですが、基本的にはその人にやってもらいたい、かつその人ならできる仕事があることが前提となるでしょう。つまり人材に対するニーズの程度は何らかの職務や役割と紐づいて決まるということです。どのような職務や役割がそれに該当するのかはそれぞれの企業や職場の状況によって変わりますが、大きくは次の3つのタイプに分けることができます。
1. 後継不足により引き継ぐことができない仕事
2. 若手・中堅層をサポートする仕事
3. 「ジョブ型雇用」が可能な仕事
1つ目の具体的な例としては、後継がまだ育っていない管理職やその会社・業種ならではの専門的な知識・技術を必要とする仕事、または若手・中堅層に敬遠され人手不足に陥っている現場の仕事などが挙げられます。こうしたケースでは当面同じ職務・役割を担うことに加えて、後継の育成や業務の効率化などに取り組んでもらうことが期待されます。
2つ目は、多忙な管理職に対して目が届きにくいところをサポートしたり、若手の相談相手となってサポートする役割、あるいはトラブルやクレームに対してこれまでの経験を活かして対処することなどが挙げられます。こうした役割を担ってもらうことで組織全体のパフォーマンスを向上させることが期待されます。
3つ目は、一定の専門性が求められるものの「ジョブ」が明確で人材の外部調達(キャリア採用や派遣)が比較的行いやすい仕事です。例えば経理処理に関する仕事は専門知識が必要ですが、あらゆる企業に共通して存在するジョブであり、このタイプに当てはめることができるでしょう。こうした仕事については年齢に関係なく職務遂行能力と意欲がある限り続けてもらうことで、人材の調達や育成にかかるコストを抑えることが期待されます。
このような観点から「残ってほしい人材」に紐づいている職務や役割を洗い出し、整理したうえで、それに見合った処遇を設定します。そして、継続雇用時の職務や役割と、それに対応する要件や報酬を社員に対して明示することで、透明性や納得性を高めることができます。結果として、「残ってほしい人材」にとっては継続雇用の魅力が高まります。また、高齢社員に担ってもらいたい職務や役割の整理や、これを社員に対して開示するというプロセスを通じて、ニーズの低い(と思われていた)人材についても活躍の機会を見つけやすくなるでしょう。
職務に応じた働き方の選択
職務と人材のマッチングにあたっては働き方も重要な要素となります。高齢期になるほど、個人の働き方に対するニーズ(いつまで、どのように働きたいか)は多様化します。会社側が残ってほしいと考える人材ほど働き方を含めた将来のキャリアを自律的に考えているため、継続雇用の枠組みの中で処遇するのが難しく、結果として会社を離れてしまう傾向にあると感じている人事担当者の方は多いのではないでしょうか。
こうした場合、定年延長を含む継続雇用制度の見直しにより処遇の改善を図るだけでなく、職務内容に合わせて柔軟な働き方の選択肢を提示することも検討に値します。専門性が高く、自律的に進めることができる仕事であれば、アウトプットを明確に定めておくことで働く時間や場所についてはある程度本人の裁量に任せてもよいでしょう。本人が希望すれば雇用契約ではなく業務委託契約での就業も考えられます。また、広範囲に拠点を構え転勤が多い企業の場合、希望する勤務地で働けるかどうかも継続雇用の選択の判断材料となります。どの拠点にどのような仕事があるのかを示し、本人の希望を聞いたうえで配置を決めることで、高齢社員の活躍の機会が広がる可能性があります。
一方で、継続雇用を希望する社員に対して広く雇用の場を確保するという観点では、定型的な業務とセットで短日・短時間勤務による働き方を選択肢に入れることも考えられます。この場合、収入確保の観点などから労務管理や情報漏洩リスクに配慮したうえで兼業・副業を積極的に認めてもよいでしょう。希望者全員の65歳までの雇用確保が求められる中では、できるだけ本人も納得の上で高齢社員を幅広く受け入れるための工夫も必要となります。
職務マッチングの具体的な手順
職務マッチングの具体的な手順については、中途採用(キャリア採用)のプロセスを考えるとイメージしやすいと思います。新卒採用については人事部門の主導で行われているケースが多いですが、中途採用に関しては、特に募集要項を定める段階では各事業部門の関与が必須となります。どの仕事をやってもらう人材がどれだけ必要で、その仕事をやるために必要なスキルや経験は何なのか、人事部門だけでは把握しきれません。
継続雇用についても同様です。継続雇用における具体的な職務や役割、それに必要なスキル・経験などを一番よく理解しているのはそれぞれの部門や職場です。人事部門は社内ハローワークとして各部門と連携して社内職務の情報を整理し、報酬水準や勤務時間、勤務場所などの労働条件とともに最終的に募集要項(求人票)の形でまとめます。外部からの採用の場合と同様に、これを社内で公開し、継続雇用の対象となる社員からの応募に応じて選考を行うというのが最も透明性のある方法だといえます。ただし、選考を公平かつスムーズに進めるためには定年日(継続雇用の起点日)を年度末など一定の日に揃えたうえで、マッチングの年間スケジュールを立てておくことが必要になります。
ただ、この方法だと選考に漏れる社員も出てきますから、継続雇用を希望する社員に対して何らかの職務を提示できるように2回、3回と選考を繰り返す必要が出てくるかもしれません(これを織り込んでスケジュールを立てる必要がある)。また、そもそも求人の人数が継続雇用の希望者より少ないと希望者全員を受け入れることはできませんから、少なくとも継続雇用の対象者と同じ数の求人を各部門から出してもらったり、選考に漏れた人の受け皿をあらかじめ用意しておくといった対応も考えておく必要があります。
求人票をもとに1人1人選考を行うのが現実的に難しい場合は、継続雇用の対象となる社員から希望(例えば第1希望から第3希望まで)を聴取したうえで、最初から人事部門が各事業部門と連携してマッチング作業を行っていく方法もあります。社員の側からするとやや透明性に欠ける部分はありますが、基本的には1回の選考でひととおりマッチングを行うことができます。ただし辞退者が出た場合などは再度調整が必要となります。
どのような手順で行うのがよいのかは、各企業(グループ)の事業内容や職務内容のバラエティ、1年間で発生する継続雇用者の人数規模など、それぞれの事情を勘案しながら検討していく必要があります。しかし共通して言えるのは、人事部門単独でできることではなく、各事業部門との連携が欠かせない点です。継続雇用制度やマッチングの仕組みを検討する段階から各部門と課題認識を共有し議論しながら「残ってほしい人」に残ってもらうための効果的かつ効率的な方法を考えていきましょう。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。