定年延長と継続雇用、どちらを採用すべきか?見極める2つのポイント
65歳までの雇用確保義務に対応するための2つの選択肢
高年齢者雇用安定法の規定により、希望者全員の雇用確保の年齢が段階的に引き上げられており、2025年4月からは65歳までの雇用確保が事業主に義務付けられます。すでに多くの企業では、65歳以上への定年引上げ、もしくは定年を迎えた社員を65歳まで再雇用する継続雇用制度により対応を進めています。
時々「2025年4月から定年延長義務化」というような記事の見出しを見かけることがありますが、これは誤りです。65歳までの雇用確保ができていれば継続雇用制度でも法律上問題はありません。では実際のところ、定年延長している企業と継続雇用で対応している企業の割合はどれくらいのなのでしょうか?
これについては厚生労働省が毎年調査を行っており、直近の2022年の調査ではおよそ4社に1社は定年引上げ、そしておよそ7割の企業が継続雇用制度で対応しています。この定年の引上げの企業の割合はだいたい10年で10%くらいの非常に緩やかなペースで増えている状況です。
(参考)厚生労働省「高年齢者の雇用状況」
ただ、これからは若い人を中心に労働力人口が減少していくなかで、逆に増えていく高齢社員をどう活かしていくかが大きな課題になります。どのみち65歳まで雇用することになるのであれば、定年延長により最大限パフォーマンスを発揮してもらいたいという考えがある一方で、定年延長すると人件費が心配だという声もよく聞かれます。
いずれにしても希望すれば65歳までの雇用が保証されているわけですから、実質的にはすでに65歳定年になっているともいえます。人件費に関しても、定年延長したからといって60歳までの給与体系を65歳までそのまま伸ばす必要はなく、人件費への影響を考慮して60歳以降の給与体系を切り分けて設計することも可能です。では定年延長と継続雇用の違いはどこにあり、どうような判断基準で選択すればよいでしょうか。
継続雇用と定年延長を分ける2つのポイント
まず、継続雇用の場合は一旦60歳で雇用関係をリセットして、その後の雇用契約については改めて会社と社員が合意の上で契約するという形になります。ですから役割や働き方、処遇を転換しやすいですし、社員にとっては他社への再就職や独立といったことも視野に入ってくることになります。
つまり、継続雇用制度は60歳を節目として 社員の役割や立場を転換させるための仕組みになりますから、60歳以降に期待される役割や任せたい仕事の内容、選択できる働き方などを事前にしっかりと説明して、社員に主体的に自分の進路を決めてもらうというプロセスが大事になります。そして処遇についても60歳以降に実際に担う役割や仕事のレベルに合ったものにすることで、本人の納得感も得られやすくなります。
一方、定年延長の場合は60歳での節目がなくなります。60歳で役職定年や給与体系の切り分けを行う場合は役割の転換を一定程度伴うことにはなりますが、60歳以降も引き続き正規雇用という立場で会社に貢献してほしいというメッセージを社員に対して前面に出していくことになります。
また、継続雇用の場合は本人の意思表示があって初めて再雇用することになるのに対して、定年延長の場合は本人からの申し出がない限り退職とはならず、そのまま雇用を継続することになります。ですから、会社としては社員が60歳を超えても活躍できるようにするための支援、例えばリスキリングや職域開発、モチベーションの維持、身体能力の衰えをカバーするような取り組みをより積極的に行うことが求められます。
もう1点、定年延長と継続雇用の大きな違いに退職金があります。継続雇用の場合は雇用の継続にかかわらず60歳時点で退職金が支給されます。退職金として一旦まとまった金額が支給されますので、賃金の低下も比較的受け入れやすくなる面はありますし、同一労働同一賃金の観点からも退職金がすでに支給されていることは考慮されうる事情の1つになります。
これに対して、定年延長を行った場合は 60歳で退職しない限り 60歳で退職金は支給されません。例外的に定年延長後も60歳時点で退職金を支給しているケースもありますが、退職所得税制の問題もありますので、あくまで経過的な措置という位置づけになります。
したがって、60前後で給与体系を切り分ける場合であってもやはり正規雇用として相応の処遇を確保しておく必要はありますし、それによって60歳以降も会社に貢献してほしいというメッセージをしっかりと社員に届けることができます。
こうした違いを踏まえた上で、定年延長するのか、継続雇用のままでいくのか、各社における人材活用の方針や社員のキャリアに対する考え方に合った対応を選択するとよいでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。