DB実施企業における企業型DC拠出限度額の経過措置の取扱い
2022年1月21日に「確定拠出年金法施行規則等の一部を改正する省令」が公布され、同日付で「確定拠出年金の拠出限度額の見直しについて(通知)」の改正など、関連する通知が発出されました。これにより、確定拠出年金(以下「DC」)の拠出限度額見直しに伴う各種手続が定められたほか、確定給付企業年金(以下「DB」)と企業型DCを併用している場合に適用される拠出限度額の経過措置の取扱いについて、詳細が明らかになりました。
企業型DCの拠出限度額に関する経過措置の概要
DBを併用している場合の企業型DCの拠出限度額は、現在は一律に月額27,500円とされており、DBを実施していない場合の拠出限度額(月額55,000円)の半分に設定されています。しかし、制度改正により、2024年12月以降は個々のDB制度ごとに企業型DCの拠出限度額を「月額55,000円-他制度掛金相当額」と定めることとされました。
ここで、他制度掛金相当額はDB仮想掛金額とも呼ばれ、各DB制度の標準的な給付額を掛金月額に換算した額であり、数理計算によって算出されます(簡便的には1人あたりの標準掛金額で算出)。
DBの給付水準が高ければ仮想掛金額も大きくなり、その分DC拠出限度額は小さくなります。逆にDBの給付水準が低ければ仮想掛金額も小さくなり、その分DC拠出限度額は大きくなります。これによって、たとえ給付水準が低くてもDBに加入しているとDCの拠出限度額が半分になってしまう状況を解消し、より公平な仕組みとすることが制度改正のねらいです。
しかし、DBの給付水準が高いケースでは、仮想掛金額が27,500円を超えることで現在よりもDC拠出限度額が減少してしまい、これまで拠出していた掛金が拠出できなくなる可能性があります。これは加入者にとって不利益となるため、制度改正が施行される2024年12月より前からDBと企業型DCを併用している企業に対しては、経過措置が設けられることとなりました。
具体的には、2024年12月以降、新たにDCの事業主掛金やDBの給付の見直しを行うまでの間は、従前の掛金拠出を継続することが認められています。今回の省令、通知改正により、この経過措置の適用や終了に関する詳細な基準が明らかになりました。
経過措置の取扱いの要点
経過措置の取扱いの詳細は厚生労働省からの「確定拠出年金の拠出限度額の見直しについて(通知)」(以下「通知」)に記載されていますが、その要点をまとめると次の4つになります。
1. どのような場合に経過措置が終了となるのか?
・ 企業型DC規約のうち事業主掛金に関する事項を変更する場合(月額27,500万円を超えて拠出しようとする場合を含む)
・ DB規約のうち給付に関する事項を変更することにより掛金の再計算を行う場合
・ DB等の他制度を実施・終了した場合(組織再編時の例外あり)
2. 経過措置はどの単位で適用されるのか?
・ 同一事業主の下で実施事業所が複数ある場合は、実施事業所単位で経過措置の適用を判断する
・ 複数事業主のDB・DC規約においても、実施事業所単位で経過措置の適用を判断する
3. 加入者の範囲を広げた場合の扱いは?
・ 既存の加入者と同じDC事業主掛金額・DB給付を適用する場合は経過措置の継続を可能とする
・ 新たにDC事業主掛金額やDB給付区分を設定した場合は経過措置を終了する
4. 組織再編が行われた場合の扱いは?
・ 事業所の統合・分割によりDB・DCの実施に該当する場合でも、対象となる加入者に従前と同じ規約が適用される場合には経過措置の継続が可能
・ ただし事業所統合時に経過措置の対象となっていないグループが存在している場合は経過措置の継続は不可
以下、それぞれについて詳しく見ていきます。
経過措置の終了に該当する要件(企業型DC規約の変更)
経過措置が終了するケースの1つ目は、企業型DC規約のうち事業主掛金に関する事項を変更した場合です。規約変更を行った場合でも、事業主掛金に関係しないものであれば経過措置の継続が可能です。
<経過措置の継続が可能な規約変更の例>
▶︎ 加入者資格の変更(正社員以外の従業員を新たに加入者とする場合など)
▶︎ マッチング拠出の導入または変更
▶︎ 運用商品や運用指図に関する規定の変更
▶︎ 給付の内容(選択肢)や支給額、支給時期に関する規定の変更
▶︎ 掛金の事業主返還に関する規定の変更
※いずれも事業主掛金額の算定方法に影響しないことが前提。加入者の範囲を広げた場合の扱いについては後述。
また、事業主掛金額については、実施事業所ごとに以下のいずれかの方法により定めることとなっています。
① 定額(全加入者同一の金額)
② 定率(掛金算定の基礎となる基準給与に対して全加入者同一の率)
③ 上記①②の組み合わせ
したがって、以下のいずれかを変更する場合は事業主掛金に関する事項の変更に該当し、経過措置は終了することとなります。
▶︎ ①または③により定めた「定額」の具体的な金額
▶︎ ②または③により定めた「定率」の具体的な率
▶︎ ②または③により定めた基準給与
このうち、基準給与の変更に関しては、例えば事業主掛金額を「賃金規程〇条に定める基本給×●%」と定めていたものを「退職金規程〇条に定めるポイント給与×●%」と変更した場合が該当します。ただし、経過措置終了の判断基準はあくまで企業型DC規約の変更とされていますので、基準給与の中身が変わっても規約の条文や別表の記載に変更がなければ(かつ、事業主掛金額が27,500円を超えることがなければ)経過措置を継続できます。
※通知に添付のQ&Aからの抜粋
基準給与を別紙などに定めており、引用先の退職金規程や給与規定を変更したとしても、DC規約に変更が生じない場合は、企業型DCの掛金に係る経過措置は引き続き適用されるか。
【回答】
DC規約において、DC法第3条第3項第7号の変更が生じず、事業主掛金額が月額2.75 万円を超えない場合には、経過措置は引き続き適用される。
そのため、あらかじめ(2024年12月より前に)退職金規程や確定拠出年金規程などの社内規程の中で「DC基準給与=事業主掛金額(27,500円以下)」となるように基準給与を定義し、企業型DC規約では事業主掛金額の算定方法を「基準給与×100%」と定めておくことで、経過措置の終了を回避しやすくなると考えられます。
経過措置の終了に該当する要件(DB規約の変更や実施・終了)
次に、経過措置が終了するケースの2つ目は、DB規約のうち給付に関する事項を変更することにより掛金の再計算を行った場合です。「給付に関する事項」がどの部分にあたるのかは、通知に添付のQ&Aで以下のように回答されています。
・第3章 基準給与、仮想個人勘定残高及び標準給与
⇒ 第7条・第8条
・第4章 給付
第1節 通則 ⇒ 第10条~第20条
第2節 老齢給付金 ⇒ 第21条~第25条
第3節 脱退一時金 ⇒ 第26条~第30条
第4節 障害給付金 ⇒ 第31条・第32条
第5節 遺族給付金 ⇒ 第33条~第38条
なお、附則は権利義務承継等の場合における個別の取扱いを規定するものであることから、「DB法第4条第5号に掲げる事項」に原則含めない
※DB規約例はこちらに掲載
例えば、次のような変更は「給付に関する事項の変更」に該当します。
▶︎ 給付算定方法の変更(給与比例制からポイント制に移行する場合など)
▶︎ 給付額の計算に用いる基準給与や支給率(据置利率や年金換算利率を含む)、再評価率の決定方法の変更
▶︎ リスク分担型企業年金の開始・終了
▶︎ 給付の種類(障害給付金及び遺族給付金)の追加・削除
▶︎ 一時金の支給要件の変更
▶︎ 年金の支給要件及び支給開始要件の変更(定年の引上げに伴い年金支給開始年齢を引き上げる場合など)
▶︎ 年金の支給期間や保証期間の変更
▶︎ 支給の繰下げの可否及び繰下げ可能期間の変更(定年の引上げに伴い老齢給付金の繰下げを可能とする場合など)
ただし、経過措置が終了となるのは(給付設計の変更により)掛金の再計算を行った場合とされているため、軽微な(または形式的な)変更で財政再計算が不要と判断された場合は経過措置の継続が可能と考えられます。
また、「給付に関する事項の変更」を伴わない以下のような規約変更や掛金の再計算については経過措置の継続が可能です。
▶︎ 定例の財政再計算
▶︎ 積立不足の解消やリスク対応掛金設定のための財政再計算
▶︎ 加入者資格の変更(正社員以外の従業員を新たに加入者とする場合など)による財政再計算
▶︎ 加入者数の著しい変動による財政再計算
▶︎ DBの統合・分割や権利義務の移転・承継による財政再計算
▶︎ 最低保全給付の算定方法の変更
※加入者の範囲を広げた場合や組織再編の場合の扱いについては後述。
最後に、経過措置が終了するケースの3つ目である「DB等の他制度を実施・終了した場合」については、以下のような場合が該当します。
▶︎ 自社単独で実施しているDBとは別に、新たに総合(連合)型DBに加入する場合
▶︎ 自社単独で実施しているDBとは別に加入していた総合(連合)型DBから脱退する場合、または総合(連合)型DBが終了する場合
ただし、後述のとおり、組織再編に伴うDBの実施の場合には経過措置の継続が可能となるケースもあります。
経過措置の適用単位
企業型DC及びDBを実施する同一事業主の下で実施事業所が複数ある場合は、実施事業所単位で経過措置の適用有無が判断されます。また、複数事業主により実施される企業型DC及びDBにおいても、実施事業所単位で経過措置の適用有無が判断されます。
<1つの規約に実施事業所が複数ある場合の事業所ごとの取扱い例>
事業所A:2024年12月以降に経過措置の終了に該当する変更を実施
⇒ 経過措置は終了
事業所B:経過措置の終了に該当する変更なし
⇒ 事業所Aの変更にかかわらず経過措置は継続
事業所C:2024年12月以降に新たに実施事業所として追加
⇒ 経過措置は適用されない(ただし後述のとおり組織再編時の例外あり)
なお、実施事業所が複数ある企業型DC規約またはDB規約において、経過措置の終了に該当するDC事業主掛金やDB給付の変更が全体的に行われる場合は、すべての実施事業所において経過措置が終了することになります。また、同一事業所内にグループ区分を新たに設け、DC事業主掛金やDB給付を別に定めた場合には、当該事業所における経過措置は終了します(同一事業所内で経過措置の適用の有無が混在することは認められない)。
加入者資格の変更により加入者範囲が追加される場合
同一事業所内において、企業型DCやDBの加入者資格の変更により加入者の範囲が追加された場合であっても、DC事業主掛金額やDB給付の定めに変更がない場合、つまり、事業主掛金額や給付の算定方法が既存の加入者と変わらない場合には経過措置の継続が可能です。これに対して、追加された加入者に対して新たにDC事業主掛金額やDB給付を定めた場合は、既存の加入者も含めて経過措置が終了します(同一事業所内で経過措置の適用の有無が混在することは認められない)。
例えば、正社員以外の従業員を新たに加入対象とする場合に、DC事業主掛金額やDB給付を正社員と同じ方法、内容により定める場合は経過措置の継続が可能ですが、正社員と別に定める場合は経過措置が終了します。
また、定年延長などによる加入者の年齢範囲の拡大に関しては、企業型DCについては事業主掛金額の算定方法を同じにすることで経過措置の継続が可能と考えられます。一方、DBについては年金の支給開始時期など給付設計にも影響することから、経過措置の終了につながる可能性が高いと考えられます。
組織再編等に伴う実施事業所の追加に関する特例
企業の合併や分割などの組織再編が行われた場合、DC事業主掛金額やDB給付の算定方法、内容を維持したまま、実施事業所の追加が行われることが想定されます。新たに実施事業所が追加された場合は前述のとおり経過措置は適用されないのが原則ですが、組織再編に伴う追加については経過措置の継続を認める特例が設けられています。具体的には、以下のようなケースで経過措置の継続が可能となります。
▶︎ 実施事業所の分割や会社分割により実施事業所を追加する場合で、追加された実施事業所の加入者に対して従前と同じ規約が適用されるケース(グループ企業で実施しているDBや企業型DC内での企業分割などが想定される)
▶︎ 事業所の統合や会社統合により、実施事業所(事業所Bとする)が他の事業所(事業所Aとする)に統合される場合で、事業所Bの加入者に従前と同じ規約を適用するために事業所Aを実施事業所に追加するケース
▶︎ DBの実施事業所が他のDB規約に事業所ごと移転することにより実施事業所が追加される場合で、移転前後で給付内容をそのまま引き継ぐケース
※DBの給付設計が変更される場合や、企業型DCの実施事業所が他の企業型DC規約に事業所ごと移転する場合には、経過措置は終了
ただし、いずれのケースも経過措置の終了に該当するDC事業主掛金やDB給付の変更がないことが前提となります。また、これらの特例の適用を受けるには、実施事業所の統合・分割や組織再編等の事実を示す書類等の提出が必要です。なお、同一事業所内で経過措置の適用の有無が混在することは認められないため、事業所統合の際に、統合先に経過措置が適用されない加入者が存在する場合は経過措置の継続はできません。
実際のところ、グループ企業で共通のDCやDBを実施しており、その中で合併や分割がある場合は経過措置の継続が可能なケースが多くなると考えられます。一方で、グループを離れる(移る)場合や、別々のDCやDBを実施している企業同士が合併する場合は制度変更が避けられず、経過措置が終了となるケースが多くなると考えられます。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
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