【人事必見】選択制DC (DB) 実施企業が従業員に説明すべきこと
企業型確定拠出年金は、2020年12月末時点で6,522規約、加入者数は約751万人と導入する企業は日に日に増えています。
2020年10月1日、確定拠出年金の法令解釈通知が改正・施行され、いわゆる給与切り出し型の選択制確定拠出年金 (以下「選択制DC」) を実施する事業主に対して、「社会保険・雇用保険等の給付額にも影響する可能性を含めて、事業主は従業員に正確な説明を行う必要があること」が追加されました。また、「確定拠出年金Q&A」には具体的な事例を用いて説明することが望ましい旨を記載する予定となっています。本コラムでは選択制DCとはどのようなもので、事業主は具体的にどのような説明を求められるのかについて解説します。
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選択制DCの仕組みと問題点
選択制DCとは、企業型確定拠出年金 (以下「企業型DC」) において、事業主掛金相当額の一部または全部について、本人の選択により (事業主掛金としてではなく) 給与や賞与に上乗せして受け取ることを選択できる仕組みです。当初は、退職金制度の一部を企業型DCに移行する際に前払い退職金との選択制という形で実施されるケースが多かったのですが、最近では給与や賞与を財源としたいわゆる給与切り出し型の選択制DCが増えています。
給与切り出し型の選択制DCの場合、企業は財源を追加で用意したり、既存の退職金制度に手を付けることなく企業型DCを実施することが可能であり、従業員に対して老後資金を積み立てる手段を提供することができます。また、従業員が事業主掛金の拠出を選択することで給与や標準報酬月額が減少し、企業としては社会保険料の負担が減少するメリットもあります (社会保険料負担の減少分を事業主掛金への上乗せという形で従業員に還元するケースもあります) 。
従業員にとっても事業主掛金の拠出を選択することで税金や社会保険料の負担が軽減されるため、こうしたメリットを打ち出すことで選択制DCを新たに実施する企業が増えてきたようです。
しかし、社会保険の負担と給付は表裏一体であり、社会保険料の負担が減るということは、将来社会保険から受け取れる給付も減ることを意味します。こうしたデメリットが従業員に十分説明されないまま選択制DCが導入されているケースが多いとみられることが、今回の法令解釈通知の改正につながっています。
なお、同様の仕組みは確定給付企業年金を活用して実施することもできます (「選択制DB」) 。今回の通知改正は確定拠出年金に関するものですが、選択制DBの実施 (規約承認申請) にあたっても厚生局では同様の審査が行われており、選択制DCと同等の対応が必要になると考えておくべきでしょう。
具体的に何を説明すればよいのか
では、選択制DC (もしくは選択制DB) の実施にあたって、従業員にはどのような説明を行えばよいのでしょうか。通知改正の趣旨を考えると、給与に代えて事業主掛金の拠出を選択した場合に、 (メリットだけでなく) どのようなデメリットがあるのかを具体的に説明することが必要だと考えられます。
事業主掛金を選択することで毎月の手取り収入が減少することはもちろんですが、それに加えて以下のとおり様々な社会保険給付にも影響を及ぼすことになります。
例えば老齢厚生年金を例にとると、給与の減少により標準報酬月額の等級が下がった場合、厚生年金保険料の負担が減る代わりに65歳以降に受け取れる年金額も減少します。65歳以降何歳まで生きるか (何歳まで老齢厚生年金を受給するか) などの条件によって結果は異なりますが、総額では社会保険料負担の減少よりも年金給付額の減少のほうが大きくなる可能性があります。
また、給与の減少が影響する社会保険給付には、障害・遺族厚生年金や傷病手当金のように病気やケガにより働けなくなったときの補償や、失業・育児休業などにより収入を失った時の補償も含まれます。こうした補償を選択制DCの積立てでカバーすることは難しいため、万一の場合の備えが十分でない場合には事業主掛金の選択は慎重に考えたほうがよいかもいしれません。
これに対して、標準報酬月額の上限 (厚生年金保険の場合65万円) を超えるような給与収入がある場合には、給与が減少しても社会保険の負担や給付に与える影響は小さく、税制の観点から事業主掛金を選択するメリットが大きくなります。
このように、家計・資産の状況や収入の多寡などによって望ましい選択肢は異なってきますので、社会保険や税の仕組みをしっかりと理解したうえで自身の状況に応じた適切な選択ができるよう、十分な説明を行うことが求められます。
なお、社会保険とは直接関係ありませんが、事業主掛金の選択による給与の減少は割増賃金 (残業代) にも影響する可能性があります。これについては、給与か事業主掛金かの選択によって差が出ないよう、確定拠出年金への積立て分を含めた金額をもとに割増賃金を算定することが望ましいといえますが、仮に事業主掛金分を割増賃金の基礎に含めない場合には、残業代が減る可能性についても説明しておくべきでしょう。
また、選択制DCではなくiDeCo (個人型確定拠出年金) に加入する場合には、いったん給与として受け取った中から掛金を拠出しますので、社会保険に全く影響を与えることなく老後資金を積み立てることができます。さらに税制上の観点からは、選択制DCの場合には給与の減少とともに給与所得控除や社会保険料控除も減少するため、課税所得の減少幅は事業主掛金よりも小さくなりますが、iDeCoの掛金はその全額が課税所得からマイナスされるため、節税効果はより大きくなります。
iDeCoへの加入にあたっては金融機関選びや諸手続きは自分で行う必要があり、手数料も自己負担となる点については注意が必要ですが、従業員にとっての選択肢の1つとして説明しておくことが望ましいでしょう。
選択制を社員に対する社会保障教育の機会ととらえる
上記のとおり、今回の通知改正の背景には給与切り出し型の選択制DC (及び選択制DB) における問題点があったわけですが、必ずしも選択制DCの仕組み自体が悪いわけではありません。従業員にとっては税金や社会保険料負担を軽減しながら老後資金を積み立てる新たな選択肢が用意されるわけですから、その注意点を十分に理解したうえで選択がなされるよう、適切な説明が行われているかどうかが重要です。
会社員が納付する税金や社会保険料は自動的に計算されて給与から天引きされるため、多くの従業員は税金や社会保険料の仕組みをよく理解していません。しかし、人生100年時代と言われるように就業期間は長期化し、企業は終身雇用を確保するのが難しくなってきています。従業員が主体的に自らのキャリアプランやマネープランを立てていくことは、企業と個人の双方にとって重要な課題となりつつあります。
こうした中で、選択制DCの実施を契機として、従業員に税や社会保険についての関心をもってもらい、選択肢を考えることを通じて将来のキャリアプランやマネープランを考える機会を定期的に設けることは大いに意味のあることだといえます。むしろ、従業員に対してそうした機会を提供することを選択制DCの実施目的と位置付け、それを支援するための施策として税や社会保険についての教育を行っていくことが重要になっていくのではないでしょうか。
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