【人事必見】個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入者拡大に企業はどう対応すべきか?
掲載日:2019年1月17日
確定拠出年金法の改正によって2017年から個人型確定拠出年金(iDeCo)への加入対象が広がったのをきっかけにiDeCoの加入者は大幅に増え、2018年8月には100万人を突破しました。iDeCoは個人の意思により、自分で手続きを行って加入する制度ですが、会社員のiDeCoへの加入にあたっては企業側にも対応が求められます。
事務手続きの観点から
大きく増加したiDeCoの加入者
2016年5月に成立した改正確定拠出年金法によりiDeCoの加入対象が大幅に拡大され、2017年1月以降は60歳未満の公的年金の加入者であれば基本的に誰でもiDeCoに加入できるようになりました(企業型確定拠出年金(企業型DC)の加入者については、iDeCoへの加入を認める企業型DCの規約変更が前提となる)。
確定拠出年金はもともと企業年金の1つとして創設された制度であり、iDeCoは企業年金がない人のための補完的な制度としての位置づけでした。制度を所管する国民年金基金連合会や、実際に加入者に対してサービスを提供する窓口となる金融機関も積極的にPRしてこなかったこともあって、iDeCoの加入者数は2016年3月末時点では25.7万人と加入対象者の1%にも満たない状況であり、加入者数が548万人に達していた企業型DCには大きく後れをとっていました。
しかし改正法の成立後は各種メディアでも取り上げられることが多くなり、大型の書店にはiDeCoに関する書籍が何種類も並べられるほどになりました。
政府も官民の連携による「確定拠出年金普及・推進協議会」を設置し、個人型確定拠出年金の愛称「iDeCo(イデコ)」やそのロゴを決定するなど、PRに本腰を入れ始めました。これまで消極的だった金融機関側も、運用商品の一新や手数料の引き下げを行ったり、新たにiDeCoに参入する金融機関が現れるなど、顧客の獲得に向けた動きが活発化しました。
その結果、2017年1月以降はそれ以前と比べてiDeCoの新規加入者が急増し、2018年8月には加入者は100万人に到達しました。
<iDeCo加入者100万人突破記念ロゴ>
なぜここまでiDeCoが注目されているかというと、税制上のメリットが非常に大きいからです。iDeCoに積み立てる掛金は全額所得控除されるため、その分、所得税・住民税の負担を減らすことができます。
例えば課税所得が300万円の場合、所得税・住民税を合わせて掛金の約20%の節税効果があります。毎月の掛金が1万円だとすると、実質年9.6万円の負担で12万円の積み立てを行うことができるわけです。
こうした税制優遇措置の背景には、少子高齢化や経済の低迷による公的年金や企業年金の後退、それに個人のライフコースの多様化があります。確定拠出年金法の改正は、老後の所得保障を国や企業だけに頼ることはもはや限界であり、個人の自助努力が求められることを国自身が認め、それを支援する立場に転換したことを意味しているといってよいでしょう。
企業も対応が求められるiDeCo
iDeCoは個人が自分の意思で加入する制度であり、加入手続きも自分で行う必要があります。企業型DCとは異なり、企業側が投資教育の義務を負うこともありません。しかし、従業員のiDeCoへの加入にあたっては、証明書の記入をはじめとして、企業側にも対応すべき事務がいくつか発生します。
※以下は、事業所登録申請書兼第2号加入者に係る事業主の証明書 (K-101A)を開きながらご覧ください。
(1)加入資格等の証明
iDeCoの加入者は第1号加入者(自営業者等)、第2号加入者(会社員・公務員等)、第3号被保険者(専業主婦等)に分かれ、更に第2号加入者については企業年金等への加入状況によりiDeCoに拠出できる掛金の限度額が異なります。また、規約でiDeCoへの加入を認めていない企業型DCの加入者はiDeCoに加入することはできません。
このため、iDeCoへの加入を希望する従業員に対して、事業主には加入資格の有無や企業年金への加入状況に関する証明書への記入が求められます。証明書の右半分は加入資格の区分を判別するためのフローチャートとなっており、これにしたがって確認した番号を「4.企業年金制度等の加入状況」に記入します。
加入資格等の証明が必要なのは加入時だけではありません。加入後も毎年6月頃にiDeCoに加入している従業員に対しての証明書が記録関連運営管理機関(加入者についての情報を記録・保存している機関)から送られてくるため、証明書への記入と返送手続きが必要となります。
(2)掛金の払込方法と所得控除の手続き
第2号加入者(会社員・公務員等)の場合、iDeCo掛金の払い込み方法には、事業主払込(給与天引き)と個人払込(個人の金融機関口座からの引き落とし)の2つがあります。従業員が事業主払込を希望した場合、企業側は「正当な理由なくこれを拒否してはならない」とされています(確定拠出年金法70条3項)。ただ最終的には企業側が給与計算事務への影響等も考慮して判断するとなるため、「7.掛金の納付方法」で該当する方法を選択(記入)します。
なお、事業主払込による社内で最初の加入者については、 個人型年金加入申出書(K-001)(及び複写となっている預金口座振替依頼書)への掛金引落口座情報の記入、押印も必要となります。
また、掛金の払い込み方法によって、所得控除の手続きも異なってきます。事業主払込で対応する場合は源泉徴収の際にその都度給与から掛金を控除することとなるため、従業員本人は年末調整や確定申告の手続きは不要です。一方個人払込の場合には、国民年金基金連合会から各加入者あてに毎年10月頃に掛金の払込証明書が送られるため、これを添付して年末調整または確定申告の手続きを行うこととなります。
(3)事業所登録
国民年金基金連合会では、iDeCoの加入者がいる事業所に対して必要な案内を行えるよう、事業所登録を行っています。社内で初めてiDeCoへの加入を希望する従業員が現れたときには「6.連合会への「事業所登録」の有無等」で「いずれの登録もない」を選択し、提出することで、連合会にて登録手続きが行われ、その後事業所に対して登録事業所番号が通知されます。以後、追加の加入希望者があったときには通知された登録事業所番号を記入します。
また、掛金の払込方法によって連合会の事務も異なってくるため、事業主払込と個人払込では別々に事業所登録を行うこととなっています。したがって、同じ会社で2つの方法を併用する(事業主払込の加入者と個人払込の加入者がいる)場合には登録事業所番号も2つになるため、これらを混同しないように注意が必要です。
従業員の自助努力の支援の観点から
次に、従業員の自助努力の支援の観点から、確定拠出年金の活用について、企業型及び個人型の両面からお話します。
iDeCoだけではない確定拠出年金を活用した自助努力の仕組み
法改正により基本的に誰でも加入できるようになったiDeCoですが、すでに企業型確定拠出年金(企業型DC)を実施している場合には、企業の拠出限度額を引き下げたうえでiDeCoへの同時加入を認める規約変更を行う必要があります。ただ拠出限度額の引き下げによって掛金が減額されてしまう従業員がいるような場合には、こうした対応は難しいでしょう。しかし確定拠出年金の税制優遇を活用した従業員の自助努力のための仕組みはiDeCoだけではありません。
その1つが企業型DCにおけるマッチング拠出であり、企業が拠出する掛金に従業員が自分の給与から掛金を上乗せできる仕組みです。これは2012年から可能となった仕組みで、企業型DCを実施する企業のうち3割程度が導入済みとなっています(2018年11月末現在、厚生労働省「企業型年金の運用実態について」より)。マッチング拠出による上乗せ掛金は全額所得控除されるため、iDeCoと同様の節税メリットがあります(マッチング拠出を導入している場合にはiDeCoへの加入は不可)。
もう1つは選択制DCと呼ばれる方法であり、従業員の選択により給与(または賞与)の一部を減額して、その分を企業型DCの掛金に回すようにできる仕組みです。形式的には企業が拠出する掛金となりますが、実質的には従業員が自分の給与から掛金を積み立てる仕組みといえます。この方法は給与自体が減額されるため、税負担のほか社会保険料負担も減少するのが特徴であり、マッチング拠出の制度が導入される以前から一部の企業で採用されていました。
【 図表1 】個人型DCだけではない「従業員の自助努力」の仕組み
各方法の比較~Ⅰ.従業員の拠出可能額の観点から
上記で紹介した3つの方法については、従業員が(実質的に)自分の給与から積み立てることのできる掛金の額がそれぞれ異なります。これを示したのが以下のイメージ図です。
【 図表2 】従業員の拠出可能額の比較(企業型DC未実施の場合)
(注)掛金はすべて月額ベース。カッコ内はDBまたは厚生年金基金を実施している場合の額。
【 図表3 】従業員の拠出可能額の比較(既に企業型DCを実施している場合)
(注)掛金はすべて月額ベース。カッコ内はDBまたは厚生年金基金を実施している場合の額。
どの方法も、企業と従業員の掛金の合計は、最大月5.5万円(企業型DC以外の企業年金を実施している場合は2.75万円)で同じですが、この枠を最大限活用できるのは選択制DCです。給与から選択制DC掛金に回せる金額を大きく設定することにより、枠の「使い残し」を限りなく小さくすることができます(枠を超過した分は給与として支給する)。
iDeCoについては、企業が拠出する掛金の額にかかわらず月2.3万円(企業型DCを実施している場合は2万円、他の企業年金を実施している場合は1.2万円)が掛金の上限となっています。また、前記のとおり、企業型DCとiDeCoの両方に加入できるようにするには、企業型DCの拠出限度額をiDeCoの掛金上限額の分だけ引き下げる必要があります。
マッチング拠出については、従業員が上乗せできる掛金は、企業が拠出する掛金以下でなければならないという制約があります。したがって、企業の掛金が全体の拠出限度額の半分以下である場合、枠の使い残しが出てしまうことになります。
従業員ができるだけ多くの掛金を積み立てられるようにするという点では、選択制DCが最も柔軟性のある方法ということができます。
各方法の比較~Ⅱ.その他の観点から
次に、従業員の拠出可能額以外の観点から3つの方法を比較したのが以下の表です。
【 図表4 】拠出可能額以外の項目での比較
(注)企業型DCとiDeCoを併用する場合
※企業型DCにおいてiDeCoへの同時加入を認めない場合でも、企業型DCの加入者とならない従業員(パート社員等を含む)は個人型DCへ加入できる。
まず選択制DCの特徴として、給与自体を減額することから、税金だけでなく社会保険料の負担も減らすことができます。同じ掛金額で比べた場合、掛金を拠出した後の手取り収入が最も多くなるのが選択制DCです。また、社会保険料の負担は基本的に労使折半ですから、企業にとっても費用負担を減らすメリットがあります。従業員の自助努力の支援という観点からは、選択制DCへの掛金拠出を選択した従業員に対するインセンティブとして、社会保険料の会社負担軽減分を掛金に上乗せすることも考えられます。
但し選択制DCには注意点もあります。給与の減少により、それに連動して将来の厚生年金や傷病手当金なども減少してしまう点です。厚生年金の減少については選択制DCで積み立てた資産によりカバーされますが、病気やケガで働けなくなった場合や失業した場合の社会保障給付の減少はカバーできません(60歳になるか、一定の障害状態と認定されるまでは、選択制DCの資産を引き出すことはできない)。選択制DCを実施する場合はこの点についても従業員に説明しておくべきでしょう。
iDeCoに関しては、個人が加入したいプラン(運用商品のラインナップ)を複数の運営管理機関の中から自由に選択できる代わりに、口座管理手数料は自己負担となります。手数料の水準は各運営管理機関によって異なりますが、制度の運営主体である国民年基金連合会や、資産管理を行う金融機関への手数料として、加入時に2,777円、積立期間中に年間2,004円(いずれも税込、2019年1月現在)の費用負担は必ず発生します。また、企業型DCとiDeCoを併用する場合には、資産の運用・管理を別々に行う必要があります。
一方マッチング拠出の場合には企業型DCの中で掛金の上乗せを行うため、従業員に別途手数料負担が発生することはなく、資産の運用・管理は一体で行われます。運用商品は企業型DCで用意された商品の中でしか選択できませんが、運営管理機関に対して自分で加入手続きを行う必要はなく、従業員にとっては利用しやすい仕組みといえます。
仕組みの有効活用に必要なこと
上記のように、確定拠出年金は、老後の所得確保に向けた従業員の自助努力を税制優遇によって後押しできる仕組みですが、それが有効活用されるためには従業員にしっかりと周知することが必要です。
企業年金連合会が実施した調査(2016年)によると、企業型DCのマッチング拠出を実施している企業において、実際にマッチング拠出を利用している加入者の割合は3割程度にとどまっています。またiDeCoに関しても、加入者が大幅に増えたとはいえ、2018年11月時点の第2号加入者(公務員等の共済組合員を除く)は約70万人であり、加入可能者全体からみれば2%程度に過ぎません。
2016年に当社が実施した会社員を対象とした意識調査によると、以下のとおり、老後の年金収入や、退職金・自助努力による準備に不安をもつ回答が多数を占める結果となっていますが、それに対して資金計画を立て、具体的な行動に移すことができていない人が多いのが現状です。
【 図表5 】会社員を対象とした老後の資金計画に関する意識調査結果
〈質問〉老後に対する不安はありますか?ある場合は、主にどんなことが不安ですか。(複数回答可)
iDeCo、マッチング拠出、選択制DCといった仕組みが有効活用されるには、公的年金や退職金についての知識も含めた老後の生活設計に必要な情報を従業員にしっかりと伝えたうえで、自助努力の必要性や税制優遇などのメリットを理解してもらうことが求められます。また、そうすることで、確定拠出年金を活用した自助努力の仕組みを従業員満足度の向上につなげていくことができるでしょう。