退職金にかかる税金は受け取り方によって違う | 連載「退職金がない会社は今すぐ辞めるべきか」
退職金は通常、退職時に一時金 (一括払い) で受け取るものですが、企業年金のある会社では年金 (分割払い) で受け取ることもできます。また、企業年金制度の内容によっては、一時金受取と年金受取を組み合わせたり、受取の時期や期間を選択することもできます。
年金で受け取ると利息分が上乗せされるなどしてトータルの給付額を増やすことができますが、手取りで考える際には受取方法の違いによる税金や保険料の違いも考慮しなければなりません。今回は、確定給付企業年金を想定した以下のようなケースをもとに、退職金の受取方法による手取り収入の違いについて解説します。
【想定ケース】
- ・退職金の総額は 2,200 万円
- ・退職時の勤続年数は 35 年
- ・受取方法の選択肢は以下の 5 つ
- ①全部を一時金で受け取る
- ②75 %を一時金で受け取り、25 %を年金で受け取る
- ③50 %を一時金で受け取り、50 %を年金で受け取る
- ④75 %を一時金で受け取り、25 %を年金で受け取る
- ⑤全部を年金で受け取る
- ・一時金は退職時に、年金は退職後 10 年間にわたって受け取る
- ・年金受取の場合は年 2.5 %相当の利息が加算され、一時金額 100 に対して年金年額は 11.309 (10 年間の合計で 113.09) となる。
全部を一時金で受け取る場合 (選択肢 ①)
退職金を一時金として受け取る場合、税金の計算上、その収入は「退職所得」に分類されます。退職所得に対する税金は他の所得とは分離して計算されるため (これを「分離課税」という)、給与や年金など退職金以外の収入を考慮する必要はありません。
退職所得に対する税金は次のステップにより計算されます。
- (1) 収入額から「退職所得控除」を差し引く
- (2) 2 分の 1 を掛ける
- (3) 所得税・住民税の税率を掛ける
(1) の退職所得控除は退職時の勤続年数 (1 年未満切り上げ) をもとに、20 年までの期間は 1 年あたり 40 万円、20 年を超える期間は 1 年あたり 70 万円で計算します。今回のケースでは勤続 35 年としているので、退職所得控除の額は
40 万円 × 20 年 + 70 万円 × 15 年 = 1,850 万円
となります。
これを退職金の総額である 2,200 万円から差し引いた 350 万円が (1) の結果です。そしてこれに 2 分の 1 を掛けた 175 万円が (2) の結果です。
最後の (3) の税率は所得税が 5 %、住民税が 10 %ですが、2037 年までは復興特別所得税が所得税額に対して2.1 %かかるため、これを加味すると所得税率は 5 % × 1.021 = 5.105 %と計算されます。したがって、最終的な税金の額は
175 万円 × (5.105 % + 10 %) = 26 万 4,337 円
となります。
つまり、退職金の額面 2,200 万円に対して、税金を差し引いた手取りの金額はおよそ 2,174 万円となります。
なお、住民税の税率は金額にかかわらず 10 % (一部地域を除く) ですが、所得税の税率は金額が大きくなるにつれて段階的に上がっていきます。詳細は国税庁のタックスアンサーNo.2260 所得税の税率を参照ください。
全部を年金で受け取る場合 (選択肢 ⑤)
退職金を年金として受け取る場合、税金の計算上、その収入は公的年金と同じ「雑所得」に分類され、「公的年金等控除」の対象となります。公的年金等控除の額は年齢や年金の収入額によって異なります。詳細は国税庁タックスアンサーNo.1600 公的年金等の課税関係を参照ください。
雑所得は退職所得とは異なり、給与所得など他の所得と合算して税金を計算します (これを「総合課税」という)。そのため、給与や公的年金などの収入も考慮に入れる必要があります。
また、会社に勤務している間は、社会保険料は給与 (標準報酬) に応じて天引きされますが、退職して引退したり個人事業主になると各市区町村に国民健康保険や介護保険の保険料を納めることになります。その保険料は企業年金を含む所得に応じて計算されるため、手取り収入を考えるにはこれも考慮しなければなりません。なお、保険料は市区町村により異なるため、具体的な金額は個別に確認する必要があります。自治体によっては Web サイトに試算ツールや保険料の表を掲載しているので調べてみるとよいでしょう。
今回の想定ケースでは、全部を年金で受け取った場合の年金額は
2,200 万円 × 0.11309 ≒ 248.8 万円 (10 年間の合計でおよそ 2,488 万円)
となりますが、手取りで考えたときの実質収入がいくらになるのか、いくつかの前提を置いて試算すると次のようになります。(60 歳で定年退職、その後継続雇用となり 65 歳での引退を想定)。
退職金を全部年金で受け取ることによる手取り収入の増加分は 10 年間の合計でおよそ 2,047 万円であり、全部を一時金で受け取る ① の場合 (2,174 万円) と比べると 130 万円近く少ない結果となります。ただし年金受取の場合の手取り額は、60 歳以降の働き方やその収入、扶養の有無、住んでいる地域など、様々な条件によって変わる点に注意が必要です。
一時金と年金を組み合わせて受け取る場合 (選択肢 ② ~ ④)
一時金と年金を組み合わせて受け取る場合、一時金で受け取った分は退職所得、年金で受け取った分は雑所得 (公的年金等控除の対象) として税金や保険料が計算されます。以下、75 %を一時金で受け取り、25 %を年金で受け取る場合 (選択肢 ②) で考えます。
まず、一時金での収入額は下記のとおりですが、これは選択肢 ①のところで計算した退職所得控除の額 (1,850 万円) を下回るため、全額非課税となります。つまり 1,650 万円がそのまま手取り収入となります。
2,200 万円 × 75 % = 1,650 万円
次に、年金額は
2,200 万円 × 25 % × 0.11309 ≒ 62.2 万円 (10 年間の合計でおよそ 622 万円)
となり、選択肢 ⑤ の場合と同じ前提で手取り収入を試算すると次のようになります。
年金受取に対する手取り収入の増加分は 10 年間の合計でおよそ 536 万円であり、一時金の手取り収入 (1,650 万円) と合計すると 2,186 万円となります。同様に、③ ④ についても同じ前提で手取り収入の合計額を試算し、それぞれの結果をまとめると次のようになります。
今回の想定ケースでは、手取り収入が最も大きくなるのは選択肢 ② という結果になりました。ただし、前述のとおり年金受取の場合の税金や保険料負担は様々な条件によって変わるため、同じケースでも必ず選択肢 ② が最大になるとは限らない点に注意が必要です。
一般に、税金や保険料負担の観点からは一時金受取が有利であると言われますが、今回のように条件によってはそうでないケースもあります。特に、退職金の総額が退職所得控除の額を超える場合や、年金受取時に上乗せされる利息の利率が高い場合、および終身年金が選択できる場合には、年金での受取も検討するとよいでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
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