最大限に活用したい企業型確定拠出年金 | 連載「退職金がない会社は今すぐ辞めるべきか」
2001 年に日本でスタートした確定拠出年金制度はその勢力を着実に拡大しており、会社員のおよそ 6 人に 1 人は企業型確定拠出年金の加入者となっています。企業型確定拠出年金は会社が従業員のために実施する退職金制度の 1 つに位置づけられますが、他の制度とは異なり個人の選択により将来受け取る金額が変わってきます。自社の制度内容をよく理解し、適切な選択を行うことで、企業型確定拠出年金を最大限に活用できるようにしましょう。
なお、確定拠出年金には企業型と個人型がありますが、以下特に断りのない限り企業型のほうを指すものとします。
加入するかどうかの選択
確定拠出年金を実施する際、加入対象となる従業員の範囲の決め方にはいくつかの方法があり、一定の資格を持つ従業員 (例えば正社員) 全員を加入者とする会社もあれば、一定の資格を持つ従業員のうち「希望する者」を加入者とする会社もあります。希望する者のみを加入者とする場合には、会社は希望しない者に対して必ず「代替措置」を設けなければなりません。具体的には、確定拠出年金の掛金と同等レベルの金額を給与や賞与、確定拠出年金以外の退職金等に上乗せする必要があります。
一般的には、加入対象を「希望する者」としている企業では、給与や賞与との選択制としているケースが多くなっています。従業員にとっては、同じ金額を確定拠出年金の掛金として積み立てるのか、給与や賞与に含めて受け取るのかの選択肢ができることになります。確定拠出年金に加入するメリット・デメリットには以下のようなものがありますので、これらを理解したうえで加入するかどうかを判断するとよいでしょう。
■ 確定拠出年金に加入するメリット
確定拠出年金に加入するメリットの 1 つは税金や社会保険料を節約できることです。例えば確定拠出年金の掛金を月 1 万円とした場合、確定拠出年金に加入せずに同じ金額を給与や賞与として受け取ると、天引きされる所得税や住民税、社会保険料 (厚生年金保険料や健康保険料など) も増えてしまうため、手取り収入は 1 万円も増えません (正確には、社会保険料については標準報酬の等級が上がるかどうかによる) 。もとの収入水準などにもよりますが、手取り収入の増加は 7 割 (7,000 円) 程度になることもあります。
これに対して、確定拠出年金の掛金はその全額が個人の専用口座に積み立てられます。また、確定拠出年金口座にある資産については運用益に税金がかかりません (通常の銀行口座や証券口座では利息や運用益に対しておよそ 20 %が課税される) 。
その代わり、確定拠出年金では受け取り時に退職所得 (一時金で受け取る場合) や雑所得 (年金で受け取る場合) となりますが、退職所得控除や公的年金等控除の対象となるため、結果的に非課税となったり、課税される場合でも給与等で受け取る場合と比べて小さな負担で済みます。
また、加入期間中の口座管理等の手数料は会社負担なのが一般的です。確定拠出年金に加入することで、税金や社会保険料、手数料の負担を最小限に抑えながら毎月確実に老後 (引退後) の資金を積み立てていくことができます。老後資金の積み立てには個人年金保険など他の方法もありますが、最優先で考えたいのが確定拠出年金の利用です。
■ 確定拠出年金に加入するデメリット
確定拠出年金への加入には上記のとおり大きなメリットがある一方で、注意すべき点もあります。まず第一に、確定拠出年金に積み立てた資産は原則として 60 歳まで引き出せない点です。税金や社会保険料を節約できるからといって月々の支出を賄えなくなるほど掛金を拠出し、ローンを組んでしまうようでは本末転倒です。また、60 歳になるまでは住宅資金や教育資金として使うこともできませんので、これらの資金準備とのバランスも考えておくことが必要です。
2 つ目は、いったん確定拠出年金に加入すると、退職する (または 60 歳になる) まではやめることができない点です。休職などにより給与の支払いがストップしたときには掛金の拠出も一時的に停止されますが、それ以外の場合は掛金の拠出を止めたくても止めることはできません。この点については、次に説明する掛金額の選択ができるかどうかもあわせて考えるとよいでしょう。
3 つ目は、社会保険料の負担が減る一方で、将来受け取る厚生年金の額や、ケガや病気で働けなくなったときの傷病手当金、失業したときの失業手当などの給付も減ってしまう可能性がある点です。老齢厚生年金の減少については確定拠出年金の積み立てでカバーすることができますが、現役時代に受給される傷病手当金や失業給付の減少は確定拠出年金ではカバーできません。万が一働けなくなったときのことを想定すると、確定拠出年金に加入することで貯蓄ができなくなるような状況では慎重に考えたほうがよいかもしれません。なお、高度障害の要件に該当した場合には、60 歳未満であっても確定拠出年金から障害給付金を受け取ることが可能です。
確定拠出年金への加入を選択制としている会社では、加入の機会を定期的に設けているのが一般的です。当初は加入を見送った場合でも、家計の状況などを見ながらその都度加入するかどうかを検討するとよいでしょう。
会社によっては確定拠出年金への加入を選択した従業員に対して、奨励金などの名目で掛金を上乗せしているケースもあります。従業員が確定拠出年金に加入することで会社が負担すべき社会保険料も減らすことができるため、これを従業員に還元する意味合いがあります。こうしたケースでは、相対的に確定拠出年金に加入することのメリットが大きくなります。
掛金額の選択
確定拠出年金の掛金額 (事業主掛金) は規約の定めにより決定されますが、中には加入者である各従業員がいくつかのパターンから選択できるようにしているケースもあります。例えば、月額 3 万円の「前払退職金」を設定し、このうちいくらを確定拠出年金の掛金として積み立て、いくらを給与として受け取るかを各従業員が 5,000 円刻みで選べるようにするといったような仕組みです。
このようなケースでより大きな掛金を選択することのメリットとデメリットは、上で説明した確定拠出年金に加入する場合のメリット・デメリットと基本的に同じです。掛金額の変更については会社によって異なりますが、年 1 回程度定期的に変更できるようにしているのが一般的です。
また、例えば月額 1,000 円といった非常に低い掛金設定を設けているケースもあります。これは、確定拠出年金への加入を選択制としている場合に、いったん加入すると退職する (または 60 歳になる) まで掛金の拠出を止めることができない点を考慮したものです。最低限の掛金設定があることで、実質的に掛金の停止に近い選択ができるようになります。こうした選択肢があると加入のハードルが下がりますね。
もう 1 つ、確定拠出年金で従業員自身が掛金を選択できる仕組みに「マッチング拠出」があります。マッチング拠出は制度全体のおよそ 4 割で導入されていて、事業主掛金とは別に、従業員が自分の給与から「加入者掛金」を上乗せすることができます。なお、マッチング拠出が導入されているケースでは、事業主掛金は勤続年数や資格等級、基本給などに応じて決定 (算定) され、選択肢は設けられていないのが一般的です。
マッチング拠出はいったん給与として受け取った額から加入者掛金として拠出するため、社会保険には影響しません。一方で加入者掛金はその全額が所得から控除されるため、節税メリットを生かしながら積み立てを増やすことができます。例えば課税所得が 195 万円超 330 万円以下の範囲であれば、掛金の 2 割相当が所得税・住民税から差し引かれるため、実質的な負担は 8 割で済みます。
マッチング拠出の加入者掛金には複数の選択肢が用意されており、年に 1 回変更することができるようになっています。また、加入者掛金については掛金の拠出を停止したり再開することも可能です。従業員にとっては柔軟性が高く、積極的に活用したい仕組みです。
ただし、マッチング拠出の加入者掛金には法令により以下の制限がかけられています。
- ・事業主掛金以下であること。
- ・事業主掛金と合計して掛金の拠出限度額 (月額 5.5 万円または 2.75 万円) 以下であること。
このため、事業主掛金が非常に低かったり、逆に拠出限度額またはそれに近い金額に設定されている場合は、マッチング拠出が導入されていても加入者掛金を (少ししか) 拠出することができません。
そのほか、まだ事例は少ないものの、企業型確定拠出年金に加入しながら個人型確定拠出年金 (iDeCo) にも同時に加入 (掛金を拠出) できるようにしている会社もあります。事業主掛金が選択制でなく、マッチング拠出も導入されていない場合で積み立てを増やしたいときには、iDeCoへの加入が認められているかどうか確認してみるとよいでしょう。
運用商品の選択
加入の有無や掛金額についてはその選択肢があるかどうかは各社の制度内容によりますが、運用商品については最低 3 本の選択肢を用意することが法令で定められています。実際には運用商品の本数は平均で 20 本弱となっており、中には 30 本を超えている会社もあります (上限は 35 本と決められている) 。
一般的に、確定拠出年金の商品は預金や保険などの元本確保型商品と、元本確保の仕組みはないもののより大きな収益を期待できる投資信託とで構成されており、加入者は各自の責任において、どの商品でいくら運用するのかを決定します。積み立てる掛金の額が同じであっても、選択した商品の運用結果によって最終的な受取額は変わってきます。
運用商品の選択肢は多ければ多いほどよいと思うかもしれませんが、運用に不慣れな人にとっては逆に選ぶのが難しくなってしまいます。結局、なじみのない運用商品は避けられ、預金などの「安全」な商品が選ばれがちになります。しかし、特に40代以下の世代にとって、確定拠出年金の資産は基本的に 60 歳まで引き出すことのできない長期運用の資産です。短期的な元本割れのリスクを恐れてほとんど利息の付かない元本確保型商品だけで運用するのは賢い選択とは言えません。
数ある運用商品からどれを選ぶべきなのか、唯一の正解はありませんが、よりよい選択を行うための基本的なポイントを 2 つあげておきます。
1 つは「分散投資」です。運用の対象となる資産には様々な種類がありますが、これらに「分散」して投資することで、1 つの種類がダメになってもほかのものでカバーすることができます。物価の上昇を考慮すると、長期で見たときには、預金のみで積み立てるよりも世界の株式や債券に広く分散投資したほうが、「お金の価値」を維持できる可能性が高いという試算結果 (※) もあります。
※厚生労働省 第6回社会保障審議会企業年金部会 確定拠出年金の運用に関する専門委員会 臼杵委員提出資料より
運用資産の種類の代表的な分類は「国内 (日本) 債券」「外国債券」「国内 (日本) 株式」「外国株式」の 4 つです。一般的には債券よりも株式のほうがリスク (値動きの大きさ) は大きく、その代わり、より大きな収益を得られるチャンスもあります。また、外国の資産には為替のリスクがありますが、世界の経済成長に見合った収益を得られる可能性もあります。
では分散投資を行うためにどのような運用商品を選択すればよいかというと、簡単なのは「バランス型」の投資信託を選ぶことです。バランス型の投資信託は 1 つの商品で上記の 4 種類の資産 (これ以外の種類を含むこともある) に投資することができ、ほとんどの会社の制度で商品ラインナップに含まれています。
また、上記の 4 種類の資産については、各資産で運用する投資信託が少なくとも1つは用意されていることがほとんどですので、これらを自分で組み合わせてもよいでしょう。各資産の割合をどうするかは、例えば国の年金資産を運用している GPIF (年金積立金管理運用独立行政法人) の「基本ポートフォリオ」が参考になるかもしれません。
GPIFでは実際の運用資産の割合がここから大きく逸脱しないように運用を行っており、短期的には運用損失が生じていることもありますが、長期では年率 2.7 %程度の収益を確保しています。途中で基本ポートフォリオの見直し等を行っているため、あくまで参考数値として見ていただければと思いますが、2001 年度以降の 17 年間の運用利回りの実績を当てはめると、毎年度始に 10 万円ずつ投資したときの 2017 年度末の残高は 245 万円になっている計算です (元本は 170 万円) 。
商品を選択する上でのもう 1 つのポイントは「信託報酬」です。信託報酬は投資信託で運用する際の手数料であり、「運用管理費用」とも呼ばれています。信託報酬は個々の投資信託商品ごとに決められており、運用資産残高に対する一定の割合で定められています。
例えば信託報酬率が 1 %の投資信託で運用した場合、投資対象となった運用資産そのものの利回りが年 2 %だったとしても、そのうち 1 %は信託報酬として差し引かれてしまうため、確定拠出年金の資産は 1 %しか増えません。つまり、運用対象となる資産の種類が同じなら、基本的には信託報酬の低い商品のほうが有利だということです。
投資信託には大きく分けて「パッシブ (インデックス) 運用」と「アクティブ運用」の2種類があります。パッシブ運用は、例えば日経平均株価のような指数に連動して運用することを目指した商品であり、信託報酬は相対的に低めです。これに対してアクティブ運用は、投資信託の運用会社が独自の分析などにより投資先を選定し、指数を上回る運用を目指す商品であり、信託報酬は相対的に高めです。
もちろん、信託報酬が高いアクティブ運用の投資信託であったとしても、それを上回る高い運用成績を長期にわたって残すことができればいいわけですが、そのような商品を見極めることは簡単なことではありません。ですので、投資信託商品の選択にあたっては信託報酬の低いパッシブ運用商品を基本としつつ、アクティブ運用商品については運用方針や実際の運用内容・実績などをよく確認し、納得のうえで選択するとよいでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。
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