エンゲージメントサーベイが無駄に終わってしまう根本原因―マテリアリティと多義性とは

従業員エンゲージメントは人事・組織領域で近年重要視されるようになった指標であり、最近では人的資本経営の観点からも注目度が高まっています。それに伴い、従業員エンゲージメントを定量的、定期的に測定するためのエンゲージメントサーベイを導入する企業も増えています。パーソル総合研究所が300人規模以上の企業を対象に行った2026年3月の調査では、従業員サーベイを実施している企業は76.7%に上り、その目的は「従業員のエンゲージメントの向上」が最多で64.8%となっています。
一方で、同調査では従業員サーベイに対して人事側と従業員の双方から多くの課題があがっており、機能不全や形骸化が指摘されています。実際、あなたの周りでも「これって意味あるの?」「回答しても何も変わらないよね」という会話が交わされていないでしょうか?何を隠そう当社グループにおいてもそのような状況が起きていました。ではなぜエンゲージメントサーベイに効果を実感できないのか、当社グループでの経験も踏まえてより本質的な原因に迫っていきたいと思います。
エンゲージメントってそこまで重要なの?
「従業員エンゲージメントが高い」とは、従業員が組織に対して強い結びつきや信頼を感じ、自らの仕事に熱意をもって積極的に取り組んでいる状態を指しています。エンゲージメントの向上によって生産性が上がり、離職率は低下し、その結果として顧客満足や企業業績の向上につながると言われています。
確かに、エンゲージメントは低いよりも高いほうがよいという点に異論を挟む人はいないでしょう。しかし、だからといって人事戦略や人事施策において「エンゲージメントが重要である」と単純に考えてしまっていいのでしょうか?ここには、2つの問題があります。1つはマテリアリティ(重要課題の選別)の問題、もう1つは多義性の問題です。
1つ目のマテリアリティとは、「今わが社が置かれている状況を考えたときに、人事戦略や人事施策の肝となるのは果たしてエンゲージメントなのか?」ということです。例えば、事業の成長により規模が拡大している組織においては、中間管理職の不足がよく問題となります。役員や幹部社員だけでは従業員1人1人に目を届かせるのが難しくなるため、経営方針や目標を共有し、咀嚼して現場に浸透させる中間管理職の役割が質・量ともに高まります。このとき、「エンゲージメントを高めて管理職不足を克服しよう!」とあなたは考えますか?
あらゆる人事制度・人事施策にはコストがかかります。ここでいうコストには、金銭的なものだけでなく、コミュニケーションコストや事務負担なども含まれます。そのため、「やらないよりはやったほうがいい」けれども、どこかポイントがズレている施策が積み重なっていくと、効果が感じられずに負担感や疲弊感だけが増していきます。
先ほどの管理職不足の例でいえば、まずやらなければいけないのは、現場を率いる管理職に求められるスキルやマインドセットを明確にし、必要な人数をカウントし、現状とのギャップを把握することです。そして、そのギャップの解消に結びつくような施策を立案し、実行する必要があります。具体的には、人材アセスメントであったり、人材育成のための研修であったり、採用計画の見直しであったり、人事評価・報酬制度の見直しであったりと、様々な施策が考えられるでしょう。
実際にはただ1つ「これをやればいい」という解決策が見つかることは稀で、一貫した考え方のもとで複数の施策や制度、それに組織文化がかみ合うことではじめて効果が発揮される場合がほとんどです。エンゲージメントサーベイも、その中での位置づけがはっきりしていれば意義を見出すことができます。
例えば、マネジメント研修を継続的に行った結果として、マネジャー本人のマネジメント業務に対する意欲が高まったり、部下であるメンバーの上司や組織に対する信頼が高まったことがサーベイによって確認できれば、研修の効果があったと評価することができるでしょう。ここでのマテリアリティは「いかにして会社の急成長を支える中間管理職を確保・育成するか」であり、エンゲージメントはそれに付随する1つの要素に過ぎません。
2つ目の多義性とは、一口にエンゲージメントといってもその意味するところは多様であり、人によって解釈や本当に大事だと思っている内容には幅があるということです。「これからはエンゲージメントが大事だ。エンゲージメントの向上に取り組んでいこう」という意見に全員が賛同していたとしても、ある人は「経営理念の浸透が最重要だ。毎日朝礼で唱和しよう」と考え、ある人は「みんながやりがいをもって仕事をすることが重要だ。やりたい仕事に集中できる環境を整えよう」と考え、ある人は「心理的安全性が必要だ。誰でも思ったことを言える職場を作ろう」と考え、またある人は「なんだかんだ言って処遇がよければエンゲージメントは自然と高まる。とにかく給料を上げるべきだ」と考えていたらどうなるでしょうか?
エンゲージメントは様々な要素を包含した概念であり、総論としてエンゲージメント向上を掲げることに反対意見は出にくいでしょう。だからこそ人的資本経営でも注目され、サーベイによって定量的に測定することで比較されるようになっているのだと思います。しかし各論に入ると方向性の違いが表れ、効果的な人事施策に落とし込むことが困難になります。
この問題に対処するには、やはり1つ目のマテリアリティが重要になります。エンゲージメント自体を目的の対象とするのではなく、経営や事業計画の観点から解決すべき人事上の重要課題をクリアにして、その課題と関連付けて考えるべきです。そうすれば、見方によっていかようにも捉えられる「エンゲージメント」という包括的な概念ではなく、より解像度が高く認識のズレが起こりにくい論点に焦点を当てることができるでしょう。
見直すべきはエンゲージメントサーベイのやり方ではない
ここで試しに、Googleに「エンゲージメントサーベイを導入しても効果がでない3つの理由」を聞いてみたら次の3つが返ってきました。
1. 実施目的や活用方法が不明確
2. 調査結果の「やりっぱなし」とフィードバック不足
3. 本音を引き出す「心理的安全性」の欠如
3つとも実際によくありそうな理由ですね。ただこれらについても結局はマテリアリティや多義性の問題に帰着することができそうです。
「実施目的や活用方法が不明確」になったり「調査結果がやりっぱなし」になるのはエンゲージメントやエンゲージメントサーベイ自体が目的化しているからです。解決すべき課題が明確で、その課題とエンゲージメントとの関係が整理されていれば、サーベイで確認すべき点や、サーベイの結果から何を評価し何を見直すべきかは自ずと明らかになるはずです。サーベイ結果を踏まえた人事施策を社内に展開する過程において、フィードバックも必然的に行われることになるでしょう。
心理的安全性の欠如も「調査結果がどう使われるのかがわからない」という不安や不信から来るものです。エンゲージメントサーベイは何の課題解決につなげるためのものなのか、そのために結果のどこに着目して何を評価するのかがはっきりしていなければ、答える側も誠実に回答しようとはならないでしょう。
もしこの3つの理由に心当たりがあるなら、エンゲージメントサーベイを行うことを前提にこれら3つの問題への対応を考えるのではなく、そもそもエンゲージメントサーベイを実施する目的や、その先にある解決すべき課題、実現したい姿から考えたほうがよいでしょう。結果として、やるべきことはエンゲージメントサーベイのやり方を改善することではなく、一度立ち止まって求める人材像を再定義したり、従業員について本当に把握すべきことを整理することかもしれません。
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今回はエンゲージメントサーベイの問題について取り上げましたが、他の人事施策や人事制度についても、いつの間にか形骸化したり手段が目的化してしまうことは起こりがちです。きっちりやっているのに効果が見えない、意義が見いだせない、何かしっくりこないことがあれば、本来取り組むべき課題は何であるのかを考え直してみましょう。それでもうまくいかないときは一度当社にご相談ください。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)

クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。企業規模・業種を問わず高齢者雇用や退職金制度のコンサルティングを数多く手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「労政時報」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。








