令和8年人事院勧告が投げかける官民共通の人事課題

令和8年人事院勧告が8月7日に公表されました。
人事院勧告では、民間給与の調査結果をもとに、国家公務員の給与水準が民間の水準と均衡するように、毎年給与水準の改定や制度の見直しを勧告しています。そのため、人事院勧告の内容は日本企業における人事・報酬制度の動向を反映したものとなっています。加えて、勧告・報告文を読み解くと、背景に人材の確保や活用に関する官民共通の課題があることが見えてきます。
人事院勧告は単に給与の引き上げ率を示すものではない
公務員は職務の公共性の観点から労働基本権が制約されています。例えば、公務員がストライキを起こせば行政サービスの停止や制限につながるため、争議権は認められていません。そのため、民間企業における労使交渉を通じた労働条件の改善に代えて、人事院が公務と民間の調査に基づいて内閣と国会に勧告を行う仕組みになっています。
人事院勧告の対象は国家公務員ですが、地方公務員に対しても各都道府県及び政令指定都市では人事委員会による同様の勧告を行っています。また、人事委員会が設置されていない市町村においては、都道府県の人事委員会の調査結果等を参考に給与改定を行うこととされています。
令和8年人事院勧告では、「職員の給与の改定に関する勧告」として平均3.51%のベースアップや転居に伴う手当の新設、「職員の勤務時間及び休暇の改定に関する勧告」として無給休暇の新設や代休日の指定等の見直し(1日未満の短時間の休日勤務に対応する代休を可能とする)などが盛り込まれました。
また、勧告の前段にある「公務員人事管理に関する報告」では「実力本位で活躍できる公務」「働きやすさと成長が両立する公務」「誰もが挑戦できる開かれた公務」「高い使命感とやりがいを持って働ける公務」を4つの柱と位置づけ、職務・職責をより重視した新たな給与体系について、令和9年夏に具体的な内容を報告するなどとしています。もともとは国家公務員に対する労働基本権制約の代償措置と位置付けられている人事院勧告ですが、実際のところ、その射程は国家公務員の人材マネジメントのあり方にまで及んでいることが分かります。
ここ数年の人事院勧告を見ると、令和3年(2021年)あたりから人材確保に関する強い危機感が感じられる内容となっています。令和5年(2023年)以降は、それまで報告・勧告文の最後に書かれていた「公務員人事管理に関する報告」が第1に記載されるようになり、処遇の改善による給与面での人材獲得競争力の確保が明記されるようになりました。民間企業が、必要な人材の確保、定着、育成、活用のために様々な人事施策を検討・実施しているのと同様の視点で、国家公務員の人材マネジメント上の課題解決に取り組む姿勢が見て取れます。
民間企業と重なる取組みテーマ
それでは、人事院は具体的にどのような取り組みを進めていこうとしているのか、令和8年人事院勧告に盛り込まれた内容をいくつかピックアップして紹介します。
(1) 再任用職員の給与の大幅改善
前述のとおり、令和8年人事院勧告では平均3.51%のベースアップが勧告されましたが、再任用職員(民間企業の定年後再雇用社員に該当)の給与については平均8.5%の大幅な改善となっています。それだけ民間企業の再雇用者の給与水準が上がってきているということであり、逆に言えばこれまで再雇用者(再任用者)の給与は低く抑えられてきたということでもあります。
また、「職員の給与に関する報告」の中では、定年が60歳を超える民間企業が増加傾向にあることや、シニア職員の役割やスキルを評価して処遇に反映させる事例も見られることを踏まえ、公務においても組織パフォーマンス向上の観点から年齢にかかわらず職務上の役割や能力・実績をより反映した処遇を目指していく必要があると指摘しています。
国家公務員の定年は段階的に65歳に引き上げられているところですが、制度導入時の民間企業の対応状況を踏まえ、当分の間の措置として給与水準が60歳前の7割に設定されました。しかし企業における高齢者雇用はいわゆる「福祉的雇用」から戦力化へとシフトしつつあり、人事院勧告においても、関係部局とも連携して60歳前後の給与水準等の検討を加速していくとしています。
(2) 幹部職員の人事制度見直し先行実施
令和8年人事院勧告では、激しい人材獲得競争が続く中、労働市場で高い競争力を有する人材の確保・定着には、職務内容の困難さ・責任の重さに見合った処遇が必要であるという課題認識のもと、本府省幹部職員等を対象に、他の職員に先行して職務・職責をより重視した給与体系に見直していくことが示されました。
具体的な内容は令和9年夏に報告するとしていますが、骨格として、各ポストの職務・職責に応じて俸給月額を決定すること、昇任後にその能力が十分でないと判断された場合には改善措置なしで降任可能とするスキームとすること、勤務時間にとらわれない勤務を可能とすることが示されています。
こうした取り組みは、民間企業において管理職を対象に「ジョブ型」人事制度を先行導入する動きとも重なります。年功序列のイメージが強い公務員ですが、それでは中核的な役割を担う人材を確保することができなくなりつつあるということでしょう。
(3) 転勤に対するインセンティブ向上
国家公務員は全国各地や海外でも職務を遂行する必要があり、転居を伴う転勤が発生することは避けられません。一方で、官民を問わず、共働き世帯の増加や働き方に対する価値観の多様化により、職員の転勤への抵抗感は強まっています。
そのため、転勤制度のある民間企業では、転勤者の負担を減らすために経済的支援を拡充する事例が相次いでいます。令和8年人事院勧告においても、現行の単身赴任手当の加算額を分離・再編し、転居を伴う転勤を行った職員を広く対象とする手当を新設することとされました。そのほか、60㎞以上の転勤者を対象とした広域異動手当の支給割合引上げ、へき地等への転勤者を対象とする手当の支給対象拡大が盛り込まれています。
さらに、民間企業の例を踏まえ、公務においても転勤に対する効果的なインセンティブを講じていかなければ円滑な人事配置や優秀な人材の確保・定着が困難になるという課題認識のもと、転勤に関する手当を再編・統合して新たに総合的な手当を設け、給与上のインセンティブを向上させることを目指すとしています。こちらについても、令和9年夏に具体的な報告を行う予定となっています。
(4) 採用プロセスの見直し
国家公務員の採用プロセスにおける大きな特徴の1つに採用試験(筆記試験)があります。採用試験は人事院の主管で実施されており、国家公務員の志望者が大きく減少する中で、実施時期の前倒し、新たな試験区分の創設、受験資格年齢の見直し、合格有効期間の延長等、受験者数を回復させるための取組みが行われてきました。さらに、利便性向上・受験機会拡大が期待できるCBT方式(オンライン試験)を令和9年度経験者採用の基礎能力試験に導入し、その結果を踏まえて他の試験区分への導入を目指すとしています。
また、技術系職種について特定の資格を有する者を試験によらず採用できる範囲を拡大したり、いわゆる「アルムナイ人材」の採用を可能とするための人材プールの整備を進めることとしています。必要な人材を獲得するための採用機会の拡大は、官民を問わず重要なテーマとなっています。
以上、ここでは4つのテーマを取り上げましたが、その他にも柔軟な働き方の推進(事由を問わない年7日の無給休暇の新設など)や「成長できる職場」の整備(「スキル一覧」を活用した人材育成)といった施策が盛り込まれています。高齢職員の活躍推進という「出口」から、採用という「入口」に至るまであらゆる職員層に対するアプローチが掲げられ、その内容は民間企業と重なる部分も多いことが分かります。
公務員と言えば、一般的には終身雇用、年功序列といったかつての日本型雇用のイメージが強いかもしれません。しかしそれを前提とした人事管理では、公務であっても労働市場の流動化や働き方に対する価値観の変化に対応できず、必要な人材を確保できなくなりつつあることが人事院勧告から読み取れます。どのような組織であれ、職員がやりがいを持って働き続けられるよう、人事制度や施策に対する検証と改善を継続していくことが求められています。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)

クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。企業規模・業種を問わず高齢者雇用や退職金制度のコンサルティングを数多く手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「労政時報」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。








