従業員サーベイの効用と限界~健康診断を受けただけでは健康にならない

エンゲージメントサーベイをはじめとする従業員サーベイは、近年多くの企業で行われるようになっています。従業員サーベイは組織と従業員の「健康診断」に例えられ、定期的、経年的に数値を把握することで、人と組織の「健康状態」を把握することができます。
健康診断の検査項目や検査方法は、全身の健康状態を広く効率的にチェックできるように規格化されており、各項目の検査結果が基準の範囲に収まっているか、あるいはどれだけ外れているかによって判定されます。Aなら異常なし、Bは経過観察、Cは要再検査、Dは…という健康診断を受けた方にはおなじみの結果判定です。
従業員サーベイも同様で、標準化された質問への回答を集計することで、組織の健康状態を広く効率的にチェックすることが可能となっています。他社の平均値等と比較することで、優れている点や劣っている点を客観的に把握することもできるでしょう。
しかし、当然のことですが、私たちは健康診断を受けただけで健康になれるわけではありません。同様に、従業員サーベイを行っただけで人や組織の課題を解決できるわけでもありません。従業員サーベイが活かされない例や、有効に活用されるには何が必要なのかを健康診断に当てはめて整理してみましょう。
有効活用されない例1:要検査なのに放置している
健康診断でC判定やD判定が出た場合には、改めてその項目についての詳細な検査を行い、診断を確定させて治療の必要性や内容を判断する必要があります。しかし、要検査の結果が出ても検査を受けに行くのがおっくうで、そのままにしている人も多いのではないでしょうか。ある調査によると、健康診断でC判定やD判定が出ても医療機関を受診せず放置している人は4割を超えているそうです。
同様に、従業員サーベイをやりっぱなしで、具体的な対応や行動につながっていないケースも散見されます。当社が会社員を対象に実施した調査では、従業員サーベイの課題についておよそ3割が「サーベイ実施自体が目的となり、改善につながっていない」と回答しており、また、サーベイの実施後に「今後の改善アクション計画」が共有されたという回答はおよそ4人に1人にとどまっています。
サーベイがその後のアクションにつながっていない理由の1つは、上記の回答にもあるように、サーベイの実施自体が目的になってしまっていることがあります。有価証券報告書で人的資本開示が義務付けられたこともあり、まずは組織の状態を「見える化」して、そのあとのことは結果を見て考えよう、というスタンスで実施している企業もあるかもしれません。
しかし、サーベイの結果から課題を掘り起こし、対策を立案して実行までもっていくのは本来とても骨の折れるプロセスです。健康診断を、会社に言われて義務的に受けているという人が結果を見ても行動しない(あるいは結果を確かめることさえしない)のと同様に、人や組織の健康状態をより良くしていこうという積極的な意思に欠けたままサーベイを実施しても、改善のアクションは期待できないでしょう。
有効活用されない例2:健康診断結果を見ていきなり治療を始める
健康診断は、大きな手間や負担をかけることなく全身のどこかに問題がないかをチェックするための初期診断です。健康診断だけで病気の有無や疾患を特定したり、ましてや治療内容を決めることはできません。検査に引っかかったときにまずやるべきことは、改めて医療機関で検査を受けるなどして病状を明らかにし、治療の必要性や方針を確認することです。
従業員サーベイについても、その結果だけで組織の課題を特定して改善策を立案することは難しいでしょう。仮に立案できたとしても的外れな内容になってしまい、かえって健康状態を悪化させかねません。
医師が、個々の健康診断の結果や患者の状態に即して必要な問診や検査を行い、診断を特定するのと同様に、企業もサーベイ結果をもとに追加の調査やヒアリングを行うことで組織の課題を明確化することが必要です。
そして、診断結果が出たら医師は患者の状態に合わせてその人に適した治療方法を選択し、説明を行ったうえで治療を開始します。企業においても、会社や社員の置かれている状況を踏まえて課題解決につながる施策を立案し、社内にその必要性を説いて実施に移す必要があります。
サーベイの結果をもとに、解決すべき課題を明確にするために誰にどんな問いかけを行い、そこから何を引き出すのか。また、出てきた課題に対していかに有効な施策を立案し、経営や現場の理解を得ていくのかが、人事の腕の見せ所となります。
有効活用できるかどうかはサーベイの実施前に決まる
健康診断で最も重要なのは、要検査等の判定結果が出た場合には必ず指示に従って医療機関を受診することです。それによって、病気の予防や早期発見、早期治療という健康診断の目的が達成されます。
また、各検査項目が正常範囲であっても、例えば経年変化を見ることで自分の体の状態の変化を客観的に把握することができます。体重がずっと安定して推移してきたのに、直近の1年で急に増加したり減少したりしていたら、生活習慣の変化を振り返るきっかけになります。これは、診断結果をただ受け身で見ているだけでは認識できません。自らの健康に関心を持ち、診断結果を読み解くことで健康診断を最大限に活用することができます。
従業員サーベイも、実際に有効活用されているケースでは、受け身で結果を見るのではなく明確な意図をもって実施されているケースが多いと感じます。サーベイ結果を見て初めて問題意識を持ったり対策を考えるのではなく、何らかの課題設定や仮説を持った状態でサーベイを実施し、その結果により課題を客観的に捉えることで有効な人事施策に結びつけています。はじめから改善アクションを見据えてサーベイを実施しているので、「再検査や治療が必要な結果」が放置されることもありません。
そういう意味では、従業員サーベイを有効活用できるかどうかは、サーベイを実施する前の段階でほぼ決まっていると言えます。診断結果を受け止めて必要な行動を起こすところまでを見据えているか、診断結果のどこを見て何を確認したいのかがはっきりしているか、サーベイを実施する前に今一度確かめてみましょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)

クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。企業規模・業種を問わず高齢者雇用や退職金制度のコンサルティングを数多く手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「労政時報」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。








