今も息づく教育重視の風土 継続的投資教育をブラッシュアップし続けているグンゼ株式会社
平均寿命が延びており、退職後の生活設計をしっかり立てておくことは、以前に比べて重要度を増している。とはいえ、年金や退職金の知識を 1 度得ただけでは、その大切さを忘れてしまうのも人の性。確定拠出年金法等の一部を改正する法律 (改正DC法) には継続的な投資教育の努力義務化が盛り込まれ、2018 年 5 月 1 日に施行された。それ以前から投資教育を熱心に行っているグンゼ株式会社 財務経理部財務統括室マネージャー 岸田洋一氏と退職金専門家である 向井 に、継続的な投資教育の重要性について語ってもらった。
—「表から見れば工場、裏から見れば学校」と呼ばれたグンゼの教育への想い
向井 | 今回は日本 DC フォーラムにおいて 2016 年に「DCエクセレントカンパニー」としても表彰されたグンゼ株式会社 岸田洋一さんをお訪ねしました。御社では、継続的な投資教育をされているだけでなく、成果も上げていらっしゃいますよね。まず、その背景について教えていただいてもよろしいでしょうか。 |
岸田 | 大きな背景としては、グンゼはもともと教育に力を入れている会社であるということです。グンゼは波多野鶴吉が 1896 年に郡是製糸株式会社として創業しましたが、創業の翌年には工女のための夜学授業を開始しました。1909 年には、キリスト教信者で教育者でもある川合信水を招聘し、教育部を設置しました。その他には、郡是女学校を設置したことなどもあります。グンゼが教育に力を入れていることから、「表から見れば工場、裏から見れば学校」と言われたほどです。 |
向井 | それだけ教育に熱心だったのには、なにか理由があるのでしょうか。 |
岸田 | 「善い人が良い糸を作る」という創業者である波多野の企業理念が関係しています。今では、糸を作っていませんが、良い製品を生産するためには、人材教育が重要である、という理念として、今でも受け継がれています。 |
向井 | 企業内教育に力を入れていたことのわかるエピソードですね。内容は事業に関係したことだったのでしょうか。 |
岸田 | 事業に関連していないものもあり、かつては和裁・洋裁や近畿大学豊岡短大などのスクーリングに参加して保育士や栄養士の資格が取れるものなど多岐にわたっていました。 |
向井 | 仕事に役立つことを教えているというより、その人が生きていくのに必要であろうものを教えていた、ということなんですね。 |
岸田 | おっしゃるとおりです。波多野は、人間尊重の精神に基づき、従業員が一生幸福であることを願って教育を行っていた、と聞いています。 |
向井 | 「人」を重視していた。 |
岸田 | 創業した当時、製糸事業に携わっていたほとんどが女工さんでした。波多野は「大切な娘さんを預かっているんだから」ということで、親御さんに代わってきちんとした人に育てたい、という想いがあったのだと思います。そのため、「女工」ではなく「工女さん」と呼んでいた。「郡是で働いていた人をお嫁さんにもらえば、間違いはない」と言われるほど、立派に育っていったようです。 |
向井 | 長い目で見れば、会社の発展にも寄与したわけですね。 |
岸田 | そうですね。また、弊社には三つの躾という行動規範があります。
何ということはないような短い言葉ですが、それぞれ、「コミュニケーションを大切にし、より良い人間関係を築くこと」、「小さなこともおろそかにせず、先々のことを考える気配り」、「美しい状態を保ち、人にここちよさを提供すること」といった意識を表したものです。毎朝ある社是の唱和やいつも目に見えるところに掲示しておくことで、常に意識し続けることができ、実践していくことを目指しています。 どんなに“制度”というハードがあっても、それを行う“人”というソフトが自ら動かなければ意味がない。いかに意識して、自ら実践するようになるかというところで今につながっていると思うのです。 |
—“まじめさ”が数値となって反映される教育効果
向井 | ということは、もともと教育を重視する風土があったからこそ、社員への投資教育もおろそかにせず、熱心に取り組んだ、というわけですね。 |
岸田 | 社員教育に熱心というのがキーポイントになりますね。 |
向井 | 数字的な部分でも、他社にないほどの高い投資信託の選択比率と、未指図者が 0 という驚くような成果を挙げておられます。 |
岸田 | 徐々に成果は出ていますね。 |
向井 | 教育を受ける側も、御社のこれまでの背景があるから、しっかり内容を吸収してそれを実行に移している。 |
岸田 | そうですね。ありがたいのは、フィードバックを寄せてくれる、ということです。実施後に、必ず取っているレベリング評価や自由コメントなどのアンケートを白紙で出すような社員はおらず、毎回さまざまなことを書き込んでくれています。 そのおかげで加入者のニーズが見えてくるので、次の教育コンテンツや内容を見直せる。次の施策に活かせるというわけです。 |
向井 | 教え手も受け手も、しっかり取り組んでいる様子がうかがえますね。 |
岸田 | こういう背景があるからかはわかりませんが、弊社の社員はわたしも含めて、みんな真面目。頭が固いという意味ではなく、取り組み方が真面目なんですよね。 多分、教育する側もここまで求められているわけではないと思うのですが、せっかくこの仕事に携われているのだから、ベストを尽くそう、と。一般的にはまだまだ DC 教育の重要性が認められていない分野だと思いますが、ありがたいことに、取締役などの上層部も、同じ背景にあるおかげで、認めてくれている。また、受ける側も真面目に返してくれる。自分のやりがいにもつながっているのではないかと感じています。 |
向井 | 会社全体の教育に対する理解の深さが、未指図率 0 につながっている、ということなんですね。 |
—メッセージを出し続けるのは悔いのないライフプランを描いてほしいから
向井 | 御社では毎年テーマ設定を変えながら継続教育を実施されていますが今後も同様の取り組みを続けていかれるんですか。 |
岸田 | もちろんです。今回の改正 DC 法では、「指定運用方法の設定」が規定されていますよね。元本保証型より投資信託のほうが、将来のインフレを考えると望ましい、という趣旨での方向性だと思われます。 望ましいうえ、加入者の利益を第一に考えたいということもあり、「法改正に対応していく」べく、指定運用方法にターゲット・デート・ファンドを選定しました。指定運用方法を伝える機会も捉えて確定拠出年金のあるべき運用の姿といったことも説明できるのではないか、と考えているんです。 入社時に DC 教育を行いますが、若いときに老後と関係ある話を聞いても、忘れがちですよね。そうでなくとも、DC のことを普段考えることはない。会社から何かしらのアクションがないと、放ったらかしになりがちです。 退職金についても、定年退職する1年ぐらい前にならないと真剣に考えませんよね。あれと同じです。 なので、DC 運営担当としては、朝礼で話すなど、機会があるごとに最適なものを選ぶよう訴えかけ、加入者のアクションに結びつくような投資教育をしていきたい、と考えています。これは投資教育に限らず、何らかの施策についても同様の考えで取り組んでいます。 |
向井 | さまざまな機会を捉えて、情報発信されている、ということなんですね。指定運用方法の設定はすでに DC 加入している社員には直接影響しませんが、会社がどのような考えでその指定運用方法を選んだのかということを社員の方に伝えることは、非常に意義のあることだと思います。実際のプロセスとしては退職給付全体の中で DC の割合や位置づけなどを考慮しつつ指定運用方法を選ばれたイメージでしょうか。 |
岸田 | そうですね。今のところ、退職給付制度のウェイトは、DC 4 割、DB 4 割、退職一時金が 2 割という内容。DC のバランスファンドを選んでもらえれば、債券や株式なども含まれるため、退職給付としてはバランスが良くなると感じています。 とはいえ、個人の資産もあり、そこまでは私たちは関知できないため、投資教育の中でライフプランや個人の資産形成というところへの意識付けを行なっているところです。 |
向井 | 仕事柄、確定拠出年金を導入された企業へ赴いて、社員の方に説明させていただくこともあるのですが、会社によって退職金制度の構成や方針、給付水準が異なります。外部の人間として、それをどこまで理解したうえでご説明できるかが、毎回問われるような気がしています。 御社では、自社で投資教育の企画を考え、実施して、社員の方からのフィードバックを受け、それをまた次の施策に生かしていくという取り組みを継続的に行っていて、そこは本当に素晴らしいと感じます。 |
岸田 | 加入時教育は法律で行うことが定められていますが、個人的には継続教育のほうが重要だと感じています。その場でわかったつもりでも、実際には理解できていないことのほうが多いですからね。 30 代、40 代からしっかり意識づけることによって、定年後の長い人生を後悔することなく全うしてほしいと思っています。 現在は、自宅でも学べるよう、オンラインセミナーを試していますが、もし好評であれば、もっと各自のレベルに合わせた教育を施せるよう、「層別」のコンテンツを作っていきたい、と考えています。そうすれば、全体のレベルがより進歩するのでは、と思うのです。いずれにせよ、会社にとっても従業員にとってもメリットを感じられるような、制度と教育の見直しを継続していきたいところですね。 |
向井 | 企業内教育と簡潔な言葉で表された行動規範の定着。そのような文化風土が根付いているからこその継続投資教育なんだ、ということがよく理解できました。ありがとうございました。 |
※取材日時 2019 年 2 月
※記載内容は、取材時点の情報に基づくものです。
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