自己都合なら退職金を減らしても問題ないのか
日本の退職金制度では、勤続年数などのほかの条件が同じでも、自己都合で退職した場合には支給額を減らす扱いが一般的に見られます。しかし、退職金を賃金の後払いと考えると、長年勤務したにもかかわらず自己都合で退職したというだけで退職金を減らされてしまうのは理不尽にも思えます。
今回は、自己都合退職による退職金の減額について、その背景にある労働慣行や最近の動向を交えて解説します。
退職金は勤続年数や退職事由によって支給条件が異なる
退職金は、給与や賞与と同様に労働の対価として支払われる賃金の1つであり、退職金規程等で一度支給条件を定めると、会社はそれに反して支払いを拒んだり金額を減らしたりすることはできません。
一方で、給与や賞与などとは違い、退職までの勤続年数や退職事由によって異なる支給条件を定めることがあります。ここでいう「退職事由」とは、社員の方から退職を申し出る「自己都合退職」や、経営不振などによって解雇されたり退職勧奨を受けて退職する場合の「会社都合退職」、定年を迎えたことによる「定年退職」などのことを指します。
退職金は、入社から退職までを通じた長期の勤務期間に対応して支払われる賃金ですが、辞め方ひとつで金額に大きな違いが出ることがあります。極端なケースだと、退職金規程で定められている「退職事由別係数」が定年退職の場合は「1」、自己都合退職の場合は「0.5」となっていて、定年の1日前に自己都合で退職すると支給額が半分になってしまうこともあります。
もちろん実際には、定年まで勤めれば退職金が満額支給されるところを、あえて直前に自己都合で退職することは通常ないですが、そもそも自己都合だからという理由だけで長年の勤務の対価である退職金が大きく減らされてしまうことに問題はないのでしょうか。
退職金制度は日本の雇用慣行と密接に結びついている
結論から言うと、法的には自己都合退職に大きな減額を設けることに特に問題はありません。厚生労働省が公開しているモデル就業規則でも、自己都合退職の場合は支給条件を別に定める例が示されています。
もともと退職金は制度として必ず設けなければならいものではなく、各企業が任意で設ける制度です。支給条件についても、例えば男女で条件を別にするといった差別的な設定は問題になりますが、法律上こうでなければならないという規定はなく、企業側の裁量が非常に大きい賃金制度です。
そして日本では雇用慣行として終身雇用、メンバーシップ型雇用が長く続いてきました。退職金制度もそうした雇用慣行と密接に結びつく形で発展してきた経緯があり、自己都合退職に厳しい支給条件が一般的になったのです。
しかし最近ではキャリア自律やダイバーシティ(人材の多様性)が重視されるようになり、日本の雇用慣行も変わりつつあります。そうすると、中途採用者に不利だったり、自己都合退職にペナルティを課すような退職金制度はそれに逆行する仕組みになってしまいます。
先日、政府の「新しい資本主義実現会議」で「三位一体の労働市場改革の指針」がとりまとめられましたが、この中でも成長分野への労働移動の円滑化のための方策として、自己都合退職に対する障壁の除去、具体的には自己都合退職者に不利な退職金の支給慣行の見直しが必要と指摘されています。
キャリアに対する考え方とともに変わりつつある退職金制度
こうした政府の動きはあっても、いきなり法律で自己都合退職に対する不利な扱いを禁止するといったことにはならないと考えられますが、実際のところコンサルティングの現場でも、退職事由による退職金の支給条件の差は以前に比べると縮まってきているのを感じます。
ここ20年で着実に普及してきた確定拠出年金ではそもそも退職事由によって支給額に差をつけられませんし、会社から支給する退職一時金についても、退職事由による差をなくしたり、自己都合退職による減額は勤続10~20年程度までにとどめておいて、それ以上の期間については差を設けない設計が一般的になりつつあります。
ただ、そうは言っても、採用した社員がすぐに辞めてしまったり、ひととおり仕事を覚えてこれからというときに退職してしまうと採用や育成にかかったコストが回収できなくなってしまうため、数年以内の短い勤続期間に対して退職金の支給に制限を設けるのは一定の合理性があるといえます。
しかし、10年、20年と長く働いてきた社員に対しても、自己都合退職によるペナルティを課す必要があるのか、キャリア自律やダイバーシティを阻害してしまうことにならないか、という点についてはよく考える必要があります。
逆に働いている社員の立場からすると、自分の会社の退職金制度がどうなっているのか、自己都合退職に厳しいのかそうでないのかを知ることによって、社員のキャリア対する会社の考え方を垣間見ることができるでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。