確定拠出年金制度の改正――企業や運営管理機関はどう対応しているか 確定拠出年金教育協会 大江加代 氏 × 退職金専門家 向井洋平 前編
2016 年に、確定拠出年金法が改正された。企業型DCに関しては、加入者への継続的な投資教育、運用商品や運営管理機関の選定や見直しといった面で事業主が果たすべき責務がより具体的に示された。この制度改正の背景には何があったのか、また今回の改正により企業に求められる対応とは? さらに、先進的に取り組んでいる企業の対応について、NPO法人 確定拠出年金教育協会 大江加代 氏と退職金専門家 向井洋平に話を聞いた。
—サラリーマンが退職した後の“自由な”生活をサポートし続けて 30 年
向井 | 厚生労働省 社会保障審議会 企業年金・個人年金部会の委員としても活動されていますが、大江さんのご経歴について教えていただけますか。 |
大江 | まず、新卒で証券会社に入社しました。配属されたのは職域制度部。天引きで投資信託の積立をするなど、サラリーマンの資産形成をサポートする部署でした。 証券会社に 22 年間在籍した後、2013 年に夫とオフィス・リベルタスを立ち上げました。「リベルタス」とはラテン語で「自由」という意味があります。定年後のサラリーマンが本当の意味で自由で豊かな生活を送れるよう支援したい、ということではじめた会社です。 確定拠出年金には、制度成立前から関わりがあり、証券会社時代に運営管理機関として現場で 10 年、その後専門家として 10 年近く携わっています。 NPO法人 確定拠出年金協会には以前からの知り合いがここの代表で、オフィス・リベルタスの立ち上げが一息ついたら手伝ってほしい、と声をかけてもらい、2016 年から参画させてもらっています。 |
向井 | ということは、いわゆるサラリーマンの資産形成に 30 年も携わっていらっしゃるんですね。NPO法人 確定拠出年金協会の活動についても教えてもらっていいですか。 |
大江 | わたしが参画したのはつい最近ですが、協会自体は 2002 年 1 月 21 日に東京都より「特定非営利活動法人」 (NPO法人) として認証を受けた団体です。 世の中が多様化していく中で、ライフプランも人それぞれ。自分らしい生き方、をするにはライフプランの考え方とお金についての基本知識が必要になる。日本で新たに誕生した確定拠出年金制度を通じてそれをサポートしたい、ということで生まれたのがこの協会なんです。 活動としては、企業型確定拠出年金を導入している企業に、制度運営の実態や法改正してもらいたいのはどんなことかといった調査だったり、フォーラム的なイベントを開催したり、『iDeCoナビ』による情報提供をしたりという 3 本柱が主なものとなっています。 |
向井 | 『iDeCoナビ』とはどういうものでしょうか。 |
大江 | iDeCo の基本情報と金融機関のサービス比較を提供しているサイトです。中途退職によって企業型確定拠出年金から iDeCo (個人型確定拠出年金)に乗り替える際、どの金融機関を選べばいいのか、絞り込みに役立つ情報を提供しています。個人型確定拠出年金に「iDeCo」という愛称がつき、広まるタイミングで立ち上げたこともあり、毎月 10 万人から 15 万人の方にご利用頂いており、2019 年 11 月末時点で累計利用者数が 500 万人を超えました。 |
—制度改正により加入者利益の優先が明確に
向井 | 2016 年に、確定拠出年金法が改正されました。これについてはどう考えていますか。 |
大江 | これまで、「ガバナンス」というと確定給付年金で議論されてきましたが、加入者が適切に資産運用をできるようにいろいろな整備が行われ、明確に、確定拠出年金 (DC)にも加入者目線での制度運営、ガバナンスが求められるようになったのではないかと考えています。 |
向井 | 明文化されていなかったことにより、実態との乖離があったところに踏み込んで整備した、というところでしょうか。 |
大江 | 実は、今回の制度改正をガイドラインに落とし込む前に、6,000 社へ実態調査を行いました。そこで見えてきたのは、運営管理機関に対して企業が求めているのは教育や加入者Web画面の使い勝手の良さ、コールセンターの質の高さなど。加入者が選べる金融商品の充実を求めておらず運営管理機関の本来業務である「商品の選定提示」に関心がとても低かったんです。 |
向井 | だから、運営管理機関が売りたい商品を提示しているのが実態だったし、企業側もそれで問題がないと捉えていたのでしょうね。 |
大江 | 5,000 人以上の会社でも、運営管理費用の対価として行ってもらっている業務として「適切な商品の選定提示」を選んだのは 3 割だけだったんです。制度を自社に導入するときにも、コストと加入者Webはどうなっているのか、コールセンターのサービスの質は? といった面だけを評価基準にしていて、肝心の商品については比較対象になっていなかった。つまり、導入企業は受託者責任を果たしているとは言い切れない状況だったんです。 でも、今回の改正で企業が運営管理機関を選んだりモニタリングしたりする際に、老後資金としてしっかり積み上げられるような商品を提示してくれているのか、加入者の利益のみを優先した商品がラインナップにあるのか、というところで評価すべきという「DC のガバナンス」が明確になりました。それが最も意義のある箇所ではないかと感じています。 |
向井 | 加入者は、そこに並んでいるものしか選べないわけですしね。そもそも、企業年金は従業員のためにある制度ですから、それを加入者利益の目線で運営していくのは当然ですし、法律には書いてあったけど、形骸化してしまっていた。そこを 2016 年の法改正で明確にした、というわけですね。 |
—法改正により求められる企業の対応とは?
向井 | 確定拠出年金法で加入者利益の優先が明文化されることで、企業や運営管理機関の対応にも変化が求められることでしょう。まず、企業としてはどのような対応が必要になってくるでしょうか。 |
大江 | 企業として受託者責任を果たせるように ① 現在の加入者の状況・DC 制度の位置づけ再確認 ② 商品や他社事例の情報収集 ③ 制度状況を経営や組合にも共有するガバナンス体制の構築 ④ 継続的に組織として教育できる仕組み に取り組んでいただけるとよいと思います。 制度運営も加入者教育もゴールとなるあるべき姿をイメージして進めるために、加入者の状況や自社における DC 制度の位置づけを共有することは必要だと思います。 制度の運営を属人的なものにしてしまうと、その人の知識と熱量に制度運営が依存する形になってしまい、担当者本人にとっても制度としてもリスクが高くなります。なので、財務、経理、経営、組合など関係者を多くすることで、適切な判断ができるようにする必要があります。つまり、ガバナンス体制の構築が必要になってくる、ということですね。体制ができれば、ライフプラン研修やキャリア研修と言った教育のための予算も取りやすくなりますしね。 |
向井 | 高コストの商品であれば見直そう、という話になってくるかと思いますが、確定拠出年金をなぜやっているのか、という方向が定まっていないと、どこにどれだけ手間暇かけてやるべきなのかが曖昧になってしまいます。教育にしても、そもそも目指す方向が明確でなければ効果が出ているのかを把握しようがないですしね。 |
大江 | そうですね。教育についていえば、効果測定ができているところが 3 分の 1、したいと思っていても効果測定の方法がわからない、というところが 3 分の 1というのが現状です。 実施前にきちんと枠組みや方向性を考えていれば、課題と期待する効果も具体化していけるので、測定もしていけると思います。 商品情報に関しては、加入者目線で考えると、もっと良い商品があるかもしれない。でも、今の運営管理機関との対話だけではそういう情報が見えてこないといったこともあるでしょう。ですから、担当者が 7 月から開示されている各運営管理機関の商品ラインナップをみたり、つみたて NISA の基準を参考にするなど、自ら情報の接点をできるだけ多くするといった努力も求められるのではないかと思います。 |
向井 | 営業に来たほかの運営管理機関の話を聞く、ということも可能ですし(笑)。 |
大江 | 最近は運営管理機関の変更もちらほらあるらしいですね。 |
向井 | 確定拠出年金以外のところでも金融機関とつながりがあれば、そこを通じて情報を得ることもできる。 |
大江 | そういう情報を得られるようにしておくのは大切ですよね。情報がないと運営管理機関に要望を伝えることもできませんからね。 |
向井 | 例えば、他社の加入者Webサイトの画面がどうなっているのかを見る機会はなかなかないですが、そういう情報も得られるようになると改善も進んでいきそうですね。 |
後編では「確定拠出年金法改正を受けて運営管理機関が取るべき対応」について語ります。
※取材日時 2019 年 10 月
※記載内容は、取材時点の情報に基づくものです。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。
向井洋平 著『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』好評発売中
2019 年 7 月より、従来実質的に対応が困難であった金融機関の窓口における確定拠出年金の運用商品の提示や説明が解禁され、金融機関行職員がその場で対応することができるようになります。そのため、確定拠出年金の業務に携わる金融機関行職員は制度の仕組みを正確に理解したうえで、個人および法人のお客様が制度を有効に活用できるようにするための対応力が求められます。
基本的な知識からお客様への対応までをわかりやすく説明し、確定拠出年金の業務に携わる方々の一助となる一冊です。
退職金や企業年金の最新情報が届きます
クミタテルのオリジナルコンテンツや退職給付会計・企業年金・退職金に関連したQ&Aなどの更新情報をメールマガジンにて配信しています。