定年延長企業における人事制度の現状とこれから 後編
60 歳以降の雇用確保措置については、再雇用制度等の継続雇用制度により対応している企業が多いのが現状ですが、その一方で、定年延長を行う企業も徐々に増えつつあります。定年を 65 歳以上としている企業では 60 歳代前半の社員に対して人事制度をどのように設計しているのか、独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構が昨年公表した調査報告書をもとにまとめてみました。
基本給の決め方と水準
60 歳代前半の社員の基本給の決め方について、65 歳以上の定年企業ではすべての社員が 60 歳前と同じであるという回答がおよそ 7 割を占めており、64 歳以下の定年企業よりも大幅に高くなっています。
また、異なる決め方をしている場合でも、64 歳以下の定年年齢企業と比較して、一律の処遇ではなく職種や仕事内容に対応して支給している割合が高くなっています。
基本給の水準もこれと対応しており、65 歳以上の定年企業では 60 歳前の 100 %以上と回答している会社が 7 割近くを占めている一方で、64 歳以下の定年企業では平均して 60 歳前の 7 ~ 8 割程度の水準となっています。
昇給についても、65 歳以上の定年企業では全員または一部にあるという企業が 6 割以上を占めていますが、64 歳以下の定年企業では逆に全員にないという企業が 6 割以上を占めています。
前回見たように、65 歳以上の定年企業では 60 歳以降も仕事の範囲や職責が変わらないケースが多く、等級制度や評価制度も 60 歳前と同じ制度を適用している割合が高くなっています。それが基本給の決め方や水準にも反映されているといえるでしょう。
一方で、前回指摘したように、今後定年延長を実施する企業においては、60 歳前後で等級制度等の設計や運用を区分するケースが増えることも予想されます。その場合、基本給の全体的な水準は 60 歳前から引き下げつつも、一律の額や比率により決定するのではなく、60 歳以降の社員に適用される等級制度や評価制度に応じた決め方を考える必要があります。
賞与・一時金の支給有無と水準
60 歳代前半の社員に対する賞与・一時金の支給については、65 歳以上の定年企業では 7 割を超える企業が全員を対象としているのに対して、64 歳以下の定年企業でも 6 割程度が全員を対象としており、それほど大きな差は見られません。
また、調査の前年度に賞与・一時金を支給した企業における支給月数については、定年年齢による企業の区分にかかわらず 2 ヶ月以下としている割合が多く、平均で見ても大きな違いはありません (2.1 ~ 2.4 ヶ月の範囲)。
65 歳以上の定年企業は相対的に規模の小さな企業が多く、もともとの賞与の支給水準が調査結果に影響を与えている可能性もあります。
今回の調査では賞与の決め方は質問項目に入っていません。しかし、今後の昇格・昇給の余地が非常に小さい 60 歳以降の社員に対しては、仕事に対する評価をいかに賞与 (あるいは次に述べる退職金) に反映するかが重要となるでしょう。
退職金の支給時期と 60 歳以降の退職金
ほとんどの企業では退職金の支給対象を正社員のみとしています。そのため、64 歳以下の定年企業では定年到達時に退職金を支給しているケースが圧倒的に多くなっています。一方で、65 歳以上の定年企業の中にも 60 歳時点で退職金を支給しているケースが見られます。
(注) 合計が 100 %となっていないが、調査報告書に記載の数値をそのまま掲載し
ている。「退職金・慰労金はない」の回答割合が過少となっている可能性あり。
これは、それまで 60 歳時点で支給していた退職金の支給時期が遅れると、従業員にとっては不利な面もあることから、定年延長を実施した際に退職金の支給時期については今までどおり 60 歳のままとした企業が一部にあることを示しています。
しかし、退職していない (正社員としての身分を失っていない) にもかかわらず「退職金」を支給することは、税制上の問題があります。税制上は退職所得ではなく給与所得とみなされ、税制上の優遇措置が受けられなく可能性があります。
したがって、退職金の支給時期を据え置く取り扱いは定年延長後も 60 歳以降は賃金が低下するなどの事情があるケースに限られ、なおかつ経過的なものと考えておいたほうがよいでしょう。詳しくは、以前に掲載したコラムの「旧定年である 60 歳での退職金支給は認められるか」を参照ください。
なお、60 歳時点で退職金を支給している企業のうち、65 歳以上の定年企業では 4 割弱、64 歳以下の定年企業では 1 割強の割合で、全部または一部の社員に対して「第二退職金」 (60 歳以降の退職金) を支給しています。
第二退職金に関しては、60 歳未満の社員との処遇の格差をなくす (縮める) という目的のほかに、賞与と同様に、業績や評価に応じた配分という性格を持たせることもできます。退職金であれば支給額に大きなメリハリをつけても月々の収入に影響することはないですし、同額を給与や賞与で支給する場合と比べて税金や社会保険料の負担が小さくなります。
定年延長後も 60 歳前後で人事制度を区分し、60 歳以降の報酬制度を新たに検討する場合には、退職金をどう活用するかという点も重要となるでしょう。
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著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
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