定年延長企業における人事制度の現状とこれから 前編
60 歳以降の雇用確保措置については、再雇用制度等の継続雇用制度により対応している企業が多いのが現状ですが、その一方で、定年延長を行う企業も徐々に増えつつあります。定年を 65 歳以上としている企業では 60 歳代前半の社員に対して人事制度をどのように設計しているのか、独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構が昨年公表した調査報告書をもとにまとめてみました。
60 歳以降の仕事の内容・範囲、職責の重さ
人事制度の設計にあたっては、当然のことながら任せる仕事の内容や大きさを考慮しなければなりません。65 歳以上の定年企業においては、以下のとおり仕事の内容・範囲、職責の重さが 60 歳前後で変わらないという回答が多くを占めています。
65 歳以上の定年企業は、業種別にみると「運輸業、郵便業」、「医療、福祉」、「その他サービス業」でその割合が高くなっています。また、64 歳以下の定年企業と比べると、60 歳代前半社員の活用課題として「本人の健康」を挙げる割合が高く、「本人のモチベーションの維持・向上」「世代交代の遅延・停滞」「社内の従業員の年齢構成のバランス」「担当する仕事の確保」を挙げる割合は低くなっています。
つまり、健康状態に問題がなければ年齢にかかわらず現場で活躍できる仕事が、もともと多い企業から定年延長が進んできているのが現状であり、その逆ではない (定年を引き上げたことで 60 歳以降も仕事の範囲や職責の重さが変わらなくなったというわけではない) と考えられます。
すでに定年延長を実施している企業では、上記のような仕事上の特性に加え、人手不足への対応が大きな実施理由の 1 つとなっています。一方で、これから定年延長の実施を検討する企業においては、仕事の特性も実施理由もこれまでの定年延長企業とは異なるケースが増えてくることが考えられます。
したがって、定年延長後の制度設計を考えるにあたっては、先行企業の設計がどうなっているのかを参考としつつも、設計の趣旨をよく理解したうえで自社に取り入れるべき点を見極める必要があるでしょう。
等級制度と昇格の有無
60 歳代前半の社員に対する等級 (格付け) 制度がある企業の割合は、定年年齢による区分にかかわらず 20 %台となっており、大きな差はありません。しかし等級制度がある企業においてその内容を見てみると、65 歳以上の定年企業では 60 歳前と同じ制度を適用している割合が高いのに対して、64 歳以下の定年企業では異なる制度を適用している割合が高くなっています。
また、等級数については、65 歳以上の定年企業では 10 等級以上という回答が最も多くなっているのに対して、64 歳以下の定年企業では 3 等級という回答が最も多く、よりシンプルな等級制度になっていることがわかります (但し等級数については定年年齢による企業の区分にかかわらずバラつきが大きい)。
昇格の有無については、65 歳以上の定年企業では「あり」という回答が多い一方で、64 歳以下の定年企業では「全員にない」という回答が半数を超えており、運用面での違いも出ています。
人事評価の有無と内容
65 歳以上の定年企業ではおよそ 3 社に 2 社が 60 歳代前半の社員全員を人事評価の対象としており、64 歳以下の定年企業よりも割合が高くなっています。
また、人事評価を実施している企業において、65 歳以上の定年企業では 8 割以上が 60 歳前と同じ仕組みで評価を行っていますが、64 歳以下の定年企業では異なる評価制度を適用しているという回答が多くなっています。
等級制度についての調査結果と合わせると、65 歳以上の定年企業では等級制度・評価制度とも 60 歳前後での区分を設けずに同じ制度を適用しているケースが多いのに対して、64 歳以下の定年企業では 60 歳以降の社員に対してはよりシンプルな等級制度を適用していたり、格付けや評価自体を行っていない企業も多くあります。
これらの結果は、最初に示した 60 歳以降の仕事の内容・範囲や職責の重さを反映したものといえるでしょう。
ただ今後は 60 歳以上の社員の増加に伴い、人手の確保よりも生産性の維持・向上の観点から定年延長を実施する企業が増えていく可能性があります。その場合、これまでの定年延長実施企業とは異なり、定年延長後も 60 歳を境に仕事上の立場や役割が変わる企業が多くなるでしょう。
したがって、60 歳以降の社員に対して個々人の能力がより発揮されるよう、等級制度や評価制度を整備しつつも、60 歳前とは異なる制度や運用を行うことが一般的になっていくものと考えます。
次回は定年延長企業における賃金制度や退職金制度について見ていきます。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
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