日本型雇用システムの見直しの先にある退職金の姿 | イグジットマネジメント入門
新卒一括採用、終身雇用、年功型賃金に代表される日本型雇用システムの見直しが進みつつあります。雇用に関しては、通年採用やシニアの雇用を拡大する動きがある一方で、好業績下でも希望退職を募る企業が増えています。また、人事制度についても職能型から職務型への転換を進める企業が増えています。こうした状況の中で、退職金制度の果たすべき役割や仕組みはどう変わっていくのでしょうか。
なぜ今、日本型雇用システムの見直しが必要とされているのか
新卒一括採用、終身雇用、年功型賃金に代表される日本型雇用システムは、様々な問題点を抱えながらも実態としては今なお根強く残っています。しかし、通年採用やいわゆる「黒字リストラ」、職務型人事制度の導入など、見直しの動きが進んでいるのも事実です。その背景には何があるのか、採用→定着・活躍→退職という 3 つの人事サイクルのフェーズで考えるとわかりやすいでしょう。
まず採用に関しては、空前の売り手市場といわれる中で、社内の序列を重視した仕組みでは必要な人材を獲得することが難しくなっています。新卒であっても学歴に応じた一律の賃金でスタートさせるのではなく、有為な人材には高い報酬を提示して人材確保に乗り出す企業も出てきています。新卒、中途というくくりではなく、こういう仕事を担える人材にはこういう条件を提示するという基準をそれぞれの会社で考えていく必要があるでしょう。
定着についても同じことがいえます。せっかく良い人材を採用することができても、社内の序列で昇給や昇格に長い時間がかかってしまうようでは他社に逃げられかねません。経営の観点からも、グローバル競争を勝ち抜くには年齢に関係なく実力のある社員に重要な役割を担わせ、活躍の機会を用意することが重要になるでしょう。
最後の退職に関しては、終身雇用の前提にあった定年退職が法改正により実質 65 歳に延び、さらに 2021 年度からは 70 歳までの就業機会の確保が求められるようになる見込みです。 50 歳前後のバブル入社世代を多く抱える企業が黒字リストラを実行しているのは、こうした政策の動きと無縁ではないでしょう。一方で、法改正を先取りするようにシニアの雇用に積極的に取り組んでいる企業もあります。シニア社員に活躍の場があるかどうかは会社によって違いますし、同じ社内でも例えば製造業や建設業では「現場では必要とされているが管理部門では任せる仕事がない」という声がよく聞かれます。
このように、採用→定着・活躍→退職という 3 つの人事サイクルのどこをとっても、年齢や経験年数をもとに雇用や処遇のあり方を決めたり一律に区切ったりする日本型雇用システムは通用しなくなってきました。ではこれをどのように見直すべきなのか、一言でいうなら「ジョブ型雇用へのシフト」です。欧米で一般的といわれるジョブ型雇用ではジョブ (仕事・職務) と報酬がセットになっており、そこに人を当てはめていくという考え方をとります。
ただ完全なジョブ型雇用になると、最初からその仕事ができる前提での配属となり、報酬もそれまでの処遇とは無関係に決まります。人材育成や欠員補充のために未経験の仕事をさせるやり方 (これまでの新卒採用や人事異動の考え方) とは相容れないため、多くの日本企業にとっていきなりそこまで振り切るのは現実的ではありません。しかし、報酬の決め方として、その人が持っている能力や経験よりも、担当する仕事の内容や責任の大きさを重視する必要性が高まってきているのは間違いないでしょう。
こんな退職金制度ではジョブ型雇用にシフトできない
日本型雇用システムがジョブ型雇用へシフトしていくということは、雇用や処遇、キャリアのあり方が次のように変わっていくということを意味します。
新卒で入社し、定年で退職することを想定した人事管理を行う
→ 事業や職務の特性に応じた柔軟な人事サイクルを実現する
社内の序列と安定を重視した処遇を行う
→ 経験年数にかかわらず職責とパフォーマンスに見合った処遇を行う
キャリアコースを自社内だけで考える
→ 入社前、退職後を含めた人生のキャリアコースを考える
日本型雇用システムのもとで一般的に実施されていた次のような退職金制度は、こうした変化にフィットしません。
勤続年数が非常に長くなるまで、もしくは定年に達するまで、退職金の水準が低く抑えられている
→ 中途採用者、中途退職者に対して不利にはたらき、柔軟な人事サイクルの実現を阻害する
年齢や勤続年数とともに給与が安定的に増加していくことを前提として、退職時の一時点の給与をもとに退職金を算定する仕組みになっている
→ 退職金がその時点の給与に連動して増減してしまうため、職責やパフォーマンスに応じた処遇の障害となる
退職金のポータビリティ (転職時に資産を移して積み立てを継続できるようにすること) が考慮されていない
→ 個人にとって重要な引退後資金の確保という機能が転職によって失われる
実際のところ、自己都合退職による減額の緩和やポイント制 (積み上げ型の退職金制度) の導入、確定拠出年金への移行等により、退職金の姿も変わりつつあります。しかしそれだけで十分といえるでしょうか?
日本型雇用システムの見直しの先にある退職金の姿とは
日本型雇用システムからジョブ型雇用へのシフトを進めるにあたって従来の退職金制度が障害となる場合、これを見直すことによって障害をなくすことはもちろん必要です。しかし障害をなくしただけではマイナスをゼロに戻したにすぎません。本来、退職金制度は企業が任意に設ける報酬制度の 1 つであり、人事政策上、何らかのプラスの効果を狙って実施すべきものです。そうでなければ退職金制度を設ける意味はありません。
日本型雇用システムにおいては、退職金は基本的に定年退職とセットで考えられていました。一律60歳で雇用契約が終了してもその後は退職金と年金で経済的な保障を得ることができたため、従業員は 60 歳まで勤め上げることだけを考えればよく、また企業もそれを従業員に期待していました。
しかしジョブ型雇用では、一律の年齢で入社・退職する (させる) のではなく、事業や職務の特性に応じた柔軟な人事サイクルを実現することが求められます。このとき、退職金は人事サイクルの出口において次のキャリアへの移行を手助けするものとして位置づけることができます。例えば、どのタイミングで退職したらいくら支給されるのかを明示したうえで、定期的なキャリアカウンセリング等と組み合わせて退職金制度を実施している企業もあります。こうした施策は定年制に代わる人事管理の手法の1つといえます。
また、ジョブ型雇用では、個人は「給与が安定的に増加していく保証はない」「1 社で長く働き続けるとは限らない」という前提で引退後資金の準備を考える必要があります。会社は自社の制度のみで引退後資金を確保できるような仕組みを用意するのではなく、社員が自ら引退後資金の積み立てを計画し、実践できるような仕組みを用意することが求められます。
具体的には、企業年金の実施やiDeCo (個人型確定拠出年金) に加入する社員への支援を行うことで、キャリアコースにかかわらず引退後資金を積み立てられる制度を設ける例があります。なお、転職時のポータビリティというと確定拠出年金のイメージがありますが、確定給付企業年金においても脱退一時金相当額を確定拠出年金 (企業型または個人型) に移換して積み立てを継続したり、企業年金連合会に移換して65歳以降に終身年金で受け取る選択肢が用意されています。ジョブ型雇用においても、確定給付企業年金は引退後資金の積立制度として位置づけることが可能です。
こうした仕組みをより効果的なものとするには、積み立てに関しての柔軟な選択肢と、適切な選択を行うための教育の機会を社員に提供することが重要になります。長いキャリアの中で、収支にあまり余裕がなかったり自己投資が必要となるときには、退職金 (の一部) を前払いとして給与や賞与に上乗せして受け取れるようにし、収支に余裕ができたときには引退後資金の積み立てに多くの資金を振り向けられるようにする。そうした選択肢を設けることは、社員が自ら将来のライフコースを考えるきっかけを与えることになりますし、マネープラン研修などをあわせて実施することで、個々のニーズに応じた積み立てを実践することができるようになるでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
株式会社IICパートナーズ 常務取締役
日本アクチュアリー会正会員・年金数理人。京都大学理学部卒。大手生命保険会社を経て、2004 年、IICパートナーズへ入社。アクチュアリーとして退職給付会計や退職金・年金制度コンサルティング、年金資産運用コンサルティングをおこなう。2012 年、常務取締役に就任。著書として『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A(第2版)』 (経済法令研究会/ 2018 年 10 月刊) がある。2016 年から退職金・企業年金についてのブログ『社員に信頼される退職金・企業年金のつくり方』を運営。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。
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