シニア社員活用の“みらい”を見据えた人事制度を――みらいコンサルティング 富岡智之 氏 × 退職金専門家 向井洋平 後編
人生 100 年時代に向け、60 歳から 65 歳、さらには 70 歳へと定年延長することに関連した法改正が進められている。社会全体が高齢化するだけでなく、社内にも多くのシニア社員を抱えるようになる未来が待っているわけだ。シニア社員が増えてくれば、これまでの人事制度とは異なる対応が求められるだろう。企業はシニア社員とどのように向き合うべきだろうか。また、シニア社員が増えることによって生まれる課題は何か、どのように対応したら良いのか。シニアと人事制度について知見を持つみらいコンサルティング 富岡智之 氏と退職金専門家 向井洋平に話を聞いた。
—年齢から役割へと軸をシフトさせる――不公平感をなくす人事制度を
向井 | 定年延長によるシニア社員の増加や活用といった点でどのような課題と向き合ったのか、どのように対応されたのかについてお聞かせください。 |
富岡 | お問い合わせのパターンは、大まかに言って次の 2 つに分類されます。 1. シニア層限定の課題 2. 全体的な課題 とはいえ、シニア層に限定して対処していくパッチワーク的な対応では不十分なことも多く、世代を限定せずに全体最適に設計していくのがこれからの時代に求められる方策ではないかと考えています。 先ほどお伝えしたように、役割給で成果主義的な制度を作っていても運用が年功的という企業が 多い。それに対して、運用も含め、全て役割や成果に応じた処遇を行っていこうと提案しても無理があることも多い。 そこで、管理職層 (40 代以降のベテラン、シニア層を想定) には役割等級制度を、一般社員層 (30 代以下を想定) には育成しながら活用する職能資格制度というハイブリッド型の制度で設計するケースが増えてきていますね。 |
向井 | ハイブリッド型というのは具体的にはどのようなものでしょうか。 |
富岡 | 育成段階にある一般社員 (30 代くらいまでを想定) は職務遂行能力の高まりに応じて等級や給与が上がっていきます。目先の結果よりも、「将来の幹部候補」として成果創出までのプロセスを大切に大きく育って欲しいというメッセージを伝える狙いがあります。 一方で、管理職 (40 代以降を想定) になってからは「今、活躍して欲しい人材」として、貢献度と処遇をマッチさせる狙いで役割給を適用します。ここで制度を形骸化させないためのポイントが 5 つあります。 1. 管理職手前の段階から管理職への昇格に備えた研修フォローや適性の見極めを実施 (いわゆる”働かない管理職”をつくらない) 2. 役職定年や 55 歳以降の処遇低減措置など、年齢を基準とした取り決めの廃止 3. ベテランやシニア社員が目指したくなるような高度プロフェッショナルコースの設定 4. 役割に見合った適正な処遇を実現するための降格要件の明示と実行 5. ベテランやシニア社員の自律的なキャリア形成を支援するキャリアデザイン研修の実施 とくに、高度プロフェッショナルコースへの認定や役割等級の昇降格を厳格におこなうことが、人件費のコントロール (脱年功) や若手社員の納得度、世代間の溝をつくらないためにも大切なポイントといえます。 |
向井 | 全員が全員、管理職になれるわけではありませんしね。おっしゃるように、若手のうちは職能資格制度のようなものがマッチしますが、年齢を重ねてもその位置に留まっている人もいます。そのような場合はいかがでしょうか。 |
富岡 | これは不公平感を生む原因にもなるので、「そういう人が生まれないよう、覚悟をもって制度を運用する」ということに尽きると感じています。 今後、役職定年や 55 歳以降の処遇低減措置など、年齢という軸で全員一律に処遇することは、若手からも、ベテラン・シニア社員からも疑問の声が大きいため、見直しの流れが強まると考えます。そのなかで抜け道を作らない、不公平感を生まないためには、貢献度が低いベテラン・シニア社員には、評価結果によってポストオフとしたり、処遇を低減する等、厳しい運用もしっかりおこなうことが必要になると考えます。 一方で、多くの経験を積んでいるベテランであることに変わりはないので、例えば教育係になってもらうなどの役割を与えることでやりがいを感じてもらう等のフォローも臨機応変におこないたいところです。 |
向井 | 管理職ではなくても、担当者として仕事をこなす、後進の指導に当たる、という方法で活躍できる人材はいますからね。それができるかどうかが、シニア社員を活用するための要素のひとつということですね。 |
ただ、フラットだと、肩書という目標がなくなってしまうため、若手の育成や中堅・ベテラン社員のモチベーションの維持という点では難しくなってしまいますね。もっとも、高い専門性が求められる業界においては、会社から与えてもらう肩書よりも、さまざまな経験を重ねることで、“自分の中で”専門性を高めていくというキャリアの積み方がフィットするケースもあるとは思います。
向井:なるほど。組織の肩書で成長を示すのではなく、自分自身でステップアップしていくイメージですね。
—シニア社員を正しく評価する
向井 | シニア層限定の課題に関する相談、という点ではどうでしょうか。 |
富岡 | 「シニア社員のモチベーションを、どのように維持向上させるか」ということについてのご相談が増えてきています。そして、シニア社員への評価こそしっかりしよう、という流れになりつつあります。 というのも、以前は 60 歳で定年退職し、その後はある程度限定された業務を担当しつつ単年契約だったため、評価する必要性が高くないケースも多かったのですが、今後は正社員として 60 歳以降も働いてもらうケースも増えてきます。ならば、頑張っている人とそうでない人では処遇を変えたほうがいい、という考えが広がってきたからです。 |
向井 | 70 歳までの就業機会の確保が努力義務となる見通しですが、そのあたりはどうでしょうか。 |
富岡 | 将来的な義務化は避けて通れないという見方がありつつ、多くの企業では、「まだ様子見」といったところですかね。というのも、シニア正社員が増え続ければ人件費の問題が出てきてしまうからです。ただ、何も対策しないでいると、どうしても人件費は増えてきてしまう。 そこで、原資を若手社員の分から引いてくるのではなく、右肩上がりだった給与を 40 代、50 代からなだらかに下がっていくようなカーブにへと変えていく。また、生産性を高めるのが評価の本来の目的なので、評価の低いところから高いところへと原資を付け替える、という対応が世代に関係なくおこなわれていく流れにあると考えます。 |
—退職間近になってからでは遅い――選択制退職金制度で早めの出口戦略を
富岡 | ところで、最近は弊社へも選択定年制や第二退職金といったことについてのお問い合わせが増えてきているのですが、やはりそういった相談は増えているのでしょうか。 |
向井 | まだそれほどの印象はありません。ただ、確定拠出年金の積立が 70 歳までできるように法改正が進むと、退職金の選択ということで、そういった相談が増えてくるのではないかと考えています。 これまでは、60 歳をゴールとして退職金制度が設定されており、新卒から定年まで勤め上げてそれに報いる形で退職金が給付されてきた。でも、今後は 65 歳、70 歳まで正社員や契約社員として働く人が増え、退職金や企業年金を 60 歳から受け取るのか、それとも積み立て続けるのか、一括でまとめて受け取るのか分割して年金で受け取るのかなど、社員それぞれのキャリアの積み上げ方やライフステージに応じて柔軟に対応できるように変化してくるのかなと思います。 |
富岡 | 退職金制度や年金への関心は高まっているような気がしますが、まだまだ難解なものとしてイメージがつかない方も多いようにも感じます。 |
向井 | 特に確定拠出年金の場合、受取時期や受取方法についてはかなり柔軟に選べるようになっている。その柔軟性が難しく感じさせるのかもしれません。 逆に、確定給付型では、退職金の性格が色濃く出ており、社員の選択によって受取方法を柔軟に変えられる範囲は限定的です。わかりやすくはありますが、もう少し柔軟に選択できるようにならないだろうか、と思っているところです。 昨年、「老後 2,000 万円」がクローズアップされたおかげで退職金や年金についての関心も多少は高まったのかもしれませんが、やはり退職間近にならないと関心を抱きにくいのが実情です。退職金制度の目的を再認識し、人事施策として機能させるためにも、もっと早い段階でコミュニケーションを取っておくべき話題のはずなんですけどね。 そういう意味では、退職金の選択制、例えば退職金の一部について、給与や賞与に上乗せすることで前倒しで受け取ることを選べる仕組みを用意することは、若いうちから関心をもってもらうための良い機会なのではないでしょうか。 自分の退職金のために、会社がどれほどのお金を出してくれているのかということも把握する機会になりますし、どちらを選ぶかを考えることで、社会保険や税金の仕組みを知ったり将来のライフプランを考える機会にもなります。選択制退職金が、企業と社員のコミュニケーションや、社員への教育にもつながる、というわけです。 |
—シニア社員が自律しながら活き活きと活躍できるみらいへ向けて
向井 | シニア社員の活用に、企業はどのように取り組んでいけばよいのか、お考えを教えてください。 |
富岡 | 今は情報過多の時代ですが、まずは自社の現状をしっかり把握するところからはじめていただきたいですね。「なんとなく情報収集」では、入ってくる情報が多すぎて、かえって二の足を踏んでしまいかねないからです。 実は、「どう相談したらいいのかわからない」というお問い合わせをいただくことが増えています。何から手をつけたらいいのかわからない、必要なものと必要でないものもわからない、といった具合です。 なので、まずは現状を把握し、シニア社員の活用に向けた課題を特定する。そのお手伝いができるのが弊社です。 給与周りのことだけでなく、シニア社員が活き活きと働き続けるには健康というテーマに取り組むことも大切です。働くモチベーション、学び続けるモチベーションも、健全な心身があってこそだと思います。 |
向井 | 健康を害するところまでいかなくとも、体力的な衰えについても考える必要かもしれませんね。「頭は元気なのに、体がついていかない」ということもあるかと思いますので、そこをどのようにカバーしていくのかが、シニア活用の 1 つのテーマになるのかな、と思います。 |
富岡 | ある調査で、60 代の半数を超える人が、70 歳以降も働きたいと考えているという結果を発表していました。これは、先行きの不安からきているものではないかと考えられますが、では、企業はどこまでそれをサポートしてあげればいいのか、という課題もありますね。 |
向井 | その不安が、お金についてのものなのか、自分の居場所についてのものなのかというのも可視化する必要がありそうですね(笑)。 これまでは、60 歳まで会社に尽くして勤め上げたら、あとのことは会社がなんとかしてくれる、という相互依存の状態でした。でも、これからは自分の人生は自分で選び取っていく必要がある。そのことを、定年間近になってからではなく、もっとその前から認識しておく必要がある。企業はそのための機会を設け、それに対して社員が自律的に自分の将来を選択するというのが必要かなと思います。 |
富岡 | ここに居場所がないと感じたら、早めに違う道を見つけて、それを選択したほうが良いこともありそうですしね。 |
向井 | もちろん、シニア社員として社内で活躍できる場があるのなら、会社側からそれを示してあげて頑張ってもらうこともできますし、そうでなければ違う道も示してあげる。出口を早い段階から見えるようにしておくことが、長い目で見ればその人の成長につながるんだと思います。 今日はどうもありがとうございました。 |
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※取材日時 2020 年 1 月
※記載内容は、取材時点の情報に基づくものです。
出口 (イグジット) を見据えたシニア雇用体制の確立をしましょう
労働力人口の減少と高齢化が同時進行する中、雇用の入口にあたる採用、入社後の人材育成・開発に加え、出口 (イグジット) をどうマネジメントしていくかが、多くの企業にとっての課題となりつつあります。特に、バブル入社世代が続々と 60 歳を迎える 2020 年代後半に向けて、シニアの雇用をどう継続し、戦力として活用していくのか、あるいはいかに人材の代謝を促進するのか、速やかに自社における方針を策定し、施策を実行していくことが求められます。多くの日本企業における共通課題であるイグジットマネジメントの巧拙が、今後の企業の競争力を左右するといっても過言ではありません。
シニア社員を「遊休人員化」させることなく「出口」へと導くイグジットマネジメントを進めるために、まずは現状分析をおすすめします。
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