社員の離職防止のために最初に考えるべきこと~リテンション・マネジメントの基本~
新卒・中途を問わず、採用活動では売り手市場が続いています。今後、日本の労働人口が縮小していくことを考えれば、人材獲得競争がさらに激化していくのは間違いないでしょう。
そうした厳しい環境の中で、せっかく採用した新入社員がすぐに辞めてしまったり、これからというときに転職してしまうのは、企業にとって大きな痛手となります。人材の定着・離職防止は、必要な人材を確保するうえで採用と同等かそれ以上に重要な課題です。
そこで、最近注目されているのが「リテンション・マネジメント」です。リテンション・マネジメントとは、人材の流出を防ぎ、定着を図るための企業の取り組みのことです。
リテンション・マネジメントの大原則
最近では、タレントマネジメントシステムを活用して離職の予兆をつかもうとか、従業員のエンゲージメントを高めて離職率を下げようといった提案やサービスも、多く見られるようになっています。
しかし、そうした取り組みを始める前に考えなければならないのが、WHOとWHYです。つまり、「誰の離職を防ぎたいのか」「どんな理由による離職を防ぎたいのか」を明らかにするということです。
リテンション・マネジメントは、単に会社全体の離職率を下げることがゴールではありません。会社が必要とする人材に対して求心力を働かせ、長く活躍してもらうことが目的です。そのためには、誰が、どんな理由で離職しているのかを正しく把握したうえで、離職の要因を取り除く施策を考えていくことが必要です。
「誰が離職しているのか」については、感覚に頼るのではなく、過去の従業員や退職者のデータから属性ごとに離職率を集計して客観的に把握することが重要です。例えば、優秀な社員ほど離職していくという課題意識を持っているのなら、人事評価別に離職率を集計することで、実際にどれくらい多いのか、どの程度にまで抑えたいのかといったことを具体的に考えることができます。
また、「どんな理由で離職しているのか」を把握するには、退職の申出があった都度、本人や上司など周囲のメンバーにヒアリングする必要があります。このとき、引き留めの説得や、上司の責任に意識が向いてしまうと、本当の理由を聞きだすことが難しくなるため注意しなければなりません。
離職する当人にとっても、後ろめたい気持ちがあって本音を話しにくかったり、自分でも理由をうまく言語化できないこともあるので、いかに心理的安全性を確保したうえで本音を引き出せるかがポイントとなります。
早期離職の防止は入社前も視野に入れる
このように、WHOとWHYを押さえた上で具体的な施策を立案していくことが、効果的なリテンション・マネジメントに繋がっていくわけですが、「WHO」に関しては、やはり早期離職、すなわち入社間もない時期に辞めてしまう社員をどう減らすかに課題意識を持っている企業が多いのではないかと思います。
早期離職を減らすための施策は、入社前、つまり採用決定までのプロセスの改善と、入社後の職場環境や労働条件などの改善の、大きく2つに分けることができます。
すぐに辞めてしまう社員の属性や理由を確認した結果、そもそも自社にマッチしていないような人材は、募集や選考までの段階で外れるようにしたほうが、お互いのためです。また、「入社したら聞いていた話と違った」という理由が目立つのであれば、募集段階での会社説明の内容を再検討しましょう。
大手企業だと人事の中でも担当が細分化され、採用担当は採用までしか見ないということもあるかもしれませんが、入社後の定着や活躍状況も踏まえて、採用活動を改善していくことが重要になります。
一方で、自社にって必要な人材、今後の活躍を期待していた社員がすぐに辞めてしまっているのであれば、採用プロセスではなく、入社後の職場環境、仕事のアサイン(割り当て)の仕方などに着目して考える必要があります。
特に、人材の多様性を高めていく段階では、それまで社内では当たり前だった仕事の進め方や分担が通用しないということも起こり得ますので、丁寧に意思疎通を図り、対話を重ねながら見直していくことが求められます。
キャリア自律とリテンションは両立するのか
昨今は終身雇用の考え方を転換し、キャリア形成を会社に任せるのではなく、個人が主体的に自分のキャリアを考えて開発していくキャリア自律が重視されるようになってきています。キャリア自律度が高い個人ほど、パフォーマンスやエンゲージメントが高いという調査結果もあります。
一方で、キャリア自律を推し進めることで社員の関心が転職によるキャリアアップに向かってしまい、人材の流出を招くのではないかという懸念を持たれるかもしれません。売り手市場が続く中、人材の確保・定着も大きな人事課題であり、優秀な人材ほど囲い込んでおきたという思いもあることでしょう。
ただ、自らのキャリアを主体的に考える人材に対しては、「囲い込む」という発想は逆効果になってしまうのではないでしょうか。それよりも、自社においてどのようなキャリアを歩むことができるのかを提示して、選んでもらえるようにすることが大事です。
キャリア自律とリテンションを両立させるには、自社においてどのような人材が必要とされているのか、自社においてどのようなキャリアを歩むことができるのかを明確に示した上で、社員が社内公募などでチャレンジできる機会や環境を整えることが必要です。それがないままに、ただキャリア自律を強調しても将来有望な社員から離職してしまいかねません。
それでも 、社内キャリアの枠を超えて新たなチャレンジをしたいという社員がいれば、それは肯定的に捉えるべきでしょう。そうした前向きな離職が多い企業では、アルムナイ(同窓生)ネットワークが有効に機能する可能性が高くなります。社外での経験を経て再入社することで活躍の幅が広がることもあるでしょうし、協業や提携といった雇用以外の新たな関係性を築くチャンスも出てきます。ちなみに、弊社でも元社員に業務委託形式で参画してもらうことで、社内にはない人的リソースや知見を活用することができています。
キャリア自律が重視されるようになったのは、長期的な視点で欲しい人材を確保し、活用できるようにしていくためです。目の前の離職防止には効果は期待できないかもれませんが、より長く、広い視点でみれば、キャリア自律はリテンションと両立可能であり、さらに言えばリテンションに必要な要素だとも言えるでしょう。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。