退職金のROI(投資対効果)を高める方法
4月に入って新入社員を迎えた企業も多いかと思いますが、最近は転職のハードルが下がり、若手社員の定着(リテンション)が大きな人事課題の1つとなっています。離職の理由は様々ですが、会社のことをよく知らないまま一時的な状況にとらわれて将来に対する不安や焦りから辞めてしまうというのは避けたいところです。
今回は、退職金を含む処遇について社員に積極的に開示していくことの必要性や、その方法について解説していきます。
積極的な開示によって将来への不透明感や不安を解消する
賃金や評価への不満は離職理由の1つに挙げられますが、今の水準や評価に対する納得感が得られないという点に加え、「将来が見えない」「このままこの会社にいて大丈夫だろうか」という不安が離職につながりやすくなります。
ですから、給与や賞与の決め方、具体的な水準、評価の基準や決定理由、どうしたら昇給・昇格できるのかということを積極的に開示していくことが大事になります。上司に対しても、部下に聞かれたときには正確に答えられるようにしておく必要がありますし、さらに言えば、「こうなりたいんだったら、こういうところを頑張ったらいいよ」とアドバイスできるようにしておくことが重要です。
そして賃金の中で忘れられがちなのが退職金です。退職金制度は社員が将来に不安を持つことなく、長く貢献してもらうことを目的に実施されることが多いですが、自社において実際に退職金が社員の定着に効果を発揮していると自信を持って言えるでしょうか?
私は長年、退職金制度のコンサルティングを手掛けてきましたが、ほとんどの企業では社員は退職金のことをよく知らないというのが実情です。一時期話題になった金融庁の「老後2000万円」のレポートでも、退職金の額を把握したのは定年退職時、もしくはその直前という回答が多くを占めています。
もはや終身雇用で定年まで真面目に働けばお金の心配はしなくていいという時代ではありませんから、退職金についても社員の在職中から仕組みや金額がわかるように伝え、自分で自分のキャリアプランやライフプランを考えられるようにしておかないと、不安の解消にはつながりません。
社員の退職金への理解と関心を高める方法
ただそうは言っても今の日々の生活に関わってくる給与や賞与とは異なり、退職金は賃金としての実感を持ちにくく、特に若い人にとっては関心が向きづらいというのも事実です。ですから、退職金の仕組みや支給の条件を開示するだけではなく、例えば退職金の残高を個人ごとに定期的に通知していくなどして積極的に伝えていかなければ、なかなか意識されることもありません。
この点、企業型確定拠出年金(DC)に関しては、運営管理機関のWebサイトでいつでも自分の資産残高を確認でき、個人あての通知が定期的に届きますので、他の退職給付制度と比べると社員に認識されやすい制度だといえます。そして事業主にも加入者に対する継続教育の努力義務が定められています。
なぜDCにこのような仕組みが備わっているかというと、DCは掛金を出すのは会社ですが、それをどの商品で運用するかを決めるのは個人であり、選んだ商品の運用成績によって将来の受取額が変わる制度だからです。また、DCにはマッチング拠出の仕組みがあり、個人の選択により給与天引きで掛金を上乗せすることができます。会社の制度を利用して給与の一部を退職金の積立てと運用に回すイメージです。
つまり、社員の自己責任により選択した結果が各自の退職金の額に直結しますから、その選択を適切に判断できるような情報をしっかりと伝えていくことが求められているわけです。
ですから、DCに限らず社員に選択の余地があるような退職金制度、例えば、毎年退職金として積み立てられる金額に対して、その一部を前払いとして賞与で受け取れるようにしておき、その配分を年に1回変更できるようにしておくと、同じような効果が期待できます。
ただしその前提として、毎年の選択にあたって、これまでの退職金の残高がいくらで、今年の積立額がいくらなのか、退職金か前払いかで税金や社会保険への影響も含めて何が変わってくるのかといった情報を社員に確実に届ける必要があります。
このように、社員に退職金について知ってもらう工夫や取組みがあってはじめて退職金制度に込めた意義を伝えることができます。退職金制度は長期的な視点での人材への投資といえますが、そこから十分なリターンを得るためには、制度を作って規定どおり計算して退職金を支払うだけではなく、制度を通じた社員とのコミュニケーションに継続して取り組んでいくことが肝要です。
著者 : 向井洋平 (むかい ようへい)
クミタテル株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ。京都大学理学部卒業後、大手生命保険会社を経て2004 年にIICパートナーズ入社。2020年7月、クミタテル株式会社設立とともに代表取締役に就任。大企業から中小企業まで、業種を問わず退職金制度や高年齢者雇用に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。日本アクチュアリー会正会員・年金数理人、日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー、2級FP技能士。「人事実務」「人事マネジメント」「エルダー」「企業年金」「金融ジャーナル」「東洋経済」等で執筆。著書として『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。