高齢者雇用制度で気を付けたい3つの落とし穴~【その3】人事部門だけで考える
高齢者雇用制度によって実現したい最終的なゴールは「企業にとって必要な人材の確保」と「高齢社員の貢献による生産性の向上」にあります。しかし実際はこの整理がなされないまま、定年延長が前提となっていたり、先に賃金水準が議論されていたりすることが多く、プロジェクトが停滞するケースが散見されます。このシリーズでは高齢者雇用制度で気を付けたい3つの「落とし穴」を紹介し、あるべき制度設計のプロセスについて考えていきます。第3回は「人事部門だけで考える」です。
シリーズ初回「【その1】定年延長を必須と考える」はこちら
シリーズ第2回「【その2】賃金水準から考える」はこちら
現場の裁量と責任が大きくなる高齢者雇用
第2回で述べたとおり、高齢者雇用における処遇の決定においては以下の点が重要になります。
・実際に担う役割や責任の大きさ、仕事のレベル、働き方によって処遇を定める
・あらかじめこれらの条件を開示し、本人と合意のうえで雇用する
これらの実行には、自ずと現場の裁量と責任の拡大が伴います。処遇を決めるための「役割や責任の大きさ」や「仕事のレベル」の判断は、業務に精通している現場でなければできません。どのような働き方ができるかについても職場や担当する仕事の内容によって異なります。そして、双方納得の上での雇用には上司と本人のコミュニケーションが鍵を握ります。
また、高齢社員の貢献を最大化していくためには、本人が持っている知識や能力、経験のほか、働き方についての希望や健康状態など、個別の事情も考慮して対応していくことが求められます。仕事を続けるにあたって重視される点が多様化するからです。教育費や住宅費などの負担には家庭によって大きな違いが出てきますし、介護の必要から働き方に制約を受けるケースもあるでしょう。
したがって、制度設計の段階から各部門と連携し、それぞれの事情を考慮しながら検討を進めることが重要になります。高齢社員に期待する役割は何か、どのような基準・観点で「仕事のレベル」を定めたら現場にフィットするのか、高齢社員の実際の仕事ぶりや意識はどうなのか、どのような勤務形態が想定され、それに対する処遇はどのように決めるべきかなど、各部門へのヒアリングや意見交換を行い、それらを制度設計に反映していきます。それによって、制度の運用段階で各部門の主体性が発揮されやすくなります。
仮に最終的に出来上がった制度が同じようなものだったとしても、その設計プロセスに各部門がどれだけ関わったかによって、制度に対する理解度やオーナーシップは変わってきます。現場の裁量と責任が大きくなる高齢者雇用では、人事部門だけで考えた制度は結果としてうまく機能しない恐れがあります。
現場の意識を変えていくことが求められる
各部門においても、ルール通りに人事制度を運用するという発想から、人事制度を活用して高齢社員の意欲と成果を高めるという発想への転換が求められます。人事制度に「使われる」のではなく、人事制度を「使いこなす」のです。
そのためには、定年後の処遇が一律に決まってしまうような仕組みではなく、マネージャー(上司)の期待と本人の希望をもとに、担う仕事や処遇について話し合えるような枠組みを用意しなければなりません。例えば、上司としてはより責任を持って仕事に取り組んでほしいと思っていても、処遇が下がる前提では遠慮しがちになります。しかし仕事の責任レベルに応じて処遇が変わることを示せれば、具体的にここまでやってほしいという期待を伝えやすくなります。
これを実現するには、制度設計のプロセスにおいて単に現場の要望を聞くだけでなく、高齢社員にどう動いてほしいのか、それによってどのような成果を期待するのか(後継者を育成する、新たな販路や顧客を開拓する、現場の人手不足を補うなど)ということろから認識を共有していく必要があります。そして、新たな制度のもとで、各部門において「高齢社員とどのような面談を行い、どのような仕事を任せ、どのような貢献を果たしてもらうのか」をイメージしながら検討していくことで、より現場が「使いやすい」制度を提供することができるでしょう。
「これは制度で決まっているから仕方ない」「人事部がそう言ってるから仕方ない」という一言で高齢社員のモチベーションが低下し、活躍や貢献の機会が失われるような状況は避けたいものです。
高齢者雇用への対応は多様性への対応につながる
人事部門だけで人事制度を考えることの弊害は何も高齢者雇用に限った話ではありません。労働人口の減少、個人の価値観やキャリアの多様化が進む中で、いかに意欲と能力を持った人材を引き付け、活躍を最大化させていくかは、世代を問わず重要なテーマとなります。そのためには、画一的なルールで現場や社員を縛るのではなく、それぞれの職場や個人の事情に合わせて柔軟に対応していく力が求められます。それによって現場の裁量と責任は大きくなります。
多様性を活かすことのできるマネージャーをどう育成していくか、負担の増えるマネージャーをどう支援していくかは、多くの企業で今後ますます重要な人事課題になるでしょう。高齢者雇用への対応をその第一歩として捉え、現場のマネジメント力向上とそれを支える人事部門の機能強化に取り組んでいくことは、高齢社員に限らずすべての世代の社員の活躍を後押しし、人材価値を高めることにもつながるのではないでしょうか。
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