60歳以降の賃金制度設計における留意点wage system design
60歳以降の賃金制度設計における留意点として、ここでは同一労働同一賃金と高年齢雇用継続給付を取り上げます。
(1) 同一労働同一賃金
高年齢者の雇用制度、特に賃金制度の設計にあたり、法的な観点から留意すべき点として「同一労働同一賃金」があります。同一労働同一賃金は、同一企業・団体における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の不合理な待遇格差を禁じるものであり、定年後の継続雇用者についてもその適用を受けます。
厚生労働省が定める同一労働同一賃金ガイドラインでは、定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者の取扱いについて次のように定めており、定年後の継続雇用者であることは待遇に違いを設ける事情の1つになるものの、そのことのみをもって不合理ではないとは認められないとしています。
通常の労働者と定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者との間の賃金の相違については、実際に両者の間に職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情の相違がある場合は、その相違に応じた賃金の相違は許容される。さらに、有期雇用労働者が定年に達した後に継続雇用された者であることは、通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められるか否かを判断するに当たり、短時間・有期雇用労働法第8条のその他の事情として考慮される事情に当たりうる。定年に達した後に有期雇用労働者として継続雇用する場合の待遇について、様々な事情が総合的に考慮されて、通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められるか否かが判断されるものと考えられる。したがって、当該有期雇用労働者が定年に達した後に継続雇用された者であることのみをもって、直ちに通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理ではないと認められるものではない。
また、定年後再雇用後の賃金格差をめぐる裁判例としては以下のようなものがあります。
① 長澤運輸事件
定年後再雇用された嘱託社員が、正社員との賃金格差(定年退職前の79%程度)を不合理であるとして、本来支給されるべき賃金との差額及び遅延損害金の支払を求めた裁判。最高裁判決では、各賃金項目について違法であるかどうかの検討を行い、精勤手当については職務内容が正社員と同じである嘱託社員に支給しないのは不合理であると判断した。一方で、能率給・職務給の支給がないことについては別途歩合給(団体交渉を経て増額)の支給があること、役付手当の支給がないことについては当該手当が正社員の中から指定された役付者に対して支給されるものであること、住宅手当・家族手当・賞与の支給がないことについては老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給が予定されていること(さらに報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は調整給が設けられていること)などから、それぞれ不合理ではないと判断した。
② 名古屋自動車学校事件
定年後再雇用された嘱託職員が、正職員との賃金格差(定年退職前の40%台)を不合理であるとして、本来支給されるべき賃金との差額及び遅延損害金等の支払いを求めた裁判。名古屋地裁の判決では、正職員の基本給は長期雇用を前提とした年功的性格を持つことなどを考慮しても、職務内容及びその変更範囲に正職員との相違がないにもかかわらず定年退職時の60%を下回る基本給は違法であると判断し、差額の支払いを命じた。また賞与に関しても、年功的性格により金額が抑制される傾向にある若年正職員の賞与をも下回る点などを指摘し、基本給を定年退職時の60%の金額(であるとして、各季の正職員の賞与の調整率乗じた結果)を下回る部分を違法と判断した。皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)及び家族手当については上記①長澤運輸事件と同様に判断した。
(2) 高年齢雇用継続給付
高年齢雇用継続給付は、65歳までの継続雇用が努力義務であった時代に継続雇用の促進を目的として設けられた制度であり、60歳以後の賃金が60歳時点の75%未満となる場合に雇用保険から本人に給付金が支給されます(ただし60歳以上65歳未満の一般被保険者であること等の要件あり)。
■ 高年齢雇用継続給付の支給額
支給対象月に支払われた賃金額×賃金の低下率(※)に応じた支給率(下記参照)
※低下率=支給対象月に支払われた賃金額/60歳到達時の賃金月額
低下率 | 支給率 | 低下率 | 支給率 |
75.0%以上 | 0.00% | 67.5% | 7.26% |
74.5% | 0.44% | 67.0% | 7.80% |
74.0% | 0.88% | 66.5% | 8.35% |
73.5% | 1.33% | 66.0% | 8.91% |
73.0% | 1.79% | 65.5% | 9.48% |
72.5% | 2.25% | 65.0% | 10.05% |
72.0% | 2.72% | 64.5% | 10.64% |
71.5% | 3.20% | 64.0% | 11.23% |
71.0% | 3.68% | 63.5% | 11.84% |
70.5% | 4.17% | 63.0% | 12.45% |
70.0% | 4.67% | 62.5% | 13.07% |
69.5% | 5.17% | 62.0% | 13.70% |
69.0% | 5.68% | 61.5% | 14.35% |
68.5% | 6.20% | 61.0%以下 | 15.00% |
68.0% | 6.73% |
注:支給限度額は賃金と合算して365,055円、最低限度額は2,059円(いずれも2021年2月以後の金額)
しかし、2013年4月以降は段階的に希望者全員の65歳までの継続雇用が義務化され、ほぼすべての企業において雇用確保措置の対応がとられていることから、現行の高年齢雇用継続給付はその役割を終えつつあります。そのため、2025年4月からは支給率の上限を15%から10%に引き下げることとしており、その後段階的に廃止する方向となっています。高年齢雇用継続給付の支給条件を考慮して60歳以降の賃金を決定している企業は、賃金設計の見直しが必要となります。
なお、2021年4月より高年齢労働者処遇改善促進助成金が新設され、2024年度までに事業主が賃金規定等を増額改定したことにより高年齢雇用継続基本給付金の総額が95%以上減少した場合には、その減少額の一定割合が助成金として支給されることとなりました。詳しい支給要件や申請手続きについては厚生労働省のこちらのページを参照ください。